弾丸と聖騎士(2)
悪夢を見た朝のような気分だ。
謎にエイデンさんに当て布をした手がズキズキとする。
天井のシミとのにらめっこに負けて視界を腕で覆う。
ベランダに出した足を撫でる風は適温で心地よいが窓枠の仕切りが具合悪く太腿にめり込んで痛い、お風呂上がりの一時をジュワジュワと炒める拍とトントンと調理する拍が耳に優しく時間の進みを教えてくれる。
ホテルは一部屋2から3人用と5から10人用の物が多い、大人数での移動傾向が見られる為シェアハウス顔負けの物も数多ある。
大人数用は調理場も風呂場も個室も在中し、自室のような扱い。
初めての大人数部屋にワクワクした気持ちもあったが今やソレも消え失せた。
風呂とトイレ別、キッチン付きのリビングに、残り4部屋の個室、個室には布団が3つずつあり合計12人用の設計。
小さくてもベランダもあって見晴らしもそこそこだがパレードの行われる大通りからは遠くパレードの余波しか見えないだろう。
「スターリーちゃん」
視界を遮る腕の向こうから幼い子供に向けるような声で名を呼ばれた。
「はい?」
腕を退ければ優しげな顔をした青年が覗き込んでいる。
睫毛の揃った切れ目から見える慈悲深い深翠の瞳が少し困ったように細まり、左目の涙黒子が頬骨に乗って動く。
額の左側を斜めに横断した切りつけた傷跡が痛々しい青年は赤みのあるミルキーブロンドの短髪で右耳ピアス一つに左耳ピアス3つと顔に似合わずヤンチャな傷が多い。
顔を見つめるだけ見つめると青年の瞳に困惑の色が現れだす。
日中は淡い緑のYシャツにネクタイを締めサスペンダーをしていたが今はシャツにジーンズとラフな格好をしている、それでも体格の良さが見て取れる『クライド・イーストン』が口を開いた。
「ギルはこっちの部署に来てた女医が見てくれたから明日からも動けるってさ、前の傷の痛み止めのお陰で本人はピンピンしてるらしいよ」
「それはそれはぁ、良かったです。他の皆さんはどうなってるんですか?夕方になってもまだ3人だけですが」
起きるように手を差し伸べられたが、甘えるようにこちらが手を伸ばす。
慣れた手付きでそのまま引っ張り上げられるとベランダと扉の仕切りが足を突っかからせて痛かった。
猫のように持ち上げられ同じ身長の青年によって一度宙に浮くと、ひんやりとした床に指先から丁寧に置かれた。
「話し中だって、ギルは帰ってくるけど騎士団に話をつけに行った組は帰ってこれないかもって。隊員連れて見回りしてるのもあるから遅くに帰ってくるかもって」
「結局、四人なんですね」
「うん」
クライドさんは困り眉で微笑むと料理の続きへと吹き抜けのキッチンへと帰っていった。
「只今帰りました」
「あ、おかえり〜」
料理を待つ為にテーブルに付いて数分間、机に項垂れ始めた頃に気怠そうな声と共にエイデンさんが帰ってきた。
玄関までの廊下を覗けば血塗れの服を横脇に靴を脱ぎ、手前のキッチンからひょっこりと顔を出したクライドさんが笑顔を降るとエイデンさんが眉を下げた。
「料理できるクライドが居て良かったぜ」
「毎回ギルに頼ってるからね」
「好きでやってるんだがな」
廊下を進みながらクライドさんと話していたエイデンさんが風呂場前で足を止めた、タイミング良く扉が開き、タオルを被ったジャーニーくんが一直線にエイデンさんを見つめる構図になる。
「およ、ギル!帰ってきてたの?怪我は?」
「今な、丁度コニーが来て完全治癒してもらった。足もついでにな」
「良かったじゃん!痛いって文句言ってたし」
女医。騎士と同列的な位置にいる貴族用の医師だと私は認知している、禁止条令の出ている魔法石と魔法陣の使用が監視下なしに唯一許可されている職業の一つ、いわばクソエリートというやつだ。
和気あいあいと話す童顔二人から目を逸らして机に頬を付けて項垂れた頃、クライドさんが料理を並びだして立ったままの二人に遠巻きから。
「ご飯出来たよ、ご着席〜」
と声をかければ、ただのテーブルも食卓になってしまう、上流階級の人間との食事は気が引けるもの。
作ってくれたことへの感謝は言えども卓を囲って食べるのは如何せん慣れない。
座り方から食べ方まで貴族、ましてや目の前の三人は貴族でも101族しか居ない『英雄貴族』の血筋になれば方崩しをしてくれても作法が見て取れる。
何よりこちらが粗相をしてないかという緊張感しか無い、出てくる料理も高級感を消せないしコースでなくても品のある並びをしている。
顔に出してはいけない。それが一番の無礼なのも分かっているがこの瞬間の焦りは、些か不快だ。
+++
「何をしていたんですか?」
薄暗く黄土色の貧相な灯りが真っ白なスーツをオレンジに照らす。
黒一色に端を沿うように黄金の線が入った襟、肩についた煩わしい装飾、真っ白なスラックス、王国騎士の白いスーツを身に纏った男達の一人が冷たく言い放った。
「………」
「答えてください」
「はい……」
「銃所持者が居るという話ですが、心当たりは?」
「……」
深く座った男は足首を組んだ体制で鼻でため息を付いた。
目にかかる前髪とボブカットに整ったくすんだベージュブロンドが灯りに灯されて天使の輪を作る、髪の間からピンク味の強い紫の瞳をはめ込んだ四角く垂れて目尻が跳ねる青年の目は、机の向かいに座る項垂れた男を見つめた。
「具体的な仕事を教えてもらえますか?コチラは団員が入手した弾丸で密輸から制作元まで突き止めたというのに、根本的な団体のことなどの話は?」
「んんっ…ロイ」
紙を片手に相手を捲し立てようとする男『ロイド・テスター』を静止させたのは聖騎士の顔隠し帽、軍帽に不透明なベールを掛けた帽を被った両脇に立った男の片割れだ。
「………明日コチラも現場を確認しますが、それ以前の報告はご自身で上にしてください」
「はい……」
立ち上がったロイドと目も合わせようとしない男は、ロイドよりも年を取っている為のプライドか頭を下げる事も上げる事ももしなかった。
ロイドを静止したベールの青年が部屋を去る際に男を振り返り言葉を落す。
「慈悲で言っておきますと、していないのであれば。素直にそう言うことをオススメします」
尋問室は精神的に圧のかかる部屋其の物、薄暗く湿っぽい、一人残された男は書類にすら目を通さず手の握り拳をより一層硬く握りしめた。
アポカリプスの龍騎士 テラス11 @Terrace11
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