ママは追いつめられる
「話の通じる勇者で助かるよ」
変態インキュバスのソーカンは、ゆっくりとレオンに歩み寄る。右手を伸ばしているので、どうやら握手を求めているようだ。
「こちらこそ」
同じくレオンも右手を差し出す。
二人とも見た目だけは美男子なので、とても絵になる光景だ。
俺はうんうんと頷き、シャロンとエレノア「これ大丈夫ですか」と首を傾げている。何が不安なのさ。戦わずに争いを止められるならそれが一番だろ?
そうとも、俺達は分かり合える。人間とハーフエルフだって夫婦になれるんだ、インキュバスと友達になることだってきっと――
「――ああ、これだから人間を騙すのはやめられない」
――え?
硬直するレオンの右手を、ソーカンが両手で力強く握りしめる。
「ぐあああああああああああああああ!?」
瞬間、若き勇者は苦しみの声を上げて崩れ落ちた。
地面に膝をつき、城全体を崩壊させかねない勢いで叫び続けている。
「ああああああああああああ! 嘘だ……嘘だ……っ!」
レオンは血の涙を流しながら震えている。
こ、この淫夢野郎、うちの息子に何しやがった!
「レオンから離れて!」
俺は右手の人差し指をソーカンに向けるが、やつは微動だにしない。その顔には軽薄な笑みが張り付いている。
無駄に二枚目なせいで、こういう表情をすると余計に腹が立つ。
「おやおや。いいのかい勇者のママ。僕がその気になれば、彼の精神はあっと言う間に崩壊するよ?」
「なんですって……?」
うふふ、と母親サキュバスは妖艶に笑いながら息子の肩に手を置いている。
こいつらを見てると無性にイライラしてくる。母子のくせにやたら距離感が近くて気持ち悪いんだよ!
特大ブーメラン!? そんなん知るか!
「僕達夢魔は、触れた人間の夢や記憶に干渉することができる。それがどういう意味かわかるかい?」
「……?」
「僕は今、勇者の両親――つまり君が夫とイチャついていた時の記憶を呼び起こし、勇者に見せているんだよ」
え、レオンはなんでそれで瀕死になってんの?
普通は自分と父親と母親が仲良くしてたら微笑ましいもんじゃね?
いやでも親のそういうところは見たくないって人もいるか……。
「ハハハハ! マザコン男子にとってこれ以上の苦痛はあるまい! さあどうする勇者のママよ! 僕が彼と握手している限り、君は逆らえないはずだ!」
えっ、人質を取ったつもりなの?
後ろを振り向くと、エレノアとシャロンは固唾をのんで俺の動向を見守っている。
「まずいな。このままではレオン君の命が危ない」
「……ええ。特にパパとママが一戦交えている場面にうっかり遭遇した時の記憶なんて見せられた日には、並のマザコンであれば二秒で窒息死しますわね……!」
「今日はおばあちゃん家で遊んでらっしゃい、と妙に女っぽい顔をした母親に話しかけられた日の記憶もキツイな」
「! 大きくなったら意味がわかる、『あの日ママはパパに抱かれたんだ』ってやつですわね! そのイベントだけで千人のマザコンが殺せますわ!」
こいつらの言ってること意味わかんねーし、そんなことで死ぬ生き物ならマザコンは普通に滅ぼした方がいいんじゃないかと魔王じみた考えが湧いてくる。
……ていうか大丈夫だよな?
レオンのやつ、別に俺とエリナがイチャイチャしてる場面を目撃したりしてないよな? な? だったら記憶を呼び起こされることもないだろうし……。
「ぐあああああああああ! 父さんの裸エプロンなんか見たくない!」
あの夢魔、なんてことしやがる!
しっかり俺とエリナの秘密の夫婦生活の記憶を呼び起こしてるじゃん! いつ見てたのよレオンってば!
「なぜだ……なぜ父さんの側が可愛い格好をしてしなを作るんだ……やめろおおお!」
すまんレオン、その記憶は別にマザコンじゃなくてもダメージを受けると思う!
俺だって見たくない!
でも仕方ないじゃん、うちは夫婦の精神が入れ替わってたんだし……だからほら、俺らがいい雰囲気になった時は、ねえ。
「……? なぜか大当たりの記憶を引いたようだが、まあいい。さて、そこにいる勇者パーティーの諸君。御覧の通り、勇者の命は風前の灯火なようだ。彼の命が惜しくば、僕に投降することだな」
極悪淫魔ソーカンは、得意げな笑みを見せる。
人質作戦……畜生、一体ここからどうやって逆転すればいいんだ。
あと俺を白い目で見てるエレノアとシャロンの信頼を、どうやって取り戻せばいいんだ。俺あいつらに旦那に裸エプロンをやらせてた変態奥さんだと思われてるんだけど。レオンも心配だが自分の名誉も心配だ。
この敵、過去最大の難敵かもしれない……!
パーティーを追放されたおっさん、辺境でスローライフ送ってたら女の子にされたあげく出産し、ママになってしまう 高橋弘 @takahashi166
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