最終話 あんでっど・プルーフ

 フレデリックは旧校舎に来るのが初めてであった。

 受けているカリキュラムの中で、こちらの教室を使うものがないためだ。

 あの事件はフレデリックのお手柄として浸透していた。

 ジョステアの力があってこそだ――と何度も言ったが、特能科はそれ自体が授業であり、仕事なので、賞賛にあたらないと却下されてしまった。

 表彰など色々声が上がった。

 式典へ参加しなかった負い目を感じつつ、全てを辞退した。

 王国から学校へ感謝状が送られる形で収まったが、ばたばたしたことには変わらず、全くジョステアとは会えずにいた。

 事件終了二週間後。

 会う機会をもらえた。

 しかも彼のいる特能科でだ。

 旧校舎の更に奥だという。

 木造の建物は優しい香りでフレデリックを迎えた。

 きし、きし、と音を立てて、一階の西側の教室へ。

 特殊能力開発科のプレートを見つけた。

 少し緊張しながら、ドアを二回ノックする。

「どうぞ」

 覚えのある声が聞こえた。

 フレデリックは中へ入った。

 横に長い教室で、ドアを開けてすぐに教員机がある。

 そこにストラド・デイが座っていた。

 紳士的な顔付きは画面で見た通りだが、ひしひしと感じる法力の強さは、直接会わないと分からない。

 デイは机の前のイスを置いて、フレデリックを招いた。

「フレデリック・マーリンです」

「よくいらっしゃいましたね。はじめまして――というのも変ですね。元気でしたか?」

 デイはすうっと手を差し出した。

「ええ。先生もお元気そうで。――コーディくんは?」

 握手を交わしながら、フレデリックは教室を見回した。

 右奥の黒板へ向いた十の席には、誰も座っていなかった。

「今日も実習に行っています」

 デイは微笑むと、フレデリックが座るのを見てから、自分の席に戻った。

 これらは全て目を瞑ったままでこなすのだから、本当に不思議であった。

「今回は近場ですし、難しい案件ではないので、生徒だけで行っています」

「彼なら安心ですよね」

「君には感謝してますよ」

「え?」

「彼には良い刺激となったようで、ますますポジティブに励んでます」

「それは凄いな……」

「遅刻もしなくなりましたし」

 と言ってデイは笑った。

 フレデリックもつられて吹き出してしまった。

 一頻り笑ったところで、フレデリックはばつが悪そうに訊いた。

「シーラさんがここにいる――と聞いたんですが……」

 マヘリアからの情報だ。

「どうやら、コーディくんに取り憑いたみたいですね。しょっちゅう来てますよ」

「そうなんですか。……でも、良いんですか?」

「一応アンデッドですので警戒はしてますが、コーディくんに一任してます」

 フレデリックはほっとした。

 シーラにとって敵だらけの学校で何をしているのか――

 それは分からないが、ジョステアに任せておけば安心できる気がした。

 そうそう――とデイが切り出した。

「ショーン・ロレンスは一般牢ではなく、魔導監獄へ幽閉されることになりました」

「法力がないのに……ですか?」

「コーディくんの意見です。あいつは油断しない方がいい――だそうです」

「先生もコーディくんの意見を重視するんですね」

 デイがフレデリックに顔を向けた。怒っているのではない。フレデリックの発言の意図を問うているのだ。

「いえ――。その意見は正しいと思いますが……」

「コーディくんは魔封紋によって、私達が見えているものが見えず、見えていないものが見えることがあります」

 フレデリックは頷いた。それが事件を解決に導いている。実感し、そして認めている。

「他人と違う――その状況を幼い頃から強いられてきた結果、彼は全てを受け入れることにしました」

「全てを――受け入れる?」

「はい」

 簡単に言うが、そこへたどり着くまでに、彼はどのくらい傷付いたのか――。

 それを思うと、胸が苦しくなった。

「だから、彼が導き出す答えは、先入観の少ない、限りなく純粋なものなのです」

「分かる気がします――」

 たった二日。事件を解決するために同行しただけだが、知れば知るほど彼の真っ直ぐさは強調されていく。

 それは彼自身が純粋だからだ。

「それに、ショーン・ロレンスは法力が無くとも、魔導ソムリエとしての才があります」

「魔導ソムリエ?」

「望んだ人が望んだ物を得るための魔法を調達できる人物のことです。魔窓紋創世紀以前の古代魔法から、人知外のオリジナルまで、相手に合った魔法を与えられるのです」

「初めて聞きます」

「私が知っている限り、他には魔窓紋創始者のヴェラール・ヴェルダインしかいません」

「ヴェラール・ヴェルダインと同じ能力――」

「祖には法力があり、ロレンス氏にはない、という違いはありますが、危険な能力です。誰も為し得なかった、人の身体に魔界の門を造ったという例からして、その手腕は本物でしょう」

「そう――ですね」

「だから魔導監獄への幽閉が決定したのです」

 フレデリックはトベルやサンデ村を思い出していた。あの事件の加害者であり、被害者たちだ。

「トベル・ホーキンス殿や、サンデ村の方々を気に病む必要はありませんよ。彼らは自業自得なのですから」

「ショーン・ロレンスにそそのかされたんですよ」

 デイは首を横に振った。

「それでも誘惑をはねのけることはできたはずです」

 デイの口調は変わらず温和だが、言っていることは辛辣だ。誘惑に負けない人間ばかりではない。

「魔法とは、負の作用を持った世界に反した力です。その負の面に引き込まれないだけの強い精神が無ければ、人は魔法を使ってはいけない。私はそう思っています」

「はい」

 デイの言っていることも分かる。

 だが、甘言に乗るのが弱い人間なら、フレデリックもそうなのだ。

 ショーンに操られるように事件へ関わった。

 それ自体が弱さの証明である。

 ジョステアがいなかったら、サンデ村の人たちと同じ運命を辿ったかもしれない。

 デイは小さくため息をついた。

「マーリンくんはパラスティ・マーリンの孫であることがまだ苦痛ですか?」

 いえ――フレデリックは首を横に振った。

「前ほどは感じてません」

「そうですか――」

 デイが窓へと顔を向けた。

 フレデリックもつられるように窓の外の景色を見た。

 校舎の裏手側だ。来客の少ない立地だから整備の手が回らず、雑草が生え放題だ。

 その生い茂る葉たちの中央に、一本の大きな木があった。

 幹が太く、樹冠も厚みがあり、横へ生い茂る様は貫禄がある。

「あの木は学校ができる前からあったそうです。何十年――いや、何百年と、そこで花を咲かせています。もしかすると、君のおじいさんもあの花を見たかもしれません」

「ええ」

「人間はあれほど長生きはできませんが、皆先人たちの意思を継いでいるのです」

「どういう意味ですか?」

 フレデリックは、デイの涼やかな横顔を見た。

「君がここにいる――ということは、生命の連鎖が続いているということ。それだけで素晴らしいのです」

「生命の連鎖――」

「君はベイストラ・マーリン殿とジュンカ・マーリン殿の子供ですが、彼らにもまた両親が存在しています。その中の一人がパラスティ・マーリン殿です。さらにはその上にもお二方の両親がいます――。ここまでで八つの家系が存在し、それらが君を形成しています。君がここにいる奇跡は、遥か遠い時間まで遡れるのです。それが人の繋がりです。人の繋がりは、あの木の命よりもずっと永いと言えます」

 フレデリックは、木に視線を戻した。

「魔導師としての能力が高いのは、血を受け継いできた結果です。それは受け入れてください。かけがえのない君の財産であると共に、君は常に一人ではない――という事実なのですから」

 フレデリックは頷いた。

「備わった能力を開花させるのも君ならば、萎ませるのも自分です。そして、彼らがしてきたように、君自身の能力を血に付加し、次へ結んでいくのが君の役目です」

「僕自身の能力――。僕の役目――」

「君をパラスティ・マーリンの代わりとしか見ていない人や、その能力に嫉妬する人たちに、フレデリック・マーリンを認めさせる方法がそこにあるのではないでしょうか」

 確かにそういう人たちは存在している。

 フレデリックの中では諦めに似た境地で、無視する事で耐えてきたのだ。

 それを敢えて、認めさせようなんて。

「そんな簡単には――」

「悩み、道を探し、這いずりながらも進むことで、やっと達する可能性があるだけです。決して安易な提案ではありません」

「ですから僕も、簡単にはいかないと言おうとしたのです」

「でも安易であるが故に単純。単純であるが故に一番簡単なのです」

 フレデリックはその答えを無言で求めた。

 デイは温和な顔を更に柔らかくして答えた。

「君がフレデリック・マーリンとして、自分の道を示せば良いだけなのです。ただそれだけで人は認めてしまえるものなのです。『パラスティ・マーリンの孫』ではなく、ただ一人の『フレデリック・マーリン』という人間を――」

 確かにそれが出来れば単純な解決となる。正論過ぎる余り、フレデリックが見落としていたことかもしれない。

 『大魔導師の孫』というレッテルから、逃れることに必死になってたが故に見逃した簡単な方法――

「今は一生懸命に生きなさい。結果は後からついてくるものです」

 フレデリックは、静かに頷いた。

「君には、一つ謝らなければならないことがあります――」

 声色は本当に申し訳無さそうに、デイが切り出した。

「何です?」

「コーディくんのことです」

 ジョステアのことで、謝られる覚えはなかった。

「彼が君を意識しているのは、私の助言のせいなのです」

「どんな助言をしたのですか?」

 謝られる理由より、その助言そのものに興味があった。

「君に相棒になってもらったらどうか――とね」

「相棒――ですか?」

「知っての通り、彼は魔法を学べますが、魔窓紋が浮かびませんので実戦では使えません。そこで編み出したのが、誰かが出した魔法陣を用いた戦法ですが、それには相棒が必要なのです」

 なるほど。彼との会話には何度も『相棒』という単語が出ていた。

 パラスティを大魔導師ではなく、単にフレデリックの祖父として知っていた理由がそこにあったのだ。

「どうして僕を選んだのですか?」

「君が彼の痛みを分かってくれそうな人だったからです」

「コーディくんの痛み――ですか」

「血の宿命――生命の連鎖は正の要因のみではなく、負の要因も引き継がせてしまいます。それを振り切るか、呑み込まれるか――それは今を生きる人の試練です。それは誰にでもあるものですが、君たち二人はそれらが目に見えて顕著なのです。だからこそ、分かり合えるのではないかと思って、彼に提案したのです」

 納得ではあるが、どこまで分かってやれるかが問題になってくる。

 ジョステアはフレデリックの辛さを分かってくれていた。

 しかし、フレデリックはジョステアのことを何一つ分かってあげられていない。

 これで同等とはとても思えなかった。

「コーディくんには条件をつけました」

「条件?」

「相棒になるためには、マーリンくん以上に強くならないと務まらないよ――とね」

 そういうことも言っていた。切磋琢磨し合って高みを目指そう――と。

「それが転じて天下一に――」

 全くもって彼らしい真っ直ぐさだ。

 ――僕はそれほど優秀じゃない。

 これはひがみや自嘲ではなく、正当な自己評価によるものだ。

 今回の事件で、フレデリックは自分の無力を実感した。

 とてもジョステアが追いかけて良い背中をしていない。

「マーリンくん、どうでしょう――。彼の相棒になってくれませんか?」

 フレデリックは、首を横に振った。

「僕はコーディくんの相棒になるつもりはありません」

「マーリンくん――」

 デイの顔が珍しく曇った。

「彼は、僕の友達ですから」

 デイがほっと表情を緩めた。

 人は同じではない。得手不得手がある。だからこそ助け合う。

 弱いからじゃなく、より強い力を引き出すために――。

 ――今度は僕が追いかける番だ。

 遠く、騒がしい声がする。

 どうやら、実習から戻ってきたらしい。

「オレ今、最高!」

 高らかな声が廊下を渡ってくる。

 友達が帰ってきた。


(了)

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