第13話 誘えと言われても…

「デートに誘えと言われても…どう切り出したものか」

 王城を後にしたヴィクターは空を眺める。空は憎らしいほど青々として、雲一つない。わずかに吹いている風もさわやかな空気を運んできている。だが、ヴィクターの心は曇天そのものだ。

 シアはこれまで相手にしてきた女性たちとあまりにもタイプが違う。ヴィクターがたたずんでいるだけで勝手になびく女性はごまんといた。

 ヴィクターは父や王太子の命を受けて、第一側妃派に属する女性たちの心を掴んで情報を得る仕事をやっていた。そのため女性の扱いはお手のもののはずだった。しかし、シアはヴィクターの幼馴染で男所帯の騎士団に男装して身を置いている特殊な女性だ。仕事柄、城下の見回りや犯罪者の取り調べをしており、社会の最底辺に身を置いて悪事を働いている男性を腐るほど見ている。

「これなら、第一側妃派の女たちを口説き落とす方がよっぽど簡単だ」

 彼女たちは、最初こそ頑なな態度を取っていたとしても、彼が少し微笑みかけるだけで、優しい言葉をかけるだけで、面白いように陥落していく。それに比べてシアは、ヴィクターがどんな甘い言葉を掛けようが何しようが、まったく効果がない。

 しかも、情けないことに最近のヴィクターはシアに情けない姿を何度も晒してしまっている。ヴィクターがこれまで築いてきた、面倒見の良い兄という立場はもはや崩れ去り、情けない変態男という印象がシアの中で固まっているかもしれない。見合い開始直後の失態があまりにも痛手だ。

「あーぁ。これだったら、シアのことを愛しているって口を滑らせた方がよっぽど良かった」

 先日の見合いで、うっかり長年温めてきた思いをこぼしてしまったすぐ下の弟の顔を思い浮かべる。

「貴様がそれを言っても、本心だとは思ってもらえないのではないのか?」

「げっ王子!どうしてここに?」

 ヴィクターはマクシミリアン王子の姿を見て、思わず数歩後ずさりしてしまった。

「『げっ』とはなんだ。ふん、まぁいい。気分転換で城下に出ようと思ったところに、貴様を見掛けただけだ」

「殿下もツンデレ体質をどうにかしないと意中の相手を口説けませんよ」

「っうるさいっ!そんなの分かっている」

 だから、そういう反応だって。とヴィクターはツッコミを入れそうになるが事態がさらに悪くなりそうな気がしたので口を閉じた。

「俺だって、この性格を何とかしたいと思っているんだ」

 いきなり王子のデレが発動する。王子の俯き気味の顔の瞳には少し潤んでいるように見えた。

「おっ、お前!何をしている」

 王子の頭にヴィクターの手がふわりと乗り、前後左右に撫でまわされた。

「素直じゃない弟も可愛いもんだなと思いまして」

 ヴィクターには我慢強い弟と無邪気な弟はいるが、素直じゃない弟はいなかった。我慢強い弟は他の兄弟に遠慮してばかりではあるが、言うべきところではしっかり意見をするし、基本的に性格は穏やかだ。

 弱った姿を見せた王子を目の前にして、弟を二人持つ身のヴィクターとしては、何となく庇護欲のようなものがそそられてしまった。

「…こんなことをされるのは、子供のころ以来だ」

 王子はヴィクターの手をそっと退けた。撫でてくれたのは、兄であるライオネル王太子とシアくらいだ。それも留学前までの話だ。

 両親はかなり幼いころに撫でてくれたかもしれないが、もはや覚えていない。立場上、多忙であるため仕方のないことではあるが、王子がある程度成長してからはそのようなことをされたことはない。

「しかし、貴様。不敬であるぞ。俺じゃなかったら処罰されるぞ」

 王子は少し乱れた髪を手櫛で整えた。

「王子はそんなことしないでしょう?」

「…ふ、ふむ。まぁ、そうだな。俺はそんな器量の狭い男ではない」

 王子は二度、三度しっかりと頷いた。どうやら少し気を良くしたようだ。

「王子、お互い頑張るとしましょう」

 ヴィクターは王子に軽く手を振った。

「難攻不落の要塞だぞ、あれは」

「全くです」

 王子の言を受けて、互いに苦笑した。



「な、なんてことでしょう!ヴィクター様×第二王子殿下、これは推せますわ!」

 一連のやり取りを見ていた侍女が興奮気味に駆け出した。

 その侍女は興奮冷めやらぬまま控室に駆け込み、休憩していた侍女仲間に先ほどあった話をあれこれ言いふらした。仲間の何人かが同調し、休憩時間はあっという間に終わってしまった。それだけでは飽き足らず、仕事終わりにもその話で大いに盛り上がる。

 『ヴィクター×マクシミリアン王子』推しが生まれたのはこの時だと噂されている。数週間後、二人をモデルにしたと思われる薄い本が市場に出回るようになった。市場に出た薄い本のうち、発禁処分が出そうな内容のものは裏市場に流れていく。

 シア親衛隊の隊長デリックは「ほどほどに取り締まっておけ」とアルフ関連の薄い本よりも取り締まりは緩かった。



 一方、コリンはで白銀の騎士団の訓練場に向かっていた。だか、その表情はおよそ今から訓練しようという雰囲気はなく、ただズルズルと歩いているだけで顔に生気がなかった。

「お嬢をデートに誘えと言われたって、オラには無理だ…」

 コリンはシアの従騎士であるから、他の候補者よりもシアと一緒に行動している。基本的にはシアの行くところに付いていくことが多く、自分からシアに提案することはない。

 シアから『新しい酒場ができたから、一緒に行こう!』と誘われることはあるが、たいていの場合バロウズ伯爵家の兄弟の誰かがついてきている。よって、騎士と従騎士という関係性であっても二人で飲みに行ったことはない。

「こんなのだったら、オラからお誘いすれば良かった」

 コリンは目を閉じてから、頭を抱えて髪を掻きむしる。

 コリン自身、城下のお店をある程度把握しており、シアを誘いたいと思いながらも、『多分、お嬢が思いつくだろいう』と考えて行動に移してこなかった。今となってはそんな自分が憎くてたまらない。

「そんなことをしたら、頭皮が傷つきますよ」

「…トーマス様。オラの頭が少々どうなっても大したことはないです」

「いえ、白銀の騎士団の評判にも関わりますから。もし、頭皮が禿げた場合、最悪、退団なんてことも…」

 トーマスの言葉にコリンは身を震わせた。

「そうなった場合、私としてはライバルが一人減って好都合ですが」

 トーマスは、クックッと笑う。

「大人しそうな顔して怖いことを言いますね、トーマス様」

「大人しそう?まぁ、父やヴィクター兄と比べると派手さのない顔ではありますね」

 トーマスの顔は間違いなく整っている。だが、女性を狂わすほどの魅力があるかと言われると、父親のテオドールと兄のヴィクターほどのことはない。むしろ、彼の真面目な性格がにじみ出ていて、近寄り難いくらいである。

 ある時、勇気を出して声を掛けた令嬢を凍てつくような瞳で一蹴したという噂が立ち、『氷属性の伯爵令息様』と陰で呼ばれている。

 トーマスは貴族令嬢が自分を足掛かりに兄のヴィクターに近づこうとする魂胆が見えていたので、何となく近寄り難い雰囲気を出しただけで、実際のところは凍てつくような瞳で令嬢を一蹴した覚えはない。トーマス自身、氷属性の魔法は使えるが他の属性の魔法と同じ程度に仕えるだけで得意魔法というわけではない。

「トーマス様、長年お嬢にお仕えしているのですが、オラはお嬢の男性の好みが全く分かりません」

「それは同感です。あのヴィクター兄ですら困っているようです」

「百戦錬磨のヴィクター様でも攻略不能とは…」

 女性の扱いに慣れたヴィクターが苦戦するほどの相手を自分なんかが何とかできるわけがない。コリンは目の前が暗くなりそうになる。

「でも、私は諦めませんよ」

 トーマスは力強く歩みを進めた。

「よしっ、オラも!」

 コリンは両頬を軽く叩き、訓練場に向かった。少しでも強くなってお嬢の背中を守れるようにならなくては。旦那様からの個人練習も頑張らねば!血筋に見合った所作を身に着けて、自分に自信をつけて、お嬢に言うべきことを言おう。



 一方、シアはメアリ妃殿下に招かれて彼女の私室に入っていた。

「あの~、メアリ妃殿下…」

「まぁ!シア、可愛らしいわ!これがいいわね」

 私室に入るや否や、メアリ妃殿下の手によってシアは着せ替え人形にさせられていた。

「先日、洗濯した服を返すというお話で招かれたと思うのですが…」

「ええ、そうよ。後で返すわね。それより、レオノーラ様が来月、セントリージュに行くことになったの」

「そうですか」

「それで、シアにはレオノーラ様の側仕えとして行ってもらうわ。さっきから着せているのは仕事着と私服ね」

「えっ?!あの、そのっ、護衛ではなくてですか?」

 なぜ、そんな仕事が?護衛ではなく、どうして側仕えなのだろうか。着せられているのはどれもドレスばかりで有事の際に動けない。

「護衛は他にいるから大丈夫。あなたはアレクシアとして側仕えをしてもらうから。訳があって家名は隠すということにしておくわ」

「そんなことをして、私の正体がバレるということは…」

 シアはそう言ったものの、アルフが偽りの姿であって、シアが本来の姿であるから、正体がバレるという表現は正しくない。

「正直なところ、シアはもうアルフの振りをする必要はないと思うの。近いうちに婿を迎えるわけだし。あの4人では不満だということなら、他の候補も探すわよ」

「いえ、不満というわけでは…」

 正直言って、どの候補者も男爵家令嬢の自分としては破格の相手だ。家柄、血筋はもちろん、本人たちの性格も能力も申し分ない。長年、その人となりを見ているため夫として迎えても大きな対立もないだろう。

「いい?シア?」

 メアリ妃殿下はシアをそっと包むようにシアの両肩に手を添えた。

「あなたには、ありのままの姿で生きてほしいの。アルフの振りをして我慢する必要なんてない。それこそ、今からシアとして生きてもらっても陛下は構わないとおっしゃっていたわ」

「そういうわけには…。騎士団の仕事がありますし。今後の生活を考えると…」

 スプリングフィールド男爵家領は立て直す目途が立ったが、今後どうなるかは分からない。少なくともスプリングフィールド男爵家の後継が決まるまでは、今のままでいたい。白銀の騎士団の仕事は危険が伴うが、給金が非常に良い。そういった意味で、女性であることを知られたら退団せざるを得ない状況は非常に困る。

「シアが心配している気持ちは分かるわ。私だって、あまり裕福でない貴族家出身だもの」

 メアリ妃殿下は眉を寄せながら力なく笑う。国王陛下の側妃となったことで、メアリ妃殿下の実家の財政に多少の影響があったのは間違いない。

「陛下は、女性騎士の創設を考えているの。もし、アルフを続けるのが辛くなったらいつでも止めて構わないのよ」

「ありがとうございます。でも私、もう少しだけアルフを続けたいんです」

「分かったわ。でもね、これだけは言わせてもらえるかしら。あなたには彼らとちゃんと向き合ってほしいの。あなたがどんな答えを出すとしても」

「そ、そうですよね。私も考えようとは思っているのですが、頭がぐちゃぐちゃになってしまって」

 シアは長年、彼らと接してきたが恋愛対象として見たことはない。そこに、いきなり恋愛対象として見ろと言われてもなかなか切り替えられないでいる。

「それにしても、本当に私と結婚するのを嫌がっている人はいないのですか?」

 シアはまだ疑っていた。

「はぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 メアリ妃殿下は、人生で一番深く長い溜息をついた。

「も、申し訳ありませんっ」

「私が見た限り、全員、長年拗らせすぎて病気一歩手前よ」

「えっ、何ですか、それ。ちょっと怖いんですけど」

 シアは身震いをする。少なくとも見合いの前までは彼ら全員、自分のことを家族のように接してくれていたはずだ。それに今もこちらを気遣ってか、なるべくこれまで通りでいようとしてくれている。

 本当のところは、イケメンオーラ全開のシアに当てられて攻めあぐねているだけであるが…。そんな事情をシアは知らない。

「あなたに不埒なことをしたら、即、候補から外すことと、それなりの処罰を受けることになっているから、無茶なことはしないわよ、多分」

「多分で済まさないでくださ~い!」

 シアが不敬にもメアリ妃殿下に詰め寄った。

「それはともかく、シアはセントリージュ行きの服とアクセサリーと身の回りのものを選びましょうね~」

 メアリ妃殿下に軽く流され、シアは再び着せ替え人形にさせられた。

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麗しの騎士様のお家事情 BELLE @Belle_MINTIA

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