貴方を私は忘れない。

如月 怜

第1話

「あぁ、今日は君の誕生日か。」

「覚えててくれたのね」

私はくすりと苦笑した。

「付き合ってから何年経ったんだろう。」

「私たち付き合って長いから五年くらいじゃないかな?」

「覚えてるよ、五年間だ。」

「なんだ、覚えてるじゃない。」

まさか覚えてるとは思わなかった。

「それじゃ、今日は君の誕生日だし少しだけ遊びに行こうか。」

「そうしよう!」

「君は何をして遊ぶのが好きだったかな。」

「家かな。家でゆっくりするのが一番だよ。」

「家、だったか…そういえば。ほんとにどこに行く?って聞いたら家でゆっくりしようってインドアすぎない?」

「インドアで悪かったね。」

「…とりあえず行くだけ行こうか。」

「そうだね、このまま喋ってたら変な目で見られちゃう。」

そうして彼は移動を始めた。私はそれを後ろからついて行く。

 私たちは電車で移動した。がたんごとん、がたんごとんと電車は揺れる。

「うぇ、やっぱ気持ち悪い。」

電車に乗って五分くらいしたところで彼がそう呟く。

「えぇ、大丈夫?君、昔っから乗り物酔いとか酷かったもんね。」

「まぁ、あと少しの辛抱だ。耐えるぞ。」

「私のためにそこまでしなくていいのに。」

私は今にも吐きそうな顔をしている彼にそう言った。

 そうして、電車の旅は終わり私たちは街へ出ていた。

「やっとついた…」

「遊ぶ前からそんな疲れててどうするのよ…」

「来たのはいいけどどこ行こうか。」

「行く場所も決めないできたの?!」

相変わらずスケジュール管理が出来ない人だ。

「とりあえず、ゲーセンにでも行くか。」

「君、ゲームすっごい下手だけどね。」

彼は驚くほどゲームが下手だ。私と対戦ゲームをしても必ず私が勝つ。

「ゲーセンいって何しようかな」

「色々あるじゃない、ユーホーキャッチャーとかメダルゲームとか。」

「うーん、ユーホーキャッチャーしようかな。」

「いいね!早速行こう!」

私たちはゲーセンへ歩いていった。

 「あー、もう少しで取れそうだったのに…もう一回だけ。」

「その言葉何回目よ。もうそろそろやめといた方がいいと思うけど。」

彼は負けず嫌いだ。だからこういったものは取れるまで終われないでいる。

「君はいい加減、終わり時ってものを覚えた方がいいよ。」

「うっ、もう百円だけ…」

これは散財コースかなぁ。そう思いながら私は彼のユーホーキャッチャーを見守った。

 「あれ、お金ってこんなに早く無くなるんだっけ…」

結局彼はギリギリまでお金を使った。景品は取れず、店員さんのお情けでぬいぐるみを手に入れた。

「もう使えるお金はほとんど使っちゃったから後は散歩でもしょうかな。」

「いいじゃない、暇潰せるし楽しいし。」

「なんか、遊びに来るとすぐお金なくなっちゃうな…」

「それは君がゲームとかに夢中になりすぎるからだね。」

理由がわかってない彼に私はそう言うのだった。

 それから私たちは色々なところを巡った。公園に行ったりブランコに乗ってみたり。私としても見てて楽しかった。なにより、彼があまりにも楽しそうだったので私の頬は知らずのうちに緩んでいた。そして、何よりも嬉しかったんだ。私の誕生日を覚えててくれて、祝ってくれて。でも、申し訳なかった。私のためだけにこんなことをしてもらうのは。

 気がつくとあたりは真っ暗で夜になっていた。

「もうこんな時間か。」

時刻は午後七時くらいを指していた。

結構長い間散歩してたんだな…

「よし、それじゃ行こうか。」

「え?まだ行くとこあるの?」

どうやら彼にはまだ行くところがあるらしい。彼が歩き出すのを見て私もそれについて行く。他に行くところなんてあったかなぁなんて考えながら横を歩く。彼はそのまま進んでいき、街から出た。やがて着いた場所は森だった。

「なるほどね。」

私は全てを察した。彼がこれからどこへ向かうかも。彼は迷いなく森の中へ進んでいく。そして、ある場所にたどり着いた。そこは1本のおおきな桜の木に満開の桜が咲いている綺麗な場所。

「久しぶりだね、ここに来るのも。」

「ほんと、懐かしいな。」

彼は桜の木を見上げながら

「僕らデートすると毎回ここに来てたね。森の奥に行かないと見つけられない隠れスポットで僕ら以外誰も来ない僕らだけの場所。

…ほんと何ヶ月ぶりかな。ここに来るの怖かったんだよ。ずっと来られなかった。その事実を受け入れてしまうだろうから。だから今日まで僕はここに来れなかったんだ。」

彼は歩く。ゆっくりと桜の木の方へ進む。私はその後をついていく。

「けど、僕だってわかってるよ。このままじゃだめだって、この事実を受け入れないとだめだって。分かってる。分かってるけど…」

そう話す彼の目には涙が出ていて、

言葉を吐き出した。

「なんで、何も言わず死ぬんだよ。」

「ごめんね。」

彼に私の言葉が届いていない。それでも言わなきゃいけない。

「君は病気になったのを言わずに全て隠して心配させないようにして…馬鹿だよ!最後くらい自分を大事にしろよ!」

私は彼にほんとに酷いことをした。それは重々理解してる。

「君にとって、僕はそんなに頼りない存在だったの?僕は、言ってくれた方が嬉しかった。こんな突然のお別れなんて、君の中でだったら良かったのかもしれない。でも、僕はいやだった!最後の時、あなたが目を覚まさなくなるその時までずっとそばにいたかったよ。」

「ごめんね、本当にごめん。」

彼は泣き叫ぶ。私への不満を私への愛を彼は叫び続けた。

 

 僕は叫び続けた。この場所、僕たちの思い出の場所で。ここで色んなことをした。一緒に花見をしたり、寝っ転がって星空を見たり。一緒に会話をして、そんな思い出を思い出す度に涙が出てくる。僕はいつまで経っても君のことを忘れられないのだ。君は今何をしてるんだろうか。新しい人生を楽しんでいるのだろうか。それとも、まだ僕のことを見守ってくれているのだろうか。

「……っ、ぁあ」

嗚咽が出る。溢れ出る涙は止まることを知らず、僕の頬を伝う。

 

 彼が泣いてるのを私はただ見ていた。私のことをこんなにも想ってくれてるのは嬉しい。こんなにも愛されて私は幸せ者だ。ただ、同時に申し訳ない。私はもうこの世にいない。彼のそばにいることは出来ない。だから、寂しいけど私のことを忘れて欲しいんだ。私は呟く。

「私のことはもう忘れてね。」

「…え?」

「私は君のことを縛り付けたくないよ。私は君のことを絶対忘れない。けど、君は私のことを忘れて欲しい。君との思い出は私がずっと思い出として残しておくからさ。君には前を進んで欲しい!誰よりも愛してるよ。私の最愛の人。」

「今、確かに聞こえた。あの声は…」

「今、君は僕のそばにいるの?!」

…これはなんの偶然なんだろう。さっきの私の言葉は彼に届いた。これは神の気まぐれなのだろうか。

「颯馬?!」

彼の名前を呼んでみるが返事はかえってこなかった。

「璃音?君は生きてるの?なんで今君の声が聞こえたんだよ。こんなことされちゃったら忘れられるわけないだろ!僕だって、君を誰よりも愛してるんだから…」

彼の声は周りに反響した。その後彼はずっと私の名前を呼び続けた。私もそれに反応したが彼には届かなかった。

 やがて、彼は桜の木の下にある私のお墓へゲーセンで取ったぬいぐるみを置いてお参りをして去った。涙ぐみながら。

 私は彼を忘れない。こうやって、この世にいない形になったとしても忘れない。消滅してしまってもきっと忘れない。私はもう、彼と話すことは出来ない。言葉を交わすことが出来ないんだ。だから私は言葉を紡ぐ。最後のその別れの言葉を

「さようなら颯馬。」

もう会話も出来ないあなたに、触れることも出来ないあなたに私は別れの言葉を告げる。さようならを。私の目尻から涙がこぼれた。

その瞬間、私の意識は遠くなっていった。幽霊は未練がなくなったら消える。つまりそういうことなんだ。彼に最後の言葉を伝えられた。あの、奇跡があったからこそ私はこの世に未練を無くしてしまった。…まぁ、いい。私のするべきことはただ一つ。君のことを忘れないことだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

貴方を私は忘れない。 如月 怜 @Nanasi_dare

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ