手を繋ぐ、抱きしめる、キスをする
日月烏兎
第1話
「何で正座させられてるか、わかる?」
「……いや、さっぱり」
いつものように佳苗が俺の家に遊びに来た。
ダラダラ過ごした。
正座させられた。
一日振り返ったが謎しかない。
「私、今まで何してた?」
「風呂入ってた」
朝から風呂掃除は済ませたが、何か問題があったろうか。
「君はその間、何してた?」
「マンガ読んでたけど」
俺はテーブルに放り出したままのマンガを指さした。
とりあえず風呂に問題があったわけではないようだ。
なら、何だろうか。
風呂の間に読んでいたのは佳苗おすすめのマンガで、別に怪しいものを読んでいたわけではないのだが。
「それよ!」
「どういうこと!?」
佳苗の突然の大声に、思わずこっちの声も大きくなってしまう。
さっぱりどれがそれなのか分からない。
「性欲とかないの、君!」
「何てこと聞いてくるんだお前!?」
混乱に拍車がかかる。
入浴中にいかがわしい本を読むのが正解だったとでも言うのか。
「彼女の入浴シーンだよ、覗きなよ!」
「大問題だろ!?」
いったい何を怒られているのか分からない。
ここにきてさらに分からなくなった。
「カメラ構えるくらいの気概はないの!?」
「犯罪だからな!?」
まさかの盗撮を推奨されている。
意味が分からない。
もう何もかも分からない。
「それくらいの気概ってことだよ。女子の入浴シーンは全男子のユートピアでしょサービスイベント湯けむりキャッキャウフフでしょ!」
「いや、サービスイベントって……」
おそらくゲームのスチル的な話をしているのだろうが、ここは現実である。
風呂が仮にユートピアだったとしても、覗いて「キャー」で済めば御の字、最悪赤いランプ回した怖い人が来る。
「知ってる? 付き合って半年、君との接触範囲、手くらいだよ!」
「接触範囲ってお前、言い方」
「健全な大学生がよ! 信じられる?」
俺の小さなボヤキは完全になかったものとされた。
だが、ここにきてようやく話が見え始めた。
「大学生だよ、大学生。高校生のピュアな恋愛でももう少し手を出してくるでしょ! キスもハグもないからね、私たち!」
なお、手を繋いだのも、転びそうになった佳苗を支えるという不可抗力だった。
そう考えると、確かに俺から佳苗に触れたことはないかもしれない。
「あー、なるほど?」
「分かってない顔をしてるね!」
断言された。
曖昧な返事は即一刀両断だった。
「いや、言いたいことはわかるけど」
「分かってない、全くもって分かってない。鈍感大魔王の君がこれくらいで理解しているわけがない」
鈍感大魔王。鈍感を越え、王を超え、鈍感大魔王。
いくら何でも言いすぎな気がする。
「私はね、散々今まで誘惑をしてきたわけだよ」
「へぇ……」
前言撤回。
俺は鈍感大魔王かもしれない。
これっぽっちも心当たりがない。
「ほら、気づいてなかった顔!」
「わ、わるい」
「ボディータッチ増やしたり、ちょっと露出の多い服にしてみたり、隙だらけの私に! 君のしたこと!」
「……何したっけな」
「寒そうって言って上着貸してくれたのよ! 惚れ直したけど! 好感度の上限超えたけど!」
「情緒が大変そうだ」
「君のせいでね!」
頭を抱えて吠える佳苗に、何となくそんなことあったなぁ程度の俺で申し訳ない。
薄着にまさかそんな意図があったとは思いもしない。
「何か、ごめんな」
「謝るならキスのひとつくらいしてみたらどうなのよ」
勝ち気で、アクティブで、直球で、強い彼女だと思っている。
だけど、唇を尖らせて俺を睨むその目が、よく見れば不安に揺れていることに気づいた。
「あー……」
今まで触れてこなかったのは、何となく怖かったからだ。
でも、今誤魔化すのは違う。
俺の逡巡に何か言いかけた佳苗の唇を、唇で塞いだ。
「愛してる」
何も言わずにキスだけするのも違う気がして、言葉は勝手に転がり出た。
「不安にさせて、悪かった」
佳苗の唇が何かに耐えるように結ばれて、震える吐息とともにほどけた。
「馬鹿変態スケベエッチ!」
「そんな理不尽な」
一息で言い切ると、目の前の俺から逃げるように、佳苗は身体ごと後ろを向いてしまう。
触れていいものか、何て声をかけるべきなのか。
何もできないまま、静かな呼吸音だけが数拍。
「抱きしめるくらいしろ、空気読め鈍感」
震えた声と、赤い耳。逃げられる前に見えた潤んだ瞳。
おずおずと腕に閉じ込めると、石鹸の香り。そして柔らかな体温。
やっぱり、これは怖いものだ。怖いくらいに。
「……癖になりそうだ」
可愛いのが、悪い。
「バカ!!!」
だけど、腕は解けなかった。
手を繋ぐ、抱きしめる、キスをする 日月烏兎 @utatane-uto
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