第18話 殺●事件

 お題「ブルーシート」「浦島太郎」


 空に向かって煙を吐いた。水平線に半分ほど隠れた陽の橙に遮られるように、煙は遥かな海の向こうに行くこと敵わず、砂浜の上にのろのろ広がる。風もないのに子供たちの声がやけに近く聞こえた。その近づいて来る気配を潮風に感じていると、前触れもなくガラスの破れる音、そして、それを讃えるのか恐れるのか、判別できないほどに悲鳴じみた歓声が耳をつく。とんだ悪戯者がいるようだが、そういう子供が現れるのは、年々減り続ける住人のせいだろう。住む人のいなくなった家屋は、窓ガラスを落とし、梁や柱を歪ませて屋根を落とす。半ば自壊しかけたそれに残っていた窓へ石をぶつけたとて、注意する家主もいないのだ。

 いない者の代わりになるつもりはない。けれど、思い出に突き動かされて、音の聞こえた方へ向かった。案の定、傾いた平屋の周りに、割れたばかりの破片が見える。見つかるつもりのなかった子供たちは、吸いかけの煙草を片手に迫って来る大人に、いくらかバツの悪そうな顔をして見せた。どうやら、やってはいけないことだと理解してはいるらしい。

 僕の見立ては半分だけ正しかった。子供らの半分は、ごくゆるい説教に反省の色を浮かべたが、もう半分は、誰にも迷惑をかけていない、住人でもないやつにあれこれ言われる筋合いはないと、精一杯の反論を述べる。

「でも、ここは僕のお父さんとお母さんが住んでいた家なんだ」

 家を解体できないのは僕の責任かもしれないけれど、家族が大切にしていたものをないがしろにされるのは、ただただ悲しくなる。正しいとか間違っているとかではなく、感情の問題だ。自らの行いにより、大人が怒るのではなく悲しくなるのだという事実は、何人かの子供にとって虚を突かれるものだったようで、新たに言い訳をする者はいなかった。気まずそうに駆けて行く背中を見送って、廃墟らしさを増した懐かしい家を眺める。家屋に比較すれば辛うじて真新しいと言える表札には、知らない名前が掛かっていた。一体、いつの間に越してきたのだろう。そして、両親はどこに行ったのだろう。今日一日、町中の人に尋ねても、両親の行方を知る人はいなかった。

 いよいよ海の向こうに消えつつある太陽が最後の光を投げかけて、空の色を増す。そっと瞬き始めた星を眺めながら、行く当てもなく浜辺に向かう。星の並びさえ最後に見たものと同じか定かではないのに、浜から見る景色だけは記憶と寸分違わないように思えた。

「まったく、お前なんか助けちまったばかりに」

 ブルーシートに包んだ塊を蹴っ飛ばす。いつか打ち上げられて困り果てていたそいつは、今はもう、何をしても抵抗することはない。

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