夜は嫌い。


 だって私の人生にはそれっきゃないから。



 深夜のコンビニにたむろする若い子たちを見てると、猫の集会みたいだなって思う。

 何を話してるのか私にはさっぱり分からないけど、なんだか上手く言い表せない不思議な魅力を感じるから。

 まだ世間に疲れてない彼ら彼女らの笑顔は、まるで夜の空気に太陽の匂いをまき散らしてるみたいで、私の気持ちを励ましまたひどく憂鬱にもさせる。


「アメスピとピアニッシモ、一箱づつ」

 常連の贔屓目で見ても仕事ができるとは言い難い深夜のコンビニ店員に、いつも買う銘柄を指し示しながら、私は軽くため息をついた。

 別にこの店員に呆れたわけでも腹を立てたわけでもない。

 ただ本当に心の底から疲れてるってだけ。


 仕事を終えて帰路につく人間なんてみんなおんなじだろう。



「こんばんは」


 マンションのエントランスホールで、偶然隣に住む男性とすれ違った。

 物腰柔らかな四十半ばくらいのその人は、成人したかしないかの息子さんと二人で暮らしてるようだ。


 たまにマンション内で見かけると、二人とも挨拶してくれる。

 お父さんの方はちょこっと前歯の覗く優しい笑顔で。

 息子さんの方は少し陰を感じる静かな笑顔で。


「こんばんは」


 なんにせよ、挨拶以上の関わりを求められることのない、慎み深い現代日本人の交流だ。

 一言返事をすればそれでさよなら、簡素で効率的でほんのりと暖かいコミュニケーション。


 それが、良い。


 乗り込んだエレベーターから夜の街へ去っていく背中を見送りながら、私はコンビニ前の若者たちのことを思い出していた。

 正確には、コンビニ前の若者たちと、私より前にあの背中を見送っただろう一人の若者のことを。


 彼のことはあまりよく知らない。

 大きくも小さくもない背丈に細い手足、そして、まだ少年の柔さを残した端正な面立ちとそれにそぐわぬ無情動な瞳。分かるのはそれくらいだ。 

 あの年頃の男の子は、大体みんな目の奥にドロッとした揺らぎを宿してるものだけど、彼はそれを持たない。

 まるで透明なガラス玉みたいに硬く滑らかな瞳で私を見る。

 珍しいなとは思ったが、それ以上の何かを考えたことはなかった。



 冷えた鉄扉に鍵を刺して回す。

 やっと帰りついた我が家は、外より少し暖かい気がした。


 エアコンと加湿器をつける。

 本当は石油ストーブの匂いが好きだが、昼の間外に出られない私には少し難しい。


 部屋が暖まるまでベランダでタバコを吸うことにして、コンビニのビニール袋から引っ張り出した黄色い紙箱のフィルムを剥いだ。

 部屋と外を隔てた大きなガラス戸は、音もなくするりと開く。


 柵に寄っかかってポケットのライターを探った時、左肩の先から小さく鼻を啜る音がした。




「ねえ、あなたって、朝日をまっすぐ見られる人?」


 私はただ、珍しく濃い色を帯びた彼の瞳を見て、少しからかってみたくなっただけ。

 それだけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

焦がれ あめふらし @tadaitsu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ