第5話 天王星作戦

 この頃、メイヤーの死は、ドイツ軍の死は、赤軍の死は、只の数字でしかない。

 そのことに気づき始めていた。

 もしかしたら、メイヤーの死は、数字ですら数えられていない可能性があるが。

 ・・・・スターリングラードで戦っていたドイツ軍は、未だに停滞を続けていた。

 一軒を、一部屋を、そんな小さな範囲を奪うために、数多の犠牲を強い、結局、奪っても奪われを繰り返していた。


 そして、徐々にドイツの戦力は此処に。

 スターリングラードに集中される事となった。


 上は馬鹿だったのだろう。

 俺達と本国を繋ぐ支配地域をルーマニア軍に任せ、スターリングラードに注力し過ぎた弊害が出たんだ。

 ルーマニア軍は、反撃虚しく敗北し俺達は。

 スターリングラードで戦ったドイツ軍は、大規模な包囲をされてしまった。

 ただでさえ最初から困窮していた食料、弾薬は、底をつきかけた。


「はぁ、はぁ、大丈夫か」

 シューネルトが、白い息を吐きながら、問いを零した。

 何時も無口な奴が、珍しいと思いながらも、

「まだ死んでない」

 俺はそう返す。


「生きてる」

「まだ、大丈夫だ」

「あぁ」

「多少は」


 ウェバーとシュナイダーは、何処からどう聞いても大丈夫とは言えない返事を返した。


「そうか、それなら言い」

 シューネルトは、そう言いながら、塹壕から外を見渡すのに戻った。

 俺達は、凍傷と栄養失調に恐怖を抱きながら、降り注ぎ、スターリングラードを白く染める雪に視線を移した。


 そして、また数週間。

 冬季用の衣料品が届くことはなく、食料も武器も更に少なくなってしまった。

 だが、未だに、撤退の許可が下ることは無かった。

 逆に”死守”死んでも守れの指示が下ったんだ。

 無理のある想定に、無理のある想定が重なり、楽観的な希望的観測を続け、我々のB軍集団の壊滅的被害は無視をされた。


 数日後、遠くから、スターリングラードの外から轟いた砲撃の音。天高く舞い上がった照明弾は、見えなくなった。

 俺達は見捨てられたのだ。

 降伏は許可されていない。救援は絶望的であり、俺達は、孤立無援の状況下で、孤軍奮闘を強いられたのだ。

 そして1日の後、シュナイダーが死んだ。


 雪が静かに死体を覆い隠す昼頃だった。

 白い息を漏らしながら、俺達は地面を舐めるように姿勢を低くし、進んでいった。

 シュナイダーは、殿を務めていた。


 ゆっくりと、辺りを警戒しながら進んだ。

 そして、赤軍とその戦車部隊と遭遇してしまった。


 ”逃げなければ、殺される”

 俺達は、そう思いつつも、バレていないと思いながら、姿勢を低くし進んでいった。

 だが、バレていた。

 発砲音が響き、俺達とシュナイダーは分断されてしまった。


 ”このままでは、シュナイダーが死ぬ”

 それが、予測された。

 シュナイダーだけが、奴だけが、戦車の射線に取り残されてしまったのだ。

 あと少し。あと数秒。ほんの数秒遅かったら。彼は、生き残れていたのだろうと思う。


 俺達は必死に抵抗した。

 だが、シュナイダーは死んだ。


 必死にライフルを発砲した。

 だが、だがだ。

 戦車を殺すことなど不可能だったのだ。

 赤軍兵士を殺すことは出来た。

 だが、結局、奴らの中戦車は、シュナイダーに弾を発砲した。

 そして、彼の死体は、ミンチとも言えない、肉粥になってしまった。


 俺達はまた戦友に別れを告げられず終わってしまったのだ。


 撤退が終わったあと、

「クソ、クソ、コミュニストどもが!」

 シュミッドは、怒りにまかせて叫んだ。

「嘘だろ、シュナイダー」

 俺はこの言葉を漏らすことしか出来なかった。


 メイヤーとシュナイダーは死に。

 それでも、時間は進み続け、スターリングラードは、地獄の様相を新たな、別の地獄に変え続けた。

 12月24日。

 俺達は、2人の友を失った『ろくでなしの分隊』はクリスマスイブを迎えた。


 スターリングラードで、俺は神なんて物は、存在しないことが分った。

 だが、祈りの言葉を漏らした。

 縋るしかなかったのだ。

 既に形骸化した神でも、嘘にまみれた物でも、縋るしか生きるすべはなかったのだ。


「嘘だったじゃねぇか。シュナイダー。───」

 クリスマスの夜。俺は、小さくそう呟いた。

 シュナイダーの予想が外れたからな。


 更に日が進んだ。

 赤軍は、進軍を進めた。

 俺達の占領範囲は、減少した。


 俺達の仇。

 スターリングラードで戦っていた奴らの上層部。

 アドルフ・ヒトラーに”必要だ”と判断された人間が脱出した。

 逃げるなと要求した人間達は、スターリングラードから逃亡し”いらない”と判断された俺達は、スターリンラードで戦うことになってしまった。


 辛うじて生きているだけであった負傷兵は、殆どが命を落とした。 

 赤軍に焼かれ、殺され、凍死したのだ。


 補給はもはやないに等しい。

 民間人、負傷者は取り残されている。

 だが、赤軍は侵攻を開始した。大規模侵攻だ。

 ドイツには、スターリングラードには、もはや赤軍の攻撃に耐えれる余力なんて物は無かった。


「ろくでなしども」

 崩れかけの建物に潜り込んだところで、メイヤーの死から無口になっていたウェストフースが呟くように言った。

 その声は、最初に俺と対峙したとき。そのときの声と同じだった。

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