第五水 蒼惶

 図書館を後にした私は足早に帰路に着いていた。何かがおかしい。確かに私は見知らぬ生徒とぶつかったはずなのに、その人は消えた。そして、大学がなんとなく真新しくなっている。古びた校舎は作り直されたかのように綺麗な状態だ。そして、街中を歩く人々のファッションはなんというか、古臭い。いや、なんだかレトロ可愛い感じがする。大学から徒歩15分、私の家に着くまでの道のりもおかしかった。今まであったはずのコンビニがなかったり、いつもシャッターが閉まってるたばこ屋が開いている。確実に、私は異世界転生している・・・。

  そんなことを考えながらアパートに着けば、そこには立派な一軒家が立っていて、私の住むボロい賃貸の影はなかった。何かがおかしいんじゃない。確実に異変が起きている。私は図書室で倒れた衝撃で夢でも見ているのだろうか? そう思って大学へ戻るも、正門はすでに閉められていた。もう一度、家まで帰ってみよう。呆けて道を間違えただけかもしれない。駅までの道のりは間違いない。駅の名前もちゃんと合っているはず、そう思って顔を上げた時に気がついてしまった。


 「これって、もしかして昭和の街・・・?」


 駅の看板や、あたりの服屋や本屋のフォントがみんなゴシック体で、駅周りのチェーンのカフェやハンバーガー屋もない。改札ではみんなが切符を買っている。私は、タイムリープしたのだと理解した。


 「え、うそ。どうしよう、じゃあお金も使えないし家もないじゃん。ていうかお札とかって使えたりする? スマホはどうなってるの・・・って、圏外ぃ?!」


私はテンパって自分の持ち物を確認する。だめだ、小銭には平成の文字が書いてあるし、完全に偽造と思われる。せめてお札は使えないかと調べようと思ったがスマホはもちろん使えない。1人で狼狽える私を、道ゆく人が怪訝な目で見る。当たり前のことだ。ファッションも髪型も、何もかも完全に時代が違いすぎる。よく聞けば日本語のイントネーションだってなんとなく違う。私は、自分が1人であることを急に実感して途端に恐ろしくなった。


 「どうしよう、訳わかんない・・・」


 涙声でうずくまると、上から声が降ってきた。


 「お姉さん、大丈夫ですか」


 見上げると、綺麗な顔立ちの眼鏡をかけた青年が心配そうにこちらを見ていた。彼は屈んで私に目線を合わせながら優しく声をかけて、手を引いてくれた。


 「ここだと危ないから、一度移動しましょう。」


 人が行き交う駅から青年はズンズンと遠ざかる。しばらく歩いたところにある喫茶店に慣れた様子で入って行った。馴染みの店らしく、店主と軽い挨拶を交わしている。気を遣ってくれたのだろう、店主は隅っこの席に案内してくれた。少し硬いソファーに座ると水が差し出された。冷たい水を飲んで、私はようやく落ち着きを取り戻す。


 「さっきはごめんなさい。少し気分が悪くて・・・」


 私は虚実ないまぜに話をする。まだ私がタイムリープしたと決まったわけではないし、仮にここが過去だったとしても、彼に自分が未来人だと教えて信じてもらえるかどうかわからない。


 「いえ、大丈夫ですよ。実は大学から駅まで来るのを見てたので、同じ大学かと思って声をかけたんです。気分は大丈夫ですか?よかったら好きなものを頼んでください」

 「あの、私、今日は持ち合わせがなくて。というか財布を無くして・・・」

 「えっ!大変じゃないですか。すぐに警察に言いましょう」 

 「いやっ、もしかしたら大学で落としたかなって思って戻ったんですけど門が閉まってて、あはは」

 「ここは僕が支払いますから、安心して好きなものを頼んでくださいね」


 そして私はアイスティーを、彼はアイスコーヒーを頼んだ。そしてそれとなく私は困っているということを彼に話した。


 「鍵もなくて家に帰れない? それは大変だ。明日の朝、学生課が開くまで待つしかないじゃないですか。困ったなぁ、君は女性だし、それに・・・、うーん。」

 「あの、つかぬことをお伺いしますが、今って何年何月何日何曜日でしたっけ?」

 「今は昭和61年3月31日の月曜日ですよ。明日が平日でよかったね」


 今この瞬間、違和感が確信に変わった。私は、過去へタイムリープしたのだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

春出水~はるでみづ~ 亞辺マリア @avemariasf

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ