1-b,腐敗魔法の世界

 Ⅷ/01


 双子は水晶玉で外の安全を確認してから外へ出た。しかし、扉の先はこれまでの湖ではなく森の中であった。


「あー」「あー」


 アゴを限界まで上げて双子はそれを仰いでいた。空の天井にも届きそうな巨木を。


「世界樹ね。これだけ立派なら魔力もたっぷりで世界中に魔法の効果を届かせれるわ」

「つまり犯人! やいやい、あなたのせいでピクニックができなかったんだぞ! 訴訟だ!」


 両手を挙げて怒りをあらわにするロロだが、被告の世界樹からの反応はない。だがそれでも構わずあれやこれやと声を上げ続けている。


「大体こういう所には守護する精霊が居たりするけどここはどうかしら」


 妹が騒いでいるのを尻目にララは辺りを見回す。目には鮮やかな緑が広がっており、聖域と言い表すのに充分な場所である。そんな場所で騒ぎ、現地人に怒られたことはこれまでの世界で幾度となく経験してきていた。

 しかし、この世界ではその心配はないらしい。


「直接お話を訊くしかないようね。ロロ、行くわよ」


 守護するような生命体はいないと判断したララは世界樹の根元の方へ歩き出した。


「次に会う時は法廷だ! 執行猶予なしの……、なんだっけ? 帰ったらあの漫画読み直そうかなあ」

「ロロ」

「あっ、待ってよララー!」


 Ⅷ/02


 世界樹の根元には花が咲き乱れていた。早速ロロが楽しそうに走り回っている。もう告訴を取り下げたようだ。


「さて」


 己の好奇心がブレていないララは世界樹に触れる。手を離すと茶色の幹に聴診器の先のようなものが取り付けられていた。


「こんにちは。聞こえますか?」

「ああ、聞こえるとも。幼い観測者さん」


 双子以外の声が現れる。姿自体は世界誕生から存在し続けた世界樹の声であった。


「あら、歳はあなたより上かもしれないわよ?」

「それは失礼した。何分ここから動けない身なので世界の外の法則には疎く」

「冗談よ。お気になさらないで」


 口元に手を当ててララがいたずらっぽく笑う。それから、「それはそうと」と続ける。


「あなたが世界を管理されてるのはわかるけど、どうして魔法で腐敗させているのかしら? そういう趣味であれば深くは訊かないけど」

「さすが観測者。この世界の歴史をご存知らしい。……質問の答えだが、もちろん好きでやっていることではない。この世界を見て回ったか?」

「いえ、景色の綺麗な場所で遊ぼうとしていたぐらいね。準備している間に世界が腐敗したからまだ遊べていないの」


 妹の楽しみを奪った仕返しに嫌味っぽく言った。とは言っても、その後の遊べる機会を奪ったのは姉本人なのだが。


「それはタイミングが悪かった。現在のように浄化が済み次の腐敗までの期間が数千年。腐敗させ浄化が完了するのは数千万年。それを理解してこの世界を満喫して頂ければ」

「どうしてわざわざ腐敗させるのかしら?」

「あんなドロドロに腐らせて……、あー、思い出したらあの時の臭いが鼻に……」


 走り回ることに飽きたロロが横からやってきて鼻を押さえている。その腐敗について世界樹が語り始める。


「この世界は『星喰い虫』に狙われている。どこからか現れた一匹の個体からどんどんと増え、放置していれば数兆という虫が世界を喰い尽くす。だからあやつらが生息できない環境を一時的に作り死滅させている。まあ、それでも生き残りがいるようで浄化が済んだ後にまた無視できない数にまで増える。なのでまた腐敗させ死滅させ……。それを繰り返しているのがこの世界である」

「『星喰い虫』ねえ。手を焼いていた世界はたくさんあったわね」


『Ⅶ』で腐敗した世界の調査をした際にララが採取した死体が『星喰い虫』であった。何を星喰い虫と呼ぶかはその世界によって変わるので一目ではわからなかったが、なるほどとララは納得した。対処方法も世界により異なるが、この世界では住処であり餌である世界を腐敗させまとめて駆除しているということらしい。


「その腐敗の間、他の生物はどうなっているのかしら? 人間とか」

「心苦しいが周期的に絶滅している。しかし、浄化とともに生命も新たに育まれ、人間であれば文明を築いているようだ」


 だから終末時計はすぐに「Ⅻ」を指さなかったらしい。完全に生命が息絶え滅びたわけではないのだから。

 この世界の主から詳しい話を聞けた。観測者として生の声を聞くのも大事だ。帰ったら記録しておかねば、とララは思う。


「ねーねー! ここもすごく綺麗な場所だよ。バドミントンしようよ!」


 話が終わったのを察したロロはラケットを取り出してぶんぶんと振り回し始めた。妹のそのやる気を目にしたララであったが、


「それは一度部屋に帰ってから。腐敗魔法の力を持ち帰って魔導書にトレースしないといけないから」

「えー! 後でいいよー」

「貴重なものはもらえる時にもらわないとね。それに、できなかったピクニックも一緒にした方が楽しいわよ。またお弁当作って来ましょう」

「うー……」


 魅力的な提案にロロは口を尖らせながらもおとなしくなった。ララはにこりと笑顔を送ってから世界樹に言う。


「そういうわけであなたの魔力を採取してもよろしくて?」

「構わんさ。別にこの世界に害を為すわけでもなかろう」

「ええ、もちろん」


 承諾をもらったララは手のひらに乗る大きさの水晶玉を取り出した。それをかざすと、世界樹からふんわりと出てきた魔力の粒子が集まってくる。そして、しばらく待つと透明だった水晶玉が黒に染まっていた。


 Ⅹ/01


 やっとララの用事が終わり、ロロは大変喜んでいた。これでやっとピクニックやバドミントンができると。しかし、本当はロロも観測者として他にやるべきことがあるはずなのだが。


「よーし、しゅっぱーつ!」


 弁当の入ったかごを持ち、意気揚々とこぶしを突き上げた。

 自由奔放で明るいのが妹の長所だと姉のララは思っているので、ロロが真面目に働く日は来ないのかもしれない。と言っても、ララも今回好奇心が湧いただけで観測者として振舞ったわけではない。どこまで行っても双子らしく似たもの同士であった。

 ガチャ、と扉が開く。行先は世界樹が鎮座する森であった。

 だが、


「あーらら」「あーらら」


 双子の声が重なる。

 二人が目にしたのは、木々が激しく燃え盛る光景であった。それと同時に勇ましい声が世界樹の方から響いてきた。


「もー! こんな所でピクニックできないーーーー!」


 悲痛な叫びを上げてロロは顔を覆った。かごはしっかりと持っている。


「そうねえ、違う場所に出るにも次の刻まで待たないといけないし。せっかくだからちょっと様子を見に行きましょうか」

「はーい……」


 渋々とかごを部屋に残し、バドミントンのラケットを片手にロロは姉の後に続いて火の海になっている森に足を踏み入れた。ピクニックは無理でももしかしたらバドミントンぐらいならできるかも。と淡い期待を抱きながら。

 そうして双子は世界樹の根元まで移動する。そこには物々しい武具を纏った何人もの人間が勝どきを上げていた。


「うおおおおおおお! やったぞ! 厄災の木を倒したぞおおおおおおおお!」

「これで世界は平和になる! うおおおおおおおおおお!」

「あー」「あー」


 人間たちから離れた場所ではあるが、双子はすべてを察した。

 人間たちが言う厄災の木とは世界樹のことだろう。腐敗と浄化を繰り返してきた世界で人類は自分たちを滅ぼす原因が世界樹であると突き止めたらしい。そうして群れを成してこの森に攻め込んできたというわけだ。途方もない数の世界を見てきた双子がそう推察するのは難しい話ではなかった。


「見つかったら厄介ね。部屋に戻りましょう」

「うー……、お花畑綺麗だったのに……」


 またララの後に続いて名残惜しそうにロロは来た道を戻る。

 ――その後、地面に落ちたラケットを見つけた人間たちは頭を捻った。


 Ⅻ/01


 部屋に終末の鐘が鳴り響く。

 水晶玉には大小様々な細長い虫たちが世界を覆い尽くし蠢いている光景が映っていた。


「『Ⅺ」で星喰い虫と頑張って戦っていたけど、やっぱり数には勝てなかったようね。人間を襲うだけでなく世界そのものを食べられたらどうしようもないもの」

「ぶー」


 そう言いララは記録された本をパタンと閉じた。ロロはふてくされた様子で机に突っ伏している。


「ピクニックしたかったー! バドミントーン!」

「運が良ければまたのんびりできる世界があるわよ。今回はあきらめさない」

「なんでいつも人間は理解せずに滅びのトリガーを引くんだろうなあ。世界樹に任せておけば良いのにー」

「まあ、人間からすれば腐敗によって何度も滅んでいたのは事実だから。世界は生きていたから終末は訪れなかっただけで、世界樹が厄災と呼ばれても仕方ないことよ」


 結局は虫に食べられちゃったけど。と、言ってからララは水晶玉や本を片付け始めた。椅子に座り足をぶらぶらさせながらロロがさらに嘆く。


「腐敗魔法は強力すぎて料理に使えなかったしー! ううっ……、キッチンは臭くなるし踏んだり蹴ったりだよ……」

「そう? 私は新しい魔導書が増えて嬉しいけど」


 机に置いてあった魔導書を手に取り、ララは二階となるウッドデッキに上がって身長の何倍もある本棚にそれを差し込んだ。その顔は言葉通りとても満足げであった。

 反対にロロは失意のまま立ち上がって、


「寝る……」


 と言い残して寝室へ向かった。

 それを見送った姉は壁にある終末時計に目を遣る。針はゆっくりゆっくりと『Ⅰ』へ進んでいた。

 そして、下の階に降りたララはロロが起きてきた時に喜ばせてやろうとガスマスクを装着してキッチンへ向かうのであった。

 主がいなくなり静かになったリビングにはふたつの花冠が仲良く飾られている。

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ララとロロの終末時計 十五夜しらす @shirasu15th

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