第10話 悪魔の声
ああ嫌だ。また今日も母親が怒鳴っている。姉に、父に、私に。
私は怒鳴り声が大の苦手だ。心臓がドクドクと脈打って気持ちが悪くなる。それは紛れもないストレスだった。それでも私はそれがストレスだということに気づかなかった。
また、気づかないフリをした。気づかせてくれたのはいつもみーちゃんだったから。
『ねぇ、どこかお外で遊ぼう。……カフェに行こうか』
覇気のない声。少し疲れているようだった。でも、彼女は私の心の中の存在なのだ。疲れるはずがない。私も、疲れるはずがない。みーちゃんがいるんだから。疲れるはずのないみーちゃんが。
バイトして、学校に行って、家事をして。そんな毎日で心身が疲弊していた。それに気づかない私はケアを一切していなかった。
そしてついに壊れてしまった。
バイトが休みの日。家事を任されていた私は早くから動いていた。
『なんのために頑張ってるの?』
みーちゃん? いや、恐らく違う声。戸惑っているとまた聞こえてきた。
『怒られないように言いなりになって、キミは一体何がしたいの?』
「なにって……」
『いい子を演じて毎日疲れ果てて。でもさどうせその先に待っているのはみーんな"死"だろ?』
死……。
固まる私の背中を、悪魔がゆっくり押す。
『楽になろーぜ? 今すぐさ』
私は無意識に傍にあった紐を手にとっていた。穴を作って結び、フックにかける。台の上にのぼり、穴に首通す。そしてそのまま体を脱力させた。
自殺をしているという意識ではなかった。ただ楽になりたい。その一心で体が勝手に動いていた。
苦しい。だけど少しづつ体がふわふわ浮き上がるような感覚に襲われる。
ようやく楽になれる。幸せになれる。
誰かがすすり泣く声が聞こえた。それは心の奥底で、消えそうになりながら、か細い声を絞り出した。
『助けられなくてごめんね』
ああ、そうか。みーちゃんずっと苦しかったんだ。私の苦しみを抱えながらもずっと、励ましてくれていたんだ。
『大丈夫』
今までかけてくれていたその言葉が、自分に向けられていたものではなかったということにようやく気がついた。
彼女は私を励ますと共に自分自身も、励ましていたのだ。
意識が途切れる直前、体重を支えきれなくなった紐が切れ、私は床に落ちた。
死ねなかった苦しみと、みーちゃんを泣かせてしまった悲しみが襲い、たった一人で泣きじゃくっていた。
私と生きる彼女 璃志葉 孤槍 @rishiba-koyari
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