第18話 次元の違う戦い

 家へ着く頃には、もう息が上がっていた。

 わたしが『ろう者』だった世界では、それなりに運動をして、体力に自信はあったのだけどは違うらしい。

 呼吸が苦しい。

 喉の奥が乾燥して、上手く息が出来ない。

 それでも止まるわけにはいかなかった。


 この世界に、妹の明日和は存在しない。

 けれど、わたしと『カミカクシ』の影響で、一部が流れてきた? だとすれば、放っておくわけにはいかなかった。

 わたしの妹なんだから。

『カミカクシ』の目的は、わたしだ。

 姉妹だから『カミカクシ』には似て見えたのかもしれない。実際のところは、全く違うのだけれど。

 大好きで、大嫌いな妹の明日和。

 明日和は、わたしの無いものを全て持っている。

 母が仕事などで付いて行けないときは、妹が通訳のように付いて来ることが多かった。

 心配性の母に言われてのことだ。

 まるで妹は、わたしの召使いのようで。

 申し訳ないくらいで。

 なのに何の文句も言わずについてくる。

 わたしは、そんな妹に腹を立てていた。

 なんで、文句を言わないのかと。

 自分勝手だということは、わかっていた。だけど、わたしは言ったことがある。

 外へ出るときに、妹は必要ないと。

 けれど、母は首を縦に振らなかった。

『聞こえないから、仕方ない。何かあったら、どうするの?』

 聞こえないことで、家族に迷惑を掛けていると、突きつけられたように感じた。だから、わたしは何も言えなくなる。

 妹は両親のお気に入りだ。

 周りの人みんなにも優しい。

 そう、わたしにすら優しく、そしていつも笑顔。

 そんな妹を見ていると、自分が『不良品』のようで、たまらなくなる。と同時に、憧れのようなものも感じて、そんな自分が大嫌いになるのだった。


 玄関の扉を開けると、靴のまま2階への階段を上った。

『あすわの部屋』というプレートの下がったドア前で、わたしは動けなくなる。

 走りすぎて、呼吸が出来なかったのだ。

 落ち着け、わたし!

 なるべくゆっくりと息を吐き、ゆっくり吸う。

 急がないといけないのはわかっている。けど、動けないのでは、全く意味が無い。

 体中から汗がにじみ出てくる。

 心の中でゆっくり数を数え、呼吸を繰り返す。そして10を数えたところでドアを開け、同時に部屋へ飛び込んだ。


 部屋のベッドの上方に、直径20センチほどの赤い光の塊が浮いている。

 暖かな赤。

『明日和』だと、直感でわかった。

 わたしが、その光へ向かって、右足を一歩踏み出した瞬間、赤い光の奥のヒビが入る。ヒビは割れて裂け、その裂け目から動物の臓器に似たものが、生き物のように呻きながら、姿を現す。

 腸や筋肉組織のようなものが、ドクドクと脈打ちながら、裂け目からへと伸びる。

 は、赤い光の塊へと近づいていた。周りを囲んでから補食しようと考えているのか、臓物で出来た触手のようなものを伸ばし、光の周りを覆い始めている。

 このままだと明日和の『記憶』は、食べられてしまうのだろう。

 でも、わたしが戦って、どうにかなるものでもない。

 それはわかっている。

 なのに、体が勝手に動いていた。


 わたしは明日和の姉だ。こういう時くらい、格好をつけないでどうする!


 わたしは赤い光の塊へ向かって跳んだ!

「無茶するね、君は」

 声がしたのは、の出ている裂け目からだった。

 裂け目は一気に広がり、奥の空間からヒロさんが姿を現す。

 両手には引きちぎった……たぶん『カミカクシ』の肉片を持っていた。

 で、なんか、それをモシャモシャ食べているんですけど。

 あれ?

「ヒロさん左手?!」

 ヒロさんは自分の左手を見て「あぁ」と言った。

「食べたら治るって言わなかったっけ?」

「確かに言いましたけど……。それになんで、そんなにアッサリと『カミカクシ』を倒してるんですか!」

「簡単に倒せるから、手加減が難しいんだよ。倒すと世界が、元に戻っていっちゃうから、それはマズイかと思ってさ。君は知りたいことがあるんだよね」

「倒せるなら言って下さいよ!」

「言ったよ。『今度『カミカクシ』と戦いになったら、前ほど時間は持たせられないからね』って」

 肩から力が抜けた。

 と、何かが手に触れる。

 それは赤い光の塊だった。

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