フリーター勇者が大迷宮のダンジョン内で鍛え尽くして魔王を倒すまで~24時間365日耐久配信

ぎざくら

第1話

 実を言うと俺さあ。


 もう、怒り心頭なのよ。




 事の起こりは、12月14日木曜日の夜10時。30歳フリーターの俺はシフトが終わって、家賃2万円の自宅へ寒さに震えながら帰る途中だった。


 仕事終わりで気分はゴキゲン、とはいかない。よわい30で定職に就けない独身だからな、常に気分は晴れんよ。年収は大不満足、彼女いない歴=年齢で大不満足。バイト先では年下のチャラ男が「チッ、コイツ仕事がおせぇ」って小声で愚痴ってるのが聞こえて大不機嫌だ。「仕事がおせぇ」のは俺のことな。

 そんな普段通りの仕事終わりだったが、この日は新鮮な出来事が起こった。


「キミ、いいをしてるね。ああ、警戒しないで。怪しい者ではない」


 そう言って俺に絡んでくる、スーツ姿の高身長美女が現れた。

 濁りきった俺の瞳が疲れで特に濁っている時間帯にこんなことを言ってくる奴だ。怪しい者なのは間違いないわけだが、「美女が声を掛けてくる」という夢のようなシチュエーションに惑わされた俺は話に耳を傾けてしまった。魔が差した、ってやつだな。すぐに逃げなかったことを今の俺は本当に後悔している。


「キミのように、現状に満足していない男を探していた。私と共に特殊部隊で戦わないか? 勿論、高収入だ」


 言ってる意味はよく分からなかったが「高収入だ」という言葉に惹かれた俺は、あろうことか不審者にノコノコとついていったのだ。




 連れて行かれたのは、ちっこいビルの手狭なオフィスだった。

 激しい不穏感を覚える俺。しかしビルの前に来た時点で俺は迷彩服を着たオッサンどもに囲まれ、既に逃げ場を失っていた。

「このリングを腕に装着すれば、魔力と『スキル』を取得できるのだ」

 迷彩服のオッサンの一人が、クソダサい腕輪を俺に押しつけてくる。最悪だ。これ、悪徳商法やん。「スキル」なんて単語、ゲーム以外で初めて聞いたぞ。もっとマシな嘘つけや。

「キミには闇の犯罪組織『マガディ』と戦ってほしい。奴らが裏で手を引いている事件は数知れない。何を隠そう、奴らの目的は『国家転覆』だ」

 オッサンが鼻息荒く語る。

「リングは戦うための武具だ、無償で提供しよう。最終目標は『マガディ』のボス、通称『魔王』を、極秘裏に倒すことだ」


「先に報酬額を聞いておきたいんですが」

 俺はこう口走った。よくよく考えれば先に聞くべきことは色々ある気がするが、美女と高収入に目が眩んだ俺にそんな思慮深さは無かった。


「報酬は出来高制だ。幹部一人仕留める度に一千万円出そう。『魔王』を倒せば一億出す」


「やりましょう」

 気付けば俺は、一千万あったら何に使おうかなーとか考えながら即答していた。魔が差した、ってやつだな。


「ところで、俺と一緒に戦う仲間は?」

「仲間?」

 俺の質問に、オッサンは顔をしかめた。

「人に頼るようじゃ『魔王』は倒せんよ」

 いや、そういう問題ではないだろ。

「えぇ? さすがに一人はちょっと……」

「もう怖じ気づいたのかね? だが手遅れだよ。『マガディ』の話は機密情報だから、このまま去ると言うならキミには〇んでもらう必要がある」

「えぇ……」


「ちゃんと旅に出たか監視するために、キミの住所と職場は特定したから。あ、山田さん、いつも通りリングの使い方は説明しといてな」


 「はい」と、俺をオフィスに連れてきた高身長美女が返事をした。待て待て、オッサン今「いつも通り」っつったか?

 美女の山田さんが俺の腕を掴んで無理矢理リングを嵌め、使い方を説明し始めた。その間、迷彩服のオッサンどもは「もっとイカツイ奴いなかったのかよ」とか「こないだの奴は結構ったのになあ。入院中だっけ?」とか小声で話してるのが聞こえた。悪徳商法じゃなさそうだが、もっとヤバいモノに巻き込まれた気がする。にも関わらず5年ぶりに女に腕を触られて「ついて来た甲斐はあったか」と思ってしまった、そんな自分に今は悔しさが止まらない。


 ひとしきりの説明が終わると、俺はさっさとオフィスから追い出された。去り際に山田さんはオフィスの電話番号が書かれた名刺を渡してくれた。とりあえず悪徳商法ではないのか? と思いながら帰り道で名刺を眺めていると「電話対応は平日の朝9時から夕方5時、祝日年末年始を除く」と記載あり。特殊部隊って平日の日中しか働かねぇの?

 「やっぱ胡散臭うさんくせぇわ、今夜のことは忘れよう」と呟きながらトボトボと歩き、家に辿り着いた俺は、玄関の前に迷彩服のオッサンが立っているのを見て絶望した。


「『マガディ』のアジトが、〇〇県の山中にあることが判明した。明日すぐ向かいたまえ」

 オッサンは挨拶も無しで話し始める。

「いや、明日はちょっとバイトがあ」

「これ、アジトの住所と地図ね。明日の夜までに行ってなかったらキミ、〇すから。じゃ、よろしくね」


 オッサンは有無を言わせず俺にA4の紙1枚を渡し、そそくさと去っていった。っていうか『マガディ』って機密情報じゃなかったのかよ。思いっきり軒先で話してんじゃねぇか。




 俺の怒りの理由、分かってくれただろうか。


 いや、金と女に目が眩んだ俺に非があるのは分かっている。だが、だがよ。だからって有無を言わせず旅に出ろとか、行かなかったら殺すとか、こんな仕打ち許されていいのか? ここから〇〇県まで半日はかかる。バイトにすら行かせてもらえねぇのかよ。


 選択肢は2つ。おとなしく従うか、警察に通報するかだ。通報するのが賢明だな。……いや、待て。通報したとして、警察は迷彩服のオッサンどもをキッチリ全員逮捕してくれるか? 通報に怒り狂ったオッサンどもから警察は四六時中、守ってくれるか? 警察だってそんな暇じゃない。俺が逆恨みされて〇される可能性はある。

 悩みながらベッドに横になったら、全く眠れない。いくら目を瞑っても、頭の中で悩みがグルグルと回る。くそったれ。

 横になったまま、腕に嵌められたままのリングを色々といじってみた。外したいんだが、ロックされてて外れない。このダサいリングを嵌めたファッションで暮らさなければならない苦痛も、地味に腹が立つ。ボタン等は特についていないようだ。

 山田さんが「『設定画面出ろー』って念じると、画面が表示されますよ」と言っていたのを思い出して、適当に念じてみた。すると大して念じていないのに、リングが輝いて立体スクリーンを展開した。眩しい。真っ暗な部屋でこの明るさは地味に腹立つ。

 映し出されたのは、「スキル一覧」と名付けられた画面だ。広大な画面にたった一つ、スキル名と思われる単語が表示されている。


「不眠不休」。


 まさかとは思うが、これのせいで寝れない、とかじゃないよな? いや、リングが外れないのも謎技術だし、本当にマジでそういうゲームみたいな展開なのかもしれない。そう思うと、オフィスでの俺の扱いが尚更腹立ってきた。危険な旅に送り出そうとしてるのに、あの仕打ち?




 っていうか「不眠不休」って武器じゃないじゃん。

 丸腰で戦えと?




 腹が立った俺は、一晩寝ずに考えた結論として、一旦は指示通り、旅に出ることにした。

 ただし、2つのルールを俺が決めた。勝手に。


 1つ。危険になったら速攻逃げて、警察に通報する。後の事なんぞ知らん。

 1つ。配信をしながら、旅をする。


 配信でバズるのは、俺の夢だった。3年前に配信機材を買ってゲーム実況配信を始めたが、視聴者2人の日が1ヶ月続いた末に引退した。その時の機材を使えば配信はすぐに始められる。本当に『マガディ』が存在するなら、スリリングな戦いを配信できるに違いない。ワンチャンバズる。極秘任務? 知らんがな、軒先で喋る程度の機密情報とか。

 結局一睡もしていないが、体調は異常に良い。眠気ゼロなのは勿論、体は普段より軽い。これが本当にスキル「不眠不休」のおかげだったら嬉しいんだがな。徹夜でハイになってるだけな気がする。




 配信は、とりあえず〇〇県の山中の森を抜けて、『マガディ』のアジトに着いてから始めよう。

 地図があるんだから、森なんてすぐに抜けられるだろ。

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