アポカリプスの龍騎士

テラス11

弾丸と聖騎士(1)

 

 ──今日はこの辺りで……

 

 今日はこの辺りで。

 そんな幕引きする物語を幾度となく俺は読んだ事がある、後日の語られない物語であり、その後を夢見させる文章。

 このチープな作品もそう締めれば夢があるだろうか。


 いいや…物語としても無理があるだろう。


 預言書に綴られた龍の娘と聖騎士の愛憎劇なんて二番煎じにも程がある、この人生はその中でも贔屓な醜さを図るだろう。


この物語に一番良い終幕は一言。

 『そして龍は死し国は繁栄した』

唯それだけしかない…

唯それだけであって欲しい。


+


 予言の第六感を持つ王家はダイクロイックアイで広大な箱庭で生活する民を統治している。

 この国の民に備わった第六感と呼ばれる力。

 その数多の有象の中でも王族の予言は唯一無二であり太古からこの箱庭は預言書に支えられてきたとされる。


 古くからの預言書の一片にこうある

 『獣の王、龍神の子が現れし時我々は為す術もなく永遠の眠りに付く、夢を見し我が眷属はそれを全うし救う術を見つける。其れは恥では無く愛であり栄光だと記す。』



 この言葉を知らない民が居ないほど有名な予言の一片。

 信仰的な一片としても扱われる、神に人が対抗し絶滅を防ぐという英雄伝説、宛らの予言故に悪目立ちをしている。



 それ故題材にされることも多い。

 恋愛物であったりサスペンスであったり、論文だの宗教だの、特に純愛物は多い。龍の血を継ぐハイスペックな男との恋、外来に出た少女が出会った龍との異形恋愛、可愛く美しい龍の娘と騎士の恋愛。


 偶像される龍神は都合が良くこの世界に新しい風を吹かせる、特別な存在の象徴、遠いが確かに存在する夢なのだ。

 この箱庭の人口約80億人が一度は見たことがあるほど有り触れた夢という神。



 六角形の防壁に囲われたこの箱庭に名前はない。遥か昔は外来にも国があったがそれもお伽噺同様、今や外来は夢物語でしか語られない、終幕に高を括り龍を夢のように描いていた。


 『一対の羽を騎士兵、二対の羽を騎士、三対の羽を聖騎士とし国を守る天使を神は落とし預けてくれた。天使はベールを掛けさせてほしいと身を隠すことを条件に国に留まった』


 国の天使と呼ばれる王国騎士になり黄金に輝く逆さの天使の羽が三対になった二年前、国王陛下が寝込んだ隙に孫の王子が奴隷廃止を公言し動いた。

 聖騎士とし奴隷制度の徹底を手伝ったあの時からこの愛憎劇は始まっていたのだろう。

 


 物語にいる龍の娘は様々だ。

 内気でお淑やか、男勝りでひれ伏さない、じゃじゃ馬で乙女、謙虚で穏やか、少々の個性に動じる様な人間では無いと自負していた、本当の龍人を見るまでは。


 一言で言うなら『浮いている』


 娘と呼ぶには大人びている。

 妖艶というには神秘的で、男勝りというには男を立て己を女らしく見せる。

 乙女と言うには女らしく見えず、何処か香る男らしさに謙虚で穏やかな物分りの良い発言、なのに癪に障る飄々とした小馬鹿にしたような態度。

 何にも溶け込まない人種だと分かった。

 しいて溶け込むならその雰囲気から漂う『詐欺師』らしさぐらいだろう。


 おおよそ全員が唖然とした。

 男顔負けの高い背丈に中性的な存在感、それでいて女だと主張をし幼い子供らしい態度を見せる。

 自然が生み出した異物其の物だと、自分と変わらないサイズの手を持ち上げ指にゴールドの輪を通しながら感じた。

 感じるだけで、その手を振りほどくのはこの箱庭が認めなかった。



 大昔の戦争で国がすべて統一され、そのうち固有名詞が不要になった国がこの国。

 六角形の防壁の外には文明の利器が未だ残っている、壁の中は広大で国と言うには気候も文化も違う、統一されたのは言語だけだ。


 中央の一番高い『王宮』から下に『王宮下』、『城下町』と続く。

 城下町は4つの領土に分かれ、西に『ドロールゼル』東に『ギャズランダ』北に『ツーリダルト』南に『イディルゼク』

 城下町も王宮下に近い『傘下街』から『花街』、『灯街』と壁に近づく。

 

 俺らドロールゼル支部ドロール大佐班10人は龍人を人間として殺すための任務を課せられ、俺『ギルバート・エイデン』は大佐として『スターリー』と名のる龍と結婚した。


 ため息を呑んで天蓋から目を逸らすことが精一杯の反逆だった。


+++


 銃声が脳内に未だ響く、浅く深い呼吸と見るに堪えない赤い血液が己の心臓に多大な負荷を与えられるのが分かる、見知らぬ汗が背中を伝う感覚。

 吐きそうなのはホコリの舞う廃墟だからだろうか、男の鍛えられた筋肉をドクドクと流れ落ちる赤い体液を汗と勘違いしたくなる。


 血液を止める白い布が赤く滲み意味を成すのか不思議になったが「龍」と、呼ばれ慣れない名を少し掠れた声が呼ぶと薄暗く狭まった視界が正常になって行く。

 自分の手を流れ瓦礫の床に落ち、血溜まりができる赤に自分の眼を抉られたあの時と同じ痛みをフラッシュバックさせて無い右目が異様に痛む。


 「不意を突かれた、悪いな」


 襟足が長めなオールバックが少し垂れている、淡い黒髪につり上がった眉、可愛らしさのある大きめなタレ目に琥珀の三白眼が私を見据えた、逆三角形の鍛えられた体に細めな腰。

 銃声のする方を見つめていた筈の目が無意味な手当をする私を龍と呼び見つめていた。


 スタンドカラーのオーバーな黒シャツ、開けた胸元と折り返された袖からオレンジに模様がある裏地が見えるが赤く染まり何模様か分からない、スラックスにも血が滲みそうだと頭の片隅で考える。

 打たれた当の本人の落ち着きと汗の無さに先程の乱れた浅く深い呼吸は自分だと気づいた。


 「落ち着いたか」

 「えぇ……まぁ…エイデンさんは大丈夫で……」

 「ん?俺はこの程度大丈夫だ……ここに居ろ、3人に負傷者は分が悪い、撤退する」

 「二人と役立たずと負傷者では?」


 妙に歯切れの悪い返事をしたエイデンさんが膝をついて立ち上がる準備をして、背を屈めたまま銃声と周りに気を向けている。私の肩を掴むと壁に背を押し込んで仏頂面に笑顔を浮かべた。


 「肝が座ってんな、待ってろ」


 そう言い残し廃墟から密々と退却して行く。


 人生何が起こるか分からないとはこの事だ、約3週間前までは女を跨ぎながら世界一周旅行をノウノウとしていたのに今やイケメンに囲まれて結婚までしている。

 奴隷として娼婦として生きて来て絶望はこれ以上無いと思っていた、人間になれた二年前、人間になれたのは二年だけだなんて悲しすぎる。  


 龍だと言われて2週間、結婚して2週間。

 正直嫌いそうになったこの国の王は存外優しくて態々私を人間として殺そうとしてくれている。


 秘密主義の塊である聖騎士の情報漏洩を餌にして。


 ─散歩してただけでこれか、騎士団って意外と……厄介の一言に尽きる


 ドロールゼルに席を置く10人の聖騎士は北に位置するツーリダルト、花街東部『ゼラ』に来ている。

 聖騎士が南と北には大佐が居ないからと時折巡回をするらしい、手続きもまともに終わっていない監視目的の私も連れてこられたというわけだが。


 ─パレード見たかったのに、エイデンさんがあんな大怪我だと無理そうだよな……天気もいいのに


 未だに震える手を握りしめて廃墟の割れた窓ガラスから空を見上げた、引いた汗が少しひんやりとした風に絆されて体が冷えていく。


 災害の多いツリーダルト特有のパレード、災害が無かった年にだけ行われる祝いのパレード、前夜祭を見て回ろうかと気を遣って貰って四人だけで街を巡っていた。

 ワガママから始まった。

 大通りから大分離れた生い茂りの目立つ川辺近く、ツリーダルトは特別澄んだ川が多い為見てみようと話をしていた時に少し広げた瓦礫の目立つ廃墟を発見した、近づいて発泡音が何処からか聞こえて四人行動がバラけて、そして最後に庇われて怪我人を作る始末。


 世の中も物騒になったものだと青々として所々雲が泳ぐ空を見上げ飽きてサンダルの足を不用意にペタペタとして気を紛らわす。

 膝を抱えて膝に顔を埋めて血濡れた床とお気に入りだった服の袖に付いた血を擦った。


 のきもしないのに。


 ジャリっとした擬音が正しい、硝子を踏み砕いた音に背筋を伸ばして勢い良く扉と壁が壊れ開けた前を捉えた。


 「スターリーちゃん?ぉわぁ……血まみれだね」


 少し低めの青年らしい声を知っていてホッと胸を撫で下ろす。

 周りを確認してこちらに駆け寄ってきたのは女顔負けの可愛らしい青年。


 大きなどんぐり目に上向きの睫毛、強気なつり眉の『ジャーニー・クローズ』その人は周りを注意して駆け寄っくれる。

 天パで淡いオレンジ色の赤毛、下から夜空を移したような深い青の瞳で微笑むと刈り上げられた後頭部を撫でて「良かった」と呟いた。


 「ギルとすれ違ったよ、分裂した所で待ってるらしいから行こう!」


 笑顔が可愛らしい。

 右だけ長い横髪が傾けた顔に沿う、鼻に乗っかるM字分けの前髪が彼の可愛げな顔を見えづらくする。

 後ろを振り返った彼の耳にミントグリーンの編まれたチェーンイヤーカフのようなものを見つけて無造作に手を伸ばし指を軽く引っ掛けた。


 「おしゃれですね、そのイヤーカフ」


 咄嗟に振り返った青年がクシャと笑い手を柔く拒絶する。


 「いいでしょ〜!じゃなくて。早く行くよ!!」


 コロリと表情が変わって口を突き出しムッとする青年に合わせて立ち上がった。


 半分で柄の変わるツーカラーのYシャツ、袖を捲くり上げて出る手、ワンサイズデカい服なのだろう。

 黒のハイネックのピッチとしたインナーが首から見える。


 早歩きでエイデンさんの去った方へと私より幾分か低い青年の後ろをついて行く、黒のカーゴパンツ、緑のハイカットスニーカーが瓦礫を踏んで静かな廃墟に嫌な音が響く。


 刹那、スンッと啜った鼻をかすめた懐かしさを思い出す埃っぽいムスクの香りに振り返った。


 「どうかした?」

 「……いいえ…何も?」


 喉に詰まる息を吸って悟られぬだろう声と笑顔でジャーニー・クローズを見下ろした。

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