夢か現か

 障子ごしに差し込む朝の光が少しずつ強さを増していき、まるで挨拶をかわすかのようにそこここで小鳥たちの声がする。


 気持ちの良い朝の訪れに、狐につままれたような気分だ。ついさっき見たはずのものは、慣れない通夜への不安や疲労がうたた寝していた俺に見せたつかの間の夢なのだろうか?


「……夢……??」


「夢じゃないよ」


 思わず漏れた呟きに、どこからともなく愛らしい童女の声が応えた。


「!? ……ひぃっ!!」


 思わず息をのむと、返ってきたのは愛くるしい笑い声。


「お兄ちゃんもくぐっちゃえば良かったのにね。そしたらおじいちゃんと一緒に逝けたのに」


 一緒に逝けた、とはあの世のことだろうか?


「じょ、冗談じゃ……」


「……ふふ、冗談よ。仏さまを呼ばれてしまったら、あたしは何もできないわ」


「どういう……?」


「あたしは彼岸と此岸の渡し守。仏様に言いつかってここの境をずっと守ってるの。ずっと一人で退屈だったから話し相手が欲しかったけど、あの世まで連れて行くことはできないわ」


 だって仏様に怒られちゃう。

 楽しそうにくすくすと笑いながら言う無邪気な声に、背筋が凍った。

 だって、そうだろう? 「あの世まで」は連れて行けなくても、「彼岸と此岸の境」に連れて行かれてずっと彼女の相手をさせられていたのかもしれないのだから。


「お経、ちゃんと覚えていて良かったわね。教えてくれたおばあちゃまに感謝なさい」


 いたずらっぽい笑い声。そうだ。ばあちゃんに教えてもらったお経が俺を救ったんだ。


「これに懲りたら、お墓参りくらいはきちんと来ることね。忘れ去られた死者は、そのまま寂しく消えていくしかないんだから」


 優しい声を最後に、童女の声はぴたりとやんだ。外はもうすっかり明るくなっている。


「ばあちゃん、ありがとう」


 俺は仏壇に手を合わせると、これからは盆暮れ正月くらいは墓参りに来るようにしようと心に決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

通りゃんせ 歌川ピロシキ @PiroshikiUtagawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ