天帝一族

あきら そみや

扉を叩くとき

黒鐘____

 海雲はほとぼりに際立ち、飛鳥が燦々と喚いている。

「……。」私は船の外斑を手でこねくり回すように、寝台に付けられた手すりを触っていた。

今宵は宴だと故の朱人は私にふきかけている。

どうでもいいかな、いや、運悪く私は頗る腹が減っていたのだ。

人への食事の配膳の時間は晨朝(午前6時)、正午、黄昏(午後19時)と決まっていた。そして気になる只今の時間は日入(17時)____あと2時間も私はこの忌々しい空腹と立ち向かねばならなかった。

隣の部屋では微かに罵声が聞こえる。おそらくは老いぼれの兵士だろう。歳がひとまわり私と違うだけで偉そうに横柄な態度を取る超能力者など、いくらでもいる。散り散りと仏が私を睨むかのように、心はこの環境では正常にいられなかった。

 自然と涙が出始め枕をひた漬けにしていた頃。「カンッ」聞き覚えのある音が鳴った。観世員___私を監視する者が来た。奴はすぐさま私の容態を確認し、微笑んできた。「ご容態は如何ですか?」「問題ない、ようは腹が減ったのだ。」ありきたりな会話だが、これは命のやり取りである。気分?もうそれは命が削られていくかのような気分だった。観世員に仇を振るった同胞の行方など、この世の何処の神に尋ねても口難しと…何も情報を教えてくれはしないからだ。

「かえでさま。」観世員はこちらの心のうちなど気にもしない様子で話しかけてくる。「なにぞ?腹が減っていると乞うた。なにか持ってきてはくれぬのか。」観世員は私の苛立ちに気づいたようで、すぐに顔を変えた。「お便りをお持ちしました。なに、まんまはあと少しできますからお待ちになさり。」「お便り?こんな時期にか」諸外国との激しい戦争が終わった直後にお便りとは。なんと能天気な!更に腹が立ってきた。そんな私の小眉がくしゃくしゃになっているのを、なんとも馬鹿にしたそうな目で目の前の異形は続けて言った。「奴国からです。気持ちはお察ししますが、お読みになられてみては?貴国からですし…」それはそうだ。私の生まれ故郷でもある。だが身寄りはすでに他界し、一族からは破門されている。つまりなにがいいたいかというと、送ってくる奴などいるわけがないということだ。幽霊か何かの嫌がらせか?私は観世員に流されるままに、その薄汚れ埃がついた小包のような黄色の封筒を受け取りゆっくり開いた。手紙は手紙なので、蜜柑の皮を剥くような丁寧さで中身を見渡した。「…なんだ、これは?」そこに入っていたのは小切手のような招待状だった。しかも金箔が敷き詰められたように貼り付けられている。驚いていたのは私よりも観世員の方だった。「おお…天帝一族からの招待状とは!運が良いという次元ではないですね!要らないのであれば頂戴しても?」「たわけ。誰が粗相なことを抜かすか。」観世員の上手なノリには頭の球根を抜かれるような気分だ。「にしても…天帝一族か。奴国の奴等め、面倒な仕事を私に押し付けるとは粘土のごとき図々しい態度だな。」「…かえでさま。本当にその招待状、貰っちゃいますよ?」

 天帝一族___かの高明な天皇も一目置く謎めいた宗教。…と、一般ではそう言われている。しかし裏の人間から言わせてみればイルミナティ的組織にやや似ている危険さもある。己が天帝一族に所属、籍を置いているかと言われれば真っ赤な嘘になるが、内部にやや精通しているわけでもある。


では、天帝一族とは一体なんなのか?答えは簡単だ。いわば天界においての公安警察署である。


 春菊____

 天帝一族からの招待状は人生の中で実に意外なイベントであった。私が普段滅多にお目にかかれない人達、そんな「業界人」と杯を交えれるのはこの機会くらいだろう。ついさっき研究所__私の「マミー」から私的外出許可が降りたので、古くから通ってる病棟とは今日でお別れだ。先日顔を合わせた観世員は昨晩から締め酒の二日酔いにかかってるらしい。ざまぁみやがれ。あまり義憤はしないが、彼のせいで亡くなった同胞の救いを求めている。

まぁそれはさておき、天帝一族とは崇高な一族なもんだ。近頃天界で流行っている「不老不死」技術の先駆者でもある。なにしろクローン技術の欠点、魂の原理についても解明したのだから。なお一族の殆どはクローン技術の実験体であるらしい。その殆どが「天帝実験」に成功した。明日、私は「決して死なない人達」に面と向かって立ち会うのだ。笑い事ではない!超能力者の中でも割と強い力は持ってる者だと自負しておるが、このような恐怖と不愉快感は決してないだろう。いや、二度とない。だがしかし心の内から計り知れない好奇心が私を犯し尽くしている。果たしてアダムとイブが犯した罪拭いを天帝一族はしたのだろうか。思い切って「不老不死の法、教えて下さい!」と言ってしまおうか。いや、「天帝実験に私も参加させて下さい!」の方がインパクトが強いかもしれない。…実験が無痛なわけは無いが、興味や好奇心には負けるものだ。

病棟での最後の晩餐を終え、私は眠りにつく直前だった。図々しい程にテレパシーが頭に響いた。

「元気か、かえで」

「ああ、元気さ」

おそらくこの波長は超能力者の「むくろ」という者だ。比較的優しいが事ある毎に抜け目がない鋭い思考を持つ。

「私は泣き茶碗の如く飯を啜ったよ。お前が天帝一族の所に行くとは。さては、嫁ぐ気か?」

「よせ。私に女の感情などないさ」

「なら私の所へ嫁ぎに来るか?まあよか、気ぃ付けな」

「…まず何を気を付けたら良いのか。心当たりが多過ぎる」

「そうさな、第一に。天帝一族の機嫌を損ねるなよ。あいつらは高飛車だ、小魚の酒のつまみでさえ文句を言ってくる。次にあいつらの袴の色だ、あれには口出しするな。」

「…袴?階級社会の示しに?」

「そうだ。袴とは天帝一族においては命そのもの。裸を見られるようなものだ、遠回しでも言わぬように。」

「あいあいさ。ご丁寧にどうも」

適当に返事をしてたのがバレたのか途端に彼の波長音が濁った。むくろは優しくもきつめな口調で後を続ける。

「…おはりなには気をつけなはれよ」

「おはりな?それは私の前任者よ」

「お前が気にすることではあるまいが、天帝一族にとっては敵だ。巻き込まれないようにな。では______」

意味深な事をぬかしたむくろは、ささっと自身から繋げたテレパシーを私のもとから切りあげた。全く、求婚の素振りを見せる癖に。淡白な彼との会話を終えた途端疲れがどっと体を蝕む。…もう寝よう。なんかモヤモヤする。

 そうして深い眠りについたかえでであった。  


 さて、夢は原初の呪いと言われている。何故なら誰かの人生で起こったハプニングを自身が夢の中で追体験するからだ。まあ、超能力者の間ではよく話題になることが多い。何故なら_____運が悪ければ死ぬ、極めて簡単なことだ。

 そして運が悪いことに、夢の中で私は死んでしまった。夢と同じように振る舞える霊体内が霊界とリンクし、そこで呪いに犯された。挙句、魂を悪魔なる夜叉に奪われてしまった。文字通りこれは死___天界においての死亡を意味する。我々にとっては天界の恥に近いが。まさか自分が当事者になるとは!しかも夢の内容といったら、かの天帝が私を崖から突き落とす場面だった。崖からまっ逆さまに落ちた私を闇の底で夜叉が食い尽くしたのだ。魂を確認するために右手で気を送ったが全く反応がない。終わった。

 夢から起きたときの体の震えといったら。尋常ではないほどの滝の汗だった。起きた時刻はあかとき(午前四時)ほどだ。おまけとはいってもなんだが、持病の精神病も悪化してしまった。よりによって天帝達にご謁見する当日にかぎってこの運は、きっと法皇の閻魔様もさぞ笑うだろう。

 朝餉を死んだ顔で頬張り、私は天界にある三門院と呼ばれる所へと向かった。天帝一族は天界の中央ある「雀の巣」と呼ばれる空中浮遊園で暮らしている。そこへ入るには三門院に貰った招待状を見せなきゃいけない。いわゆる空港と呼ばれているところである。

 「ようやく着いたか。」そうこう思考を蜂蜜の巣のように巡らせていたら、あっと言う間に目的地に着いた。大きな門を通ったら役人がいたので挨拶を交わした。

「かえでさま。ようこそいらっしゃいました。」

「うぬ。とくとくこの関門を抜けたいのじゃが。」

「そう仰らずに。黙海は見ていかれますか?新しく改築した船から一望できますよ。」

「いや…よか。はようここから去りぬ。寒気がする。」

黙海とは天界随一の死者の箱庭である。今となってはリゾート地になってるようだが、昔の大戦で山積みとなった天界の人達の骸はいまだに海の底で「寝打って」いる。死者に口無しと言われているが、その気になると声が聞こえてきそうだ。


___こよりを許してくれ。望月よ。  


こよりという妖怪を誘拐し惨殺した望月一族と言われるもの。天帝一族と酷く関係が悪化し、大戦争の発端になった。それが今も黙海の呪いとなっている。

 三門院を少しだけ散策した後、役人に促されるように私は三門院のうちの空門へと移動した。天帝一族の都たる空中浮遊園に入るには、三門の三つの門のうちの空門から入らねばならない。だがここで問題がある。魂のない死した私が、このゲージを無事何事もなく通り抜けれるのかが心配なのだ……

 

空門_____

 仏が空門の大御前で待ち構えていた。この時期は重要役人の出入りが少ないのか、一人しか役人として居らなかった。

「まうし、この招待状を見て欲しいのですが」

おそるおそる天帝一族から貰った招待状を取り出し、仏の御前に差し出した。威圧感が半端ではないので、手が震えそうだ。

「______」

仏はギラっと睨みつけるかのようにその金箔のかかった招待状を目の当たりにした。途端に仏は声をあげた。

「仏なるもの、いかなる理由でも生きた者を通す訳にはいきませぬ!」

私は意味をある程度察して理解し、先日起きた自身の不祥事が幸いだった事に気付く。死なない人達に釣り合うのは死人か。何とも皮肉が効いたことだ。天帝一族はそんなに非情なのだろうか…そんな思考をしつつも、すぐさま意を決して仏に申し出た。

「私には魂がありません、死んだも同然です」

「ほう?それは真か。心眼で見れば一発でわかる、故に子供騙しは許さんぞ」

「よきかな。是真であるからに遠慮せず生で見て欲しい。」

仏は心眼と言われる、第三の目を使った。桜色のその目は極めて奇妙だが、吸い込まれる美しさがある。十秒ほど胸の辺りを凝視された後、仏のため息が御前の周りを埋めた。

「…どうやら通しても良いようですね、かえでよ」

仏の中でも優しくて威厳のある彼が悩む姿は初めて見た。いや、魂のない超能力者は二度と出ることの出来ない塔に入れられるという噂がある。その噂が本当なら、仏の「なぜこのようなものが外をうろついてるのか」という極めて失礼な顔に納得がいく。彼は彼の後ろにある門を指差した。

「ここからが天界屈指の都への登竜門的な扉ぞ。心して入れよ」

「ありがたき幸せ。いってきます」

仏を背にした私はその真の空門を通り抜けた。瞬時に体が浮き、意識ごと遠いどこかへ持ってかれたのだった。

 この空門が、地獄への入口だとは当時の私には知る由もなかった。

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