23. 葛藤
シャツにじっとりと汗が染みこんでいる。
スマホで時間を確認すればまだ明朝だったが、二度寝はできそうにない。
小雨がパラパラと窓を打ち付け、道路に溜まった雨の上を車が走る音がバシャ、バシャと断続的に遠くから聞こえてくる。
昨日の夜は、とりあえず木箱の中身を元の通りに片付けて、チェストの奥に閉まった——木箱の留め具は壊れてしまったが外から分からないように閉めることはできた。だがこれを開くことがあったらすぐにバレるだろう、時間の問題だ。
あれは間違いなく俺の母親の婚約指輪だ。
俺は、木箱を無理矢理閉めた後、両親の残した金が入った自分名義のキャッシュカードと通帳を、机の鍵付きの引き出しに入れ、その鍵を閉め、その鍵を参考書に挟み、参考書はカラーボックスに入れた。
急いで、母親の誕生日になったままの銀行の暗証番号を変えないといけない。
夕方帰ってきたヒカリさんには「どうしたの?体調が悪いの?」と言われたが、俺は生返事しかできなかった。
今日は体調が悪いということで乗り切れたかもしれないが、明日は、明後日は……?俺はどうすべきか。
早起きしたときには、リビングで家事をしながら勉強するのが常だったが、今日は到底そんな気分にはなれない。
俺は布団の上で英単語帳を見返すが、頭に入ってこなかった。
楽観的に想像するなら、ヒカリさんは本当に俺らの両親と仲が良くて、今回もただ強盗殺人によって孤児になった俺らを保護するという約束のために今こうして一緒に暮らしているとなる。
だが、母さんが大切にしまってた指輪は……?しかも、俺は両親からヒカリさんを一度も紹介されたことがない。
自分の子供を預ける想定をしていたなら、そういうことがあっていいはずだ。というか、この世の中に他人に、万が一のときに子供を預ける遺書なんか書こうとする奴なんかあるか……。
ということで、悲観的に想像するなら、ヒカリさんが俺らの両親の死に、何らかの形で関わっているということだ。カネ目当て……?
だが現在、俺とヒカリさんは話し合って、遺産の内、俺とナツキの学費はしっかり確保した上で、それ以外の使える分をちょっとずつ切り崩すという風にしている。
いやでも、これも本当はいつか上手く奪うための詐欺の一環で、現在進行で狙われているとしたら。
上手く俺から暗唱番号や通帳の場所を聞き出した上で、遺産を奪い取るということだったら?いや、ヒカリさんはそんな嘘をつけるタイプだろうか……。俺の狂った妄想か?
人間誰しも最悪の想定をして動かなければならないとはいう。
だが、その最悪の想定が両親の死に関わっている人物と一緒に暮らしているということだったとしたら?昨日から十分に眠れず、考えがいったり来たりだ。
確かなことは、ヒカリさんは何かを隠している。俺たちに言っていないことがあるということだ。
でも、こんなこと誰に相談すればいい、俺には相談できる相手ってのもいやしないのに。
あのとき見た指輪は見間違いだったようにすら思える。
俺のみ砕け、辷れよ手紙 『L'appel』 第一部 @gala_shu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。俺のみ砕け、辷れよ手紙 『L'appel』 第一部の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます