這い寄る論理

宇宙焼蕎麦

這い寄る論理

「今夜はここで野営だ。六角形の形で防御の陣形をはる。警戒にあたる兵士は4時間毎に交代する。分かったか」


「コピー」


 兵士たちは中心部と六角形の各頂点のチームに分かれ、野営の準備をする。何よりもジャングルは危険が多い。頂点においてブービートラップのワイヤーを草木に絡ませ、とっておきのC4を仕掛けることでもしなければ、いずれ死が待ち構えている。


 ホワイトは来年の今頃には大尉に昇進する。それは決まったことであり、妻にも報告している。そのときの彼女の喜びようといえば──ええ、あなたのお気に入りの七面鳥を焼いて帰国を待っておくわ──今でも、思い出すと顔が綻んでしまう。


 タールと泥に塗れた男は、頂点付近に仕掛けたブービートラップを見据えると、人を殺すための表情をしては草むらのなかに伏せた。いつ襲撃が起きるかもわからない緊張状態で深い眠りにつくわけにはいかない。無意識に下唇を舐めると、鉛と土の味がした。生きて帰らなければ。ホワイトは強く心に決め、周囲の警戒にあたった。


 丑三つ時のことだ。ホワイトは珍しく、激しい眠気に襲われていた。視界が揺らいでは固定される繰り返しのなか、トラップのワイヤーがわずかに動いているのを確認すると、即座に戦闘姿勢に入った。眠気はとっくに覚め、草むらのなかからトラップを注視する。動きと音から察するに野生動物らしい。


「爆弾 6  白」


 そこには名状し難きと言いたくなるような、リスやタヌキなどの野生動物とはほど遠い、吸盤のついた触手をもつ、例えばタコのような、構造のわからない青い生物が這い出していた。


「爆弾 5 白」


 青いタコはぶつぶつと呟いている。


「止まれ。それ以上近づくと撃つ」


「その陳述、“止まれ”は私が呟くのを止めるためのものか? いや、愚問であった。“それ”以上“近づく”という条件を成立させる……つまり私の歩みを止めるためのものであったね」


「何を意味のわからないことをごちゃごちゃと」


「なんてくだらない。意味が明白かどうかだって! 私は言語について話しているだけだ」


「……」


 ホワイトは銃を下ろさない。全身に鳥肌が立っているのはその青い生物の容姿があまりにも薄気味悪いからだ。


「何故私に銃を向ける─それは脅威の除去のため─脅威の除去とは─それは生き延びるための猜疑心の表れ─私は脅威であるのか──」


「黙れ、黙れ、黙れ! 怪物め!」








 深い夜が明ける。○○前線基地のゲルマニ少佐はある通信を傍受した。それは部下のホワイトが所属する部隊のものであり、送信者もホワイトその人であった。ゲルマニ少佐が特に目をかけてきた部下が突然寄越した通信を閲覧すると、そこにはこのような言葉が陳述されていた。


「生きていることを語ることはできない。考えるな、見よ」


 その後、最後の通信を送ったと思わしき野営地に調査として向かうと──誰一人として発見できなかった。しかし、ブービートラップの全ては発動、つまりC4が爆発していたことから、部隊は全滅したのだ、とゲルマニ少佐は解釈した。


 ああ、彼の奥さんに連絡の手紙を書かなければ。そしてこの馬鹿げた侵略を終わらせよう。論理を組み立てるたび、殺し合うことが愚かしいのが分かる。


 考えるな、見よ。

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