第6話 名誉のある降伏
俺達はウェストフースを見つめた。
彼は腕を後ろに組み、厳かな顔をしていた。
「ろくでなしども。諸君らに問う。貴様らは、名誉のある死を望むか?それとも、名誉のある降伏を望むか?」
問いかけるように、声が響いた。
「降伏なんてあり得るわけがない。奴らは、コミュニストに謙るわけがない」
ウェバーが反論するように叫んだ。続くように、
「ウェバーの言うとおりだ。降伏なんてあり得ない」
シュミッドが叫んだ。
「それでは、貴様らは、名誉のある死を望むのか?」
彼は、問いかけるように言った。
ウェバーとシュミッドは、返事を返すことはなかったが、視線がそれを望んでいるように見えた。
「それでは、分隊長『パウル・ウェストフース』として命令をする。我ら『ろくでなし分隊』は、撤退をする。我らが目指すのは、東部戦線の最前線だ。ゴタゴタに合わせて紛れ込む」
と彼は、発言をした。
「ウェストフース。あんた。それは、敵前逃亡になるんじゃあ。ないのですか」
俺が整理し切れていない言葉で問いかける。
「問題は無かろう。諸君らは、既にしたことあるのだろう?1回や2回その程度の違いにしかならないのだ。それに、全滅をするよりましだろう」
と返答を返された。
そこからは淡々と進んでいき、俺達の逃亡は失敗に終わった。
シュミッドは戦車に肉粥にされ、シューネルトは狙撃兵に頭を吹き飛ばされた。
それらに悲しむ時間はなく、赤軍の奔流に流され、逃亡など叶うはずがなく、前線を逃げ惑った。
この時点で、ろくでなし分隊は、俺とウェストフースとウェバーだけになっていた。
・・・そして、俺達はドイツ第6軍に合わせて赤軍に降伏をした。
そこには名誉など微塵もなかった。
降伏した俺達は、奴らが連日連夜謳った人道的な捕虜としての扱いを受けることはなかった。
現にウェストフースは火炎放射器で焼かれ、ウェバーは赤軍将兵に連れて行かれ、以降行方知れずとなった。
そしてろくでなし分隊は、壊滅し、俺だけが残った。
「そこからは、何もかもがめまぐるしく過ぎ去っていった。仮収容所までの雪道を歩かされ、途中で行き倒れれば放置されるか、銃殺された。ちびりそうになったよ。何度もな。仮収容所に入った後も、困難は続いた。発疹チフスが流行した。5万人くらいが死んだ。だが、俺は奇跡的に生き残ることが出来た。運が良すぎたんだ、悪運が」
彼は深呼吸をし、続けた。
「その後はシベリアに送られた。此処でも、地獄の労働をして、人がゴミのように死んでいった。だが此処でも俺は生き残った。そしてナチスが倒れた新たなドイツに俺は、俺達スターリングラードの兵士は、帰って行った」
再度深呼吸が行われた。
「他の兵士達の扱いは知らないが、俺に対する扱いは酷かった」
彼が辛そうに言うと、
「どうして?戦争から生きて帰った英雄じゃないか」
と質問の声が投げられた。
「俺は逃亡兵、懲罰部隊のクズだ。お前のせいで戦争に負けたやら、色々な事を言われたさ。俺が、いまアメリカにいるのもそんなのから。そんなしがらみから逃げたかったのさ」
彼はそこまで言ったところで、めがねを取り、
「これで終わりだ。ジョナサン。録画を切ってくれ」
と言う声と共に、残念そうな声が聞こえ、映像と音声が途切れた。
そして、次には、先程までとは打って変わり、色が付いた映像が流れ、中央には金髪の青年が椅子に座っていた。
「此処にジョナサン・ブラウンが残す。『ろくでなし分隊』最後の生き残り、グスタブ・ミュラーが死んだ。安らかに老衰で亡くなった。スターリングラードの地獄で戦い、収容所の地獄に耐え、戦後の混乱期を耐え、生き残り続けた、地獄を嫌い、地獄に愛された男は死んだ。享年66歳であった。
RIP.ろくでなしの帝国のろくでなしの英雄。グスタブ・ミュラー。安らかに眠れ。あんたは
そして、その色つきの映像も途切れた。
ろくでなしの帝国 橋立 @hasidate
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