捨てられなかった手紙
――ピピッ、ピピッ!
耳障りな電子音が鳴り響く。
優佳は、ハッとしてベッドの上で飛び起きた。
時計を見ると、午前5時を指している。
窓の外はまだ暗く、カーテンを開けると雨が激しく降っていた。夢を見ていたようだ。
部屋の壁には、セーラー服がハンガーにかけられており、その横にある机の上には学校の教科書やノート、筆記用具などが整理されて置かれている。
母親が亡くなって11年が経った。
優佳は成長し、さ来月からは高校生になる。彼女は、天井をぼーっと眺めていて思い出す。
「……祝日だった」
優佳は、独り言を呟きながら、身を起こし大きく背伸びをする。
休日なのに目覚ましの設定をそのままにしていたことで、早く起きてしまったことに少し後悔したが、二度寝するほど眠気はなかったので、仕方なく起きることにした。
洗面所で顔を洗い歯を磨いて、朝食の準備に取りかかる。
昨晩仕掛けておいた炊飯器は保温になっており、蓋を開けてみると湯気が溢れ出てきた。
炊き立てご飯特有の甘い香りが広がる。
優佳は、それをお茶碗へよそっていく。
おかずは、鮭の塩焼きに味噌汁、ほうれん草のおひたしとシンプルな内容だが、朝はこれが丁度いい。
優佳は、まだ起きてこない父親の部屋に行く。
ノックをしてからドアを開けた。
部屋の中に入ると、布団がこんもり盛り上がっているのが見える。
どうやら、まだ眠っているらしい。
優佳は、そろりと近づいていく。枕元に立つと、父の体を揺さぶった。
「お父さん起きて、朝だよ」
しばらくすると、父親は目を覚ます。
大きな欠伸をしながら体を起こした。
娘の姿を確認するが理解してないようだ。
優佳は、挨拶をした。
「おうはよう」
すると、父親もそれに返す。
だが、どこかぎこちない笑顔だ。
それもそのハズで、今日は祝日なので会社も休みだからだ。そのことを告げるが、優佳はイタズラっぽく微笑む。
「それは知ってるわよ。でも、もう朝ごはん作っちゃったから一緒に食べよう」
優佳は、そのままキッチンへと戻っていった。
父親は、苦笑しながら後を追う。
ダイニングテーブルに向かい合って座り、二人は手を合わせた。
いただきます。
と言って食べ始める。
今日のメニューは和食だ。
優佳は、箸を手に取り、まずは味噌汁を一口飲む。
うん、美味しい。
いりこ出汁の風味が効いており、具材の豆腐とワカメも程よい柔らかさだ。豆腐は煮すぎると豆腐内の水分が抜け出てしまい固くなってしまう。絹ごしの、つるつるとした食感が活きていた。
次に、鮭の身をほぐすと、口に運ぶ。
パリッとした皮の食感の後、ふっくらとした白身の味が舌に広がる。塩鮭の塩加減は甘口なので優しい味わいだ。
そして、最後にほうれん草の緑が映える。ほんのり利いた醤油が食欲を刺激してくる。これもまた良いアクセントになっている。
二人に会話はないが、沈黙が苦痛ではない。
むしろ、心地よく感じていた。
優佳は、食事に夢中になりながらも、チラッと父親の様子を窺う。
すると、目が合った。
慌てて視線を逸らす。
なんだか恥ずかしくなって頬を赤く染めた。
その様子を見た父親が優しく笑う。
「せっかくの祝日なのに雨で残念だったな」
優佳は咀嚼し、
「別に。出かける予定もなかったし、お父さんと一緒ならそれで十分かな」
優佳は素直に気持ちを口にした。
それを聞いた父親は、一瞬だけ驚いた表情を浮かべたが、すぐに嬉しそうな顔になる。
食事を終えると優佳は洗濯機を動かし、部屋で宿題をする。
勉強机で宿題を進めて窓の外を眺める。
外では雨が降り続いていた。
天気予報によると午後には止むらしいが、今日は部屋干しになる。
優佳は、そんなことを考えながら、曇った窓に指先で落書きを始める。
そこには、猫の絵が描かれる。
それは、母親との思い出だ。
母親の趣味は絵を描くことで、特に風景画を好んで描いていた。優佳は、母親が描く絵が好きだった。
絵を描いていると、母親が傍にいるような感覚を覚える。
優佳は、その感覚がたまらなく好きだった。
やがて手元のタイマーがアラーム音を鳴らす。
洗濯が終了時間をセットしておいたのだ。
脱衣所に降りた優佳は、洗濯物をカゴに入れ縁側へと向かう。
優佳の家は一軒家なので、軒下に干すこともできるが、この雨では無理そうだ。
仕方なく洗濯紐を縁側に張り洗濯物を干していく。
全て干し終えると優佳は得意げにするが、洗濯物は洗濯紐が切れ無情にも床に落ちていく。
「もう」
優佳は頬をふくらませる。新しく洗濯紐を張るために押し入れを探していると、ダンボール箱を見つけた。
中を開けると、スケッチブックが入っていた。
開いてみると母親が描いた、家族の肖像画だ。
写真のように精密に描かれており、色鮮やかに彩られている。
優佳は、思わず見入ってしまう。
母親の衣類や破損した小物の類は処分しているが、これは残しておいた物だ。
何故なら、亡くなる直前まで描き続けていたからだ。
そこから一通の封筒が落ちる。
手紙だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます