第2話 森から抜けれん

 俺は森を抜けずして、配信を開始した。こんな山中でも電波が届くのは幸いだ。


 配信タイトルは「【Not ゲーム】『勇者』が山奥に潜む『魔王』を倒しに行く【It's 現実】」。

 センスが無いのはご愛嬌。俺のセンスではこれが精一杯だ。こんなタイトルでも、配信開始直後から3人の視聴者が来てくれたので、まあ、よしとしたい。


 配信開始の絵面は、最悪だ。暗い森の中で懐中電灯片手に、30歳のオッサンが顔を晒しているだけ。しかし、ここから話題をかっさらうネタは既に用意済みよ。


「え、えー、聞こえておりますでしょうか」

 よくよく考えたら、こんな形で喋るのは数年ぶりだ。何から話していいか分からず、少し戸惑いながらの喋り出しになってしまった。

 なお、コメント欄はこんな感じで、ユーザー名とコメントが表示される。


〇 d98xkiew「オッサン何やってんの?」

〇 とどのすけ「森の中で楽しそうじゃん」


 最初のコメントが辛辣過ぎる。


「ただいま、魔王が住むというアジトへ向かっている途中なのですがですね、ちょっと道に迷ってしまいまして」

 俺は、とりあえず状況説明から入る。

「おかしいんですよね。地図はちゃんと見て歩いてるんですが、迷ったようです」


〇 とどのすけ「森ってどこの?」

〇 とどのすけ「場所によっちゃ地図だけじゃ迷う気がするけどね」


「うーんと、場所はですね、〇〇県の〇〇山の奥の方でございますね」


〇 とどのすけ「ガチの森林じゃん」

〇 とどのすけ「方角分かんない? コンパス持ってる?」


「コンパス? 丸描くときに使うやつ?」

 こんな時に丸描いてる場合じゃないっしょ。


〇 とどのすけ「いや、悪かった、忘れて。ちなみに山に入った経験はどれほど?」


「初めてですねえ」


〇 とどのすけ「救助頼みなさいよ、もう」


「いや、待って。まださすがにもうちょっと頑張りたい」

 っていうか、この「とどのすけ」って人しかいないじゃん、もう。俺が森で迷って、困って友達に電話してるみたいになってるやん。


〇 とどのすけ「そう言ってて行方不明になるんだから。人と連絡つく内に諦めなさいって」


「そっちを考える前にですね、コイツを見て欲しいんですよ」

 俺はようやく、ここまで口を塞いで黙らせていた、をカメラの前に出した。


 それは、通常よりも少しデカ目のリス。チワワくらいのサイズがある。だが、真の特徴は大きさではない。俺はリスの口に貼っていたガムテープをベリベリと剥がした。


「イテ! いてぇ! 口の毛が抜ける! ってぇ!」


 リスが甲高い声で喋った。

 そう。このリス、喋るのだ。


〇 とどのすけ「上手な腹話術ですねぇ」


 いや、違うんだって。ホントに喋ってんのよ、コイツが。コイツが最初に喋ったとき死ぬほどビビったんだぜ、俺。何とかあの驚きを共有させてくれや。


「いや、コイツが喋ってるんですよ。本当に。ほら、信じてもらえてないから、他にも色々喋って」

 俺は、リスに催促する。


「あ!? 下等な人間ごときが、俺様に指図するのかあ!?」

 このリス、マジで生意気なんだわ。戦闘力は普通のリスなんだから、もっと謙虚に生きればいいのに。

「そうだなあ! 俺様からお前に、忠告をしてやろう!」


「なあ、それよりお前、もっと低い声で喋れない?」

 声が高いから腹話術感が出ちまうんだよ。と思った俺は、リスの話を一旦中断して提案する。

「威厳が無いっしょ、声高いと。低い方がいいって」


「うるせぇな! 勝手に捕まえといて、声にまでケチつけるんじゃねぇよ!」

 生意気だが、言ってることは一理ある。

「『マガディ四天王』が一人、ララーバ様の使い魔である俺様に手を出して、タダで済むと思うな!」


〇 とどのすけ「ちゃんと設定練ってきとる」


 あーあー、中二病みたいなセリフ吐いちゃったせいで俺の腹話術感が加速しちゃったじゃねぇか、まったく……


 ……待て?


 今コイツ、「マガディ」って言ったか?

 「マガディ」って……


 どっかで聞いたことある名前だな。


「まあ、『魔王』様の敷地であるこの区域に立ち入った時点で、『マガディ』に消される未来は確定なんだがな」

 リスが得意げな声で言い放つ。

「気付いてるか? ララーバ様の気配が、もう近付いてきてるぜ」


 森の中を、不自然な強風が吹いた。俺はカメラが飛ばないように慌てて抑える。目に砂が入った。痛ぇ。




「こんな森に来る奴は、二種類しかいない」


 女の声が、木の上の方から聞こえてきた。

 声がした方向を俺は見上げた。砂が入って片目が見えんせいで、どこから声がするか分からん。


「世を儚んで身を投げに来た奴か……おい貴様、いつまで探してる。こっちだ! 声を出してる私がいるのは、こ・っ・ち!」


「ちょっと待てって!」

 俺は目をこすりこすり、何とか声の主を見つけた。は!? あの女、木の太い枝に乗ってやがる!


「身を投げに来た奴か、我ら『マガディ』の主、『魔王』を討ちに来たかだ! どちらにせよ、生きて帰る道は無いと思え!」


 思い出した。俺は元々、迷彩服のオッサンから「マガディ」のボスである「魔王」を倒せ、って言われてたんだった。


 「マガディ」の「魔王」……本当にいたんだ!?




〇 とどのすけ「凝った演出ですねえ」

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フリーター勇者が大迷宮のダンジョン内で鍛え尽くして魔王を倒すまで~24時間365日耐久配信 ぎざくら @saigonoteki

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