心のない男
籾ヶ谷榴萩
心のない男
ドラマの撮影の日、オレはロケ地である山奥の廃道に車を停めて、撮影の準備をしていた。
なんでもここは自殺の名所らしく、ここから五キロほど走った先にある今は使われていない橋で、よく飛び降り自殺が起こるらしい。それならそれで対策をしろ、という話であるが、あまりにも廃れた土地のため、改修費用を捻出することもできないそうだ。
そして、このあたりは東京から高速道路を使えば降り立ちやすいところにあり、こっちの業界では使いやすい撮影スポットとしても有名であった。業界の人間なら、ひと目見ただけで「ああ、ここか」とわかるくらいには、当たり前のように撮影に使われている。
「お疲れ様です」
「ああ、環生くん……お疲れ。メイク終わったところ?」
「はい、まだゲストの撮影はだいぶ先なので持て余しちゃって。編集見ててもいいですか?」
「いいよ」
「ありがとうございます」
撮影している回のゲストを演じる俳優の環生くんが、隣の席に座る。いいや、環生くん、なんて失礼か。自分のAD歴よりも、彼の芸歴のほうが長い。
10年以上前から活動している、元天才子役……ある程度テレビっ子であれば、彼のことを知らないなんてことはありえない。それくらい一世を一時期は風靡していた。子役あるあるではあるが一時期見なくなったと囃されていたものの、最近は活動を多方面に広げているためか、たまにこうやって単発でなにかに出演すればなにかと話題にもなっている。
「ここ来るの久々で」
「そうなの? 君くらいならしょっちゅう来てるものかと……」
「ディール事件、って覚えてますか?」
業界では有名な話だ。約10年前だろうか、当時放映していた連続ドラマ〝ディール〟人身売買を題材にしたドラマで、使っている俳優の話題性もあり、視聴率も11%くらいは取れていたそこそこ人気の作品であった。
そのドラマで主役を演じていた当時の若手……いや、彼もまだ子役と俳優のあいだ位の年齢であったが、売れっ子俳優であった「結城凜斗」が、撮影中に忽然と姿を消し行方不明になり、そのまま放映が中止になったことがある。
未だに彼の姿は見つかっておらず、撮影中に橋の方に迷い込み、身投げしたのだろう。と世間と業界では噂されている。
「でてたんだよね、環生くんも」
「ええ、結城さんにはお世話になってたので……本当に彼は、自殺したんだと思いますか?」
「え? ああ……自分は撮影に関わってないからわからないけれど、遺体も見つからないのなら、身投げして死んだと見るのが自然だろうな、とは思うよ」
「……」
「彼、私生活も大変だったって聞いてるし、失礼だけど繋げて考えてしまうよね」
「……はは、芸能界ってそんな簡単な世界じゃないですよ。苦労してたから死んだ、とか理屈は通じませんから」
「……?」
「常識が通用するとは思わない方がいいです。どいつもこいつも、心がないですから」
「……」
まあ、過酷な労働環境ではあるし、関わってる中で人の心がないな、と思うような人間と関わることも多々ある。けれど、そこまで言うことだろうか。
「そこまでじゃないと、思うけど」
「……はは、がんばってくださいね」
彼の笑顔が怖かった。流石天才子役というべきか、彼の笑顔は完璧すぎて……怖い。
なんとか撮影は終わったものの、日はすっかり落ちて外は暗くなっていた。あとはキャスト皆さんの着替えが終わるのを待って、ロケバスで下山し近くの駅で解散するだけだ。
機材置き場兼、着替え用のマイクロバスに携帯を忘れてしまったので取りに戻る。どうやらみんな、このバスの外にいるようで中は人気がなく、しんとしていた。
外から見られないようにカーテンを締め切っている上、使ってないからか電気もついていない。横着して暗い中、手を伸ばして端末を探す。
「携帯、けいたい、と」
かちゃ、とそれらしきものが手に当たる。振動で画面に明かりがついて、ふとそれが目に入った。
人の体だった。うっすらとした肉の付いた、男の人の体。
そこには、人体に絶対ないといけないものが、なかった。ポッカリと穴があいて、その断面は真っ暗だった。
「ひっ…………っ」
慌ててバスを降りた。動揺して足をひねりながら外に出ると、周りの人たちが心配して声をかけてくれた。
「なにがあった?」
「あの、えっと、……幽霊が」
「幽霊?」
「あの、心臓が、ない。胸元に真っ黒な穴が、あいた、幽霊がみえて」
「ああ、それ偶に見るんだよ」
「え?」
先輩が、あたかも当たり前の話のように続ける。
「心臓のない男が、撮影中にでる、って話だ。昔からよく言われてる。特にこのあたりだとな」
「はぁ……」
心がない、ってそういうことかよ。環生くんの話をふと思い出す。あれは教訓じゃなく、まじの話だったのか。
「たまに、結城凜斗の幽霊じゃないか、なんて言われてることもあるぞ? 運が悪かったな」
「え…………」
「あの子、心臓が弱い弟がいて、自分の心臓をあげたいなんて偶に言ってたらしいから」
「…………」
みるみると話が繋がっていく。じゃあ、オレが見たものって
「……どうしたんですか?」
マイクロバスから、環生くんが降りてくる。もしかして、彼も中にいた?
「あのさ、環生くん、さっきバスの中に幽霊が……」
「……何言ってるんですか? おれ、ずっと着替えで乗ってましたけど……」
「え?」
「普通に電気つけて着替えてましたし。その間誰も入ってきてませんでしたけど」
「いや、そんなはずは」
「……なに? また出たんですか? あの幽霊」
どうやら彼も知っているらしい。自分と同じように車や部屋に移動したら、その先がなぜか真っ暗闇で、心臓のない男とはちあわせるということが、昔からこの仕事をしているとたまに起こるという。
「環生さんのいる現場多いっすよね~」
「……まあ、長年やってるからなにか連れてきちゃってるのかもしれませんね。ほら、結城さんの件もあるし、あのドラマ曰く付きになっちゃったじゃないですか」
彼はあっけらかんとしながら笑う。あの心臓のない男は、結城凜斗だと言いたいかのように。かといって、過去共演していた人物を、そうやって呪いのように扱えるほうが、よっぽど人の心がないじゃないか。
それをまるで笑い話のようにしている、目の前の人物たちに対して悪寒がした。人の心がないってそういうことかよ。ああ、もういいよ。
*
本日未明、○○川の下流にて、男性の遺体が発見されました。遺体は映像制作会社に務める高橋眞人さん二六歳と見られています。高橋さんは、現在鬱で休職しており、上流にある橋から転落して自殺したと見て、捜査を進めています。
心のない男 籾ヶ谷榴萩 @ruhagi_momi
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