ママはフィルタリングする

 突如として三千もの味方を得た俺達は、無傷で敵城に侵入していた。

 石畳の回廊、不気味な形状のキャンドル。

 いかにも魔族の城ですといった趣きがある。

 じっとりと湿っていて、陽の光はほとんど差してこない。

 雰囲気こそ難攻不落のダンジョンだけど、今は寝返った亜人軍団のおかげで兵力のゴリ押しが利くし、あっという間に攻め落とせるんじゃないの? と思ったらそうでもないらしい。


「ママ、この城は罠だらけだワン」


 と例の犬耳の大将が教えてくれた。なんでもこの城を建てた魔族は筋金入りのマザコンで、性癖を感じさせるトラップをあちこちに張り巡らせているらしい。

 まず、一階に張ってある結界は出産経験のある女でなければ解除できないようになっている。そして二階にいるガーティアンは若作りなママでなければ攻撃が通らないし、三階にある通路は実母が息子の好きなところを百個口にしないと落とし穴が発動するらしい。


 なんだ、全部俺なら無力化できるじゃん。


「えい」


 とうわけで楽勝で最上階まで到達したのであった。

 まさかママキャラが城の攻略に挑んでくるなんて予想できなかったんだろうな。

 俺達は警戒を怠らぬよう気を張り巡らせながら、城内を進む。

 

「母さん」


 その時ふと、レオンが声を上げた。いつになく真剣な表情である。


「何かいるよ」


 レオンの指差す先は暗闇に包まれており、何も見えない。


「なんでわかるの?」

「今の僕は調子がいいんだ。だって母さんと両想いだってわかったんだからね」


 何言ってんだろ?

 やっぱりこいつ昨日の飲み会で酒飲んだんだろうな。

 俺はレオンに二日酔いの疑惑を抱きつつも、目を細める。


 ……なるほど。確かに前方から、人影が近づいてくる。


 暗がりからコツコツと歩いてくるそいつらは、背中に巨大なコウモリの羽が生えていた。顔立ちは恐ろしいほど整っていて、艶のある褐色の肌を持っている。

 間違いない、こいつらは魔族だ。この城の主だ。

 男女のペアだから、サキュバスとインキュバスってことになるのかな。やたらベタベタしてるから夫婦だと思うんだが、男の方がやけに若いのが気になるぞ。


「そうか、君が勇者なんだな」


 男の魔族が言った。声は甘く、爽やかだ。

 並の女であれば、簡単に狂わせる色香があるだろう。


「随分男前なのね」


 今度は女の方が言葉を発した。やはりこちらも美声の持ち主で、ややハスキーだがそれが妖艶さに拍車をかけている。


「駄目だよママ。僕の前で他の男に色目を使うなんて」

「妬いてるの?」


 可愛い子ね、とサキュバスはインキュバスの肩に手を置いた。

 聞き間違いではない。インキュバスの方は今、サキュバスを「ママ」と呼んだ。


「……親子?」


 俺の問いかけに、二人の夢魔は頷いた。


「そうとも。我らは夢魔の母子にして夫婦!」


 高らかに声を上げ、羽を広げるサキュバス。インキュバスもそれに続く。


「母、ボシィ」

「その子、ソーカン」

「「我らは魔王の忠実な下僕なり!」」


 ………………壮絶な自己紹介だった。

 だって母と子でありながら、夫婦を主張しているのだ。

 その畜生道を爆走する身の上に、レオンの顔色が変わる。


「だ、駄目だ母さん……! 僕には彼らを倒せない! 絶対に悪人じゃないはずだ! 話せばわかるはずなんだ!」

「何言ってんの?」


 外道の中の外道でしょ、遠慮なく殺りなよ、と俺は背中を押す。


「お母さん、レオンの格好いいところ見たいなー」

「……くっ。……ぐっ……ううう……」

「ほらほらいつもの必殺剣で、ズバーンと焼却しちゃいなよ」

「ぐぐぐ……」

「母子で結婚なんて気味悪いじゃん。やっちゃいなよ」


 だらだらと汗を流すレオンの前に、インキュバスが視線をぶつけた。息子……ソーカンと言ったか。

 レオンに負けず劣らず男前だが、よりによって実母を恋愛対象として見ているようでは。

 毛虫にも劣ると言えよう。

 せっかく長命かつ美形の種族に生まれたというのに、母親をパートナーに選ぶだなんて。

 そんな真性キ◯ガイ、見たことも聞いたこともない。

 もし身近にいたら、吐き気を催しているところである。

 真っ当な少年に育ったうちのレオンを見習って欲しいものだ。

 ねーレオン? と話しかけてみるも、返事はない。


「ほう。お前も親子連れで来たのか」


 ソーカンはレオンに視線を向けた。こんな変態にうちの子を見て欲しくない。

 どこからどう見ても教育上よろしくない物体である。

 俺はレオンの背後に回り込むと、両手で目を覆った。

 

 年齢的にはシャロンこそ見せないようにするべきなのだろうが、それでも真っ先に我が子を素手フィルタリングで守ろうとするのが親心である。


「うちの子に話しかけるのやめてもらえますー?」

「母さん、当たってる。背中に当たってる」

「うちのレオンは純情なんですー。未成年に悪影響を与えそうな貴方達は、これから目隠しレオンに焼き滅ぼされるんですー」


 どこに撃てばいいかはお母さんが指示するから、さっさとビーム出しちゃいなさい、と耳元で囁く。


「ほらほら。出しちゃえ出しちゃえ」


 もうちょい右右、と息子を操縦する。

 心なしかレオンの耳が赤いように見えるが、近親婚などという下劣な産物と対峙したため、怒りと義憤に燃えているせいだろうか?

 

「ふむ」


 ソーカンは顎に手を当て、余裕綽々といった表情をしている。

 気に入らない男である。


「……そうかそうか」


 ソーカンは片頬を歪めて笑った。


「実母に対してその反応……どうやら僕と勇者は、同じらしいね?」

 

 レオンの肩が跳ねる。

 何を動揺しているのか。

 ほらほら、あんな変態やっつけちゃいなさいと耳元で囁くと、

 

「……僕はこの魔族と戦いたくない」


 なんで急に反戦思想に染まってるの?


「敵は実母に恋愛感情を抱く変態インキュバスなんだよ? こんなのさっさとやっつけちゃいなよ」

「だからだよ! 彼は僕と同じなんだ」

「同じ? 何が?」

「僕は彼を敵とは思えない!」


 いやいや。こいつとお前が同じってどういうことだよ。どこにも共通点ないでしょうが。

 そんな子に育てた覚えないんだけど?


「――あ」


 ……いや、あったわ。レオンとインキュバスの共通点。

 レオンはハーフエルフの母親と、人間の間に生まれた子供。

 そう――レオンは亜人の血を引いているのだ。

 インキュバスは美形で人型の魔族。亜人の一種。ひょっとしたらそれが理由で、レオンはある種の仲間意識を抱いているのかもしれない。


「ごめん。お母さん鈍感だったね」

「わかってくれればいいんだよ」


 俺は妻と体が入れ替わるまでは純粋な人間族だったので、このへんの感覚が疎いんだよな。でもまあ、そうだよなあ。自分と境遇が似てる相手って戦いづらいよなあ。俺だってハゲかかったおっさんと戦えって言われたら頭皮だけは狙わないように配慮しちゃうもん。もしそいつに住宅ローンが残ってたら戦闘自体拒否しちゃうかもしれない。


「僕は彼の気持ちがよくわかる。……もしかしたら手を組むことだってできるかもしれない」

「え!?」


 なっ、なんて勇者らしい提案なんだろう。

 敵を憎むのではなく、平和的に説得してみせるってこと?

 俺の腹から産まれたとは思えないくらい、道徳的で正義感あふれる提案に言葉を失う。

 レオン……すっかり立派な青年に育ったなあお前。


「僕と彼が協力すれば、理想の世界を作れる気がするんだ。母さんも協力してくれるよね? これは僕達親子にとって、大切なことなんだ」

「うん、お母さんも手伝うね」


 レオンは何やら感極まった顔で震えている。


「……一つになろう、母さん」


 人間族と亜人族が一つになろうって意味?

 種族融和。素晴らしい目標じゃないか!


「うん、なろうなろう!」


 俺がきゃっきゃとはしゃいで頷くと、レオンは「もう死んでもいい」と口を抑えて泣き始めた。

 理想に燃える若武者の、爽やかな涙だった。

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