37.マンネリ化したシチュエーションの原因
登校は憂鬱だ。朝の通勤ラッシュに巻き込まれるので、心身ともに朝から疲労困憊に陥る。
けれど、最近はそんな地獄を楽しめるだけの余裕ができた。
(今朝も更新している)
そう。『年下スウェット』こと、『年下の幼馴染が私を好きすぎてスウェット姿でビールを買いに行けない』の更新が本格的に再開したのだ。
三ヶ月の更新停止から不死鳥のごとく蘇った『年下スウェット』は、毎朝、俺が登校する時間に更新される。
(朝の電車がキツいと愚痴たのを拾ってくれたのか、彩姉)
その優しさに身に染み込ませながら、俺は朝ラッシュでごった返す電車内で、お気に入りのweb小説を読むという悦に浸る。浸るのだが──。
「…………」
最寄り駅に到着したので、スマホを制服のポケットに突っ込み、プラットフォームに下りる。
そのまま駅の外に出ると、秋山が待っていた。
「おはよー。『年下スウェット』の最新話、読んだ?」
「読んだ」
「どうだった?」
「君こそどうだった?」
「……忌憚無き意見でいい?」
「もちろん。好きだからこそ是々非々で行こう」
「ぜぜひひ?」
「良い時は良い、悪い時は悪いと言う事だ。何事も盲目的に見てはいけないという意味でもある」
「高浪、あんたホントに高校生?」
「じいさんがやたら難しい四文字熟語を教えてきてな……」
二人で連れ立って学校へ歩き始める。
「で? 今朝の『年下スウェット』の感想は?」
「…………」
忌憚無き意見でも構わないかと言いながら、秋山は黙ってしまった。しかも頬を薄く赤色に染めて。
「あんたは、その。どうなの?」
「どうなの、とは?」
「だ、だから……更新再開した後の、『年下スウェット』の諸々の展開」
「少々過激になった気はしているが、かつての抑圧から解放された反動ではないか、と俺は睨んでいる」
気持ちが解放的になると、行動や言動も引っ張られて自由になるものだ。
歳の差幼馴染の男女が繰り出す尊みシチュエーションに、少々艶やかなシーンが増えたところで大きな違和感は覚えない。
「じ、じゃあ、高浪的には特に問題は無い、んだ?」
「君が何を問題としているのかにもよるが……秋山は過激なシーンは苦手か?」
どうにも今日の秋山の態度が引っ掛かる。何やら言いたい事を言えていない気配があった。
彼女とは長い付き合いになるが、こうした態度を明確にしないのは珍しかった。
「べ、別にそういう訳じゃ、ないよ? 最近のマンガは、ちょっとエッチなシーンも珍しくないじゃない?」
「マンガはそこまで読まないから知らないが、そうなのか?」
「う゛ぅ゛!? ま、まぁ、そう、だと思い、ます。と、とにかくア、アレなトコが増えたのは別にいいの!」
真っ赤な顔で睨まれてしまった。何も悪い事はしていないのに、妙な罪悪感を覚えてしまう。
「そうじゃなくて。根本的なシチュエーションに焼き回し感があるなって思ったの」
秋山が罰が悪そうに呟く。
正直、同感だった。
「……そうだな。マンネリ化していると言えるだろう」
「更新再開した直後のはそうでもなかったんだけど……」
彩姉が『年下スウェット』の更新を再開した──その事自体はとても喜ばしいだった。
ブラック企業で酷使されて疲弊してゆく現実から逃避する為に、ストレスをぶつける先としてweb小説を書いていた環境から脱出できた証拠でもあるし、失っていた自信を取り戻す行為にもなっていると、傲慢ながらに思う。
だが──。
「読者さん達の反応も、ちょっと鈍くなってる」
秋山がスマホの画面を見せてくる。『年下スウェット』の感想ページだ。更新を再開した直後は最新話が投下されてすぐに沢山の感想が書き込まれていたが、その件数もここ数日で減っている。
「……その内、ワンパターンだなどと言われるかもしれない」
「う~ん、どうかな。『年下スウェット』って、そういうキツめの感想を書く人は少ない気がする」
「言葉の角が丸くても、意味が同じなら変わらない」
「長く書いてると、シチュエーションが似てきちゃうのは仕方ないと思うんだけど……」
彩姉は、本当の意味で前を向けるようになったばかりなのだ。
そんな時に、厳しい言葉をぶつけられて大丈夫なのかどうか……。
こうした問題は想定していたが、こんなに早いとは思わなかった。
「彩音さん、調子はどうなの?」
「元気だ。顔色もいいし食欲も旺盛。書けなくてストレスを感じている、という風には見えない」
「隠してるかもよ?」
「何故隠す?」
「あんたに心配かけたくないからに決まってるでしょ?」
「……心配をかけてもらいたくて、ああいう暮らしをはじめたんだが……」
俺はそんなに頼りにならないのだろうか。確かに彩姉から比べればガキだ。労働に汗を流した経験も無いし、社会の厳しさとやらも知らない。だけど──。
その時、額を指で小突かれた。
「そんなションボリしないの」
秋山がおかしそうに笑って、下から俺の顔を覗き込んでくる。
「彩音さん、高浪の事をとっても大切に想ってるよ。あたしが断言するし、保障もする」
「なら」
「だからこそ、高浪の迷惑になったりするような事はしたくないんだよ。あんた、もし風邪を引いたとしても彩音さんには看病してもらいたくないわよね?」
「……何故分かる?」
「理由も分かるぞ~?」
と、指で小突かれた。
「風邪が彩音さんに移らないように。彩音さんに負担をかけたくないから。そんなところね」
「彩姉が俺に時間を使うのも嫌だ」
「彩音さん大好きっ子め」
また睨まれる。ちょっと怖かった。
「高浪が彩音さんを大切に想ってるように、彩音さんも高浪を大切に想ってる。だから自分の辛いところは見せないし隠そうとするんじゃないかな。あたしが彩音さんだったらそうする」
「……そんなものか?」
「そんなものだよ」
学校が見えてくる。同じ制服を着た学生の姿もチラホラと増えてきた。
「今週末、ようやく時間ができたんだ。だから例の約束──彩音さんとゴハンを食べに行こうと思ってるんだけど、その時に探りを入れてみるよ」
「いいのか?」
「もちろん。言ったでしょ? あたしも彩音さんには借りがあるって。それに、あたしだって『年下スウェット』の読者の一人なんだから。今度はエタらずに最後まで書いて欲しいもん」
「……分かった。じゃあ頼めるか?」
「頼まれました。あ。高浪の部屋の掃除はまた今度って事で。多分、彩音さんと一日遊んで終わりそうだから」
「ああ。俺のは後回しでも構わない」
「は~い」
そうして秋山は胸を張ると。
「ち、ちなみに、さ。今日のお弁当、なに?」
「秋山の大好物のしょうが焼きだ。その他副菜も色々用意している。楽しみにしておいてくれ」
「う、うん!」
心の底から楽しそうに笑って肯いてくれた。
疎遠になった年上幼馴染のポンコツお姉さんをブラック企業から助けたら、そのまま両片思いで半共同生活が始まってしまった。 トウフ @touhu1502
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