第17話 それぞれの言い分

 わたしと父は、着いたばかりの老人ホームを後にして、家へとトンボ返りとなった。

 その間に『カミカクシ』のことや、『もう一つの世界』で、わたしが『ろう者』であることも話した。

 もちろん、ヒロさんのことも含めてだ。

 でも、話せば話すほど、なんだか嘘くさくなってくるから困ってしまう。

 もし、わたしが父から同じ話をされたら、きっと病院へ連れて行くだろう。

 そう思いながらも、わたしには話すしかなかった。


 老人ホームからバスに乗り、電車に乗り換えて、更に別の電車を乗り代え、家の最寄り駅に到着。

 あまりにも必死に話しすぎて、途中の記憶がになっている。

 もうすぐ、家に着こうとしていた。

「つまり、もう1つの世界で、『明日和あすわ』は『知子ともこ』という名前で、ろう者なのか。で、その『カミカクシ』っていうのが、明日和……じゃなくて『知子』を食べに来ると」

 途中で、質問などはあったものの、父は話を理解はしてくれたようだった。

「信じてくれる?」

「それは、信じるしかないんじゃないか?」

 と父は、わたしの肩の辺りを、指さしながら言った。

 そう、わたしの右の肩らへんを……。

「うわっ!」

 そこにはヒロさんの顔があった。というか、胸辺りから上があった。

 なんか、すごく神妙な顔して、右側頭部あたりを押さえている。何か言いたげだ。

 けど、わたしは老人ホームで、ヒロさんが消えたことを忘れてはいない!

 チラリと、ヒロさんがこっちを見る。

「いつから居たんですか」

「ずっといたよ」

 とヒロさんは、歩いている私の右側で、ずっと上半身だけの状態で付いてくる。

 偶然その様子を見た通りすがりの人が、目と口をあんぐり開けたまま、固まってしまっていた。

「とにかく、出て来てください。ご近所の人に、これから変な目で見られ続けるのはイヤですから」

 わたしは深呼吸をして、心を落ち着ける。それから、ヒロさんに聞いた。

「で、何なんです」

「え?」

「なんか用事があるから、出て来たんですよね?」

 わたしの声に、怒りがこもっていたからだろう。

 父が、わたしをたしなめた。

「明日和……じゃなくて、知子だったか。ちょっと、その男の人に、口の利き方が乱暴じゃないか。年上じゃないのか?」

 わかっている。ヒロさんはわたしを助けようとしてくれているのは。

 実際、とても感謝すべき人なんだろう。ただ、なんか全てがなのだ。

「良いの、この人は。さっき説明したでしょ。『カミカクシ』を倒そうとしている人」

 わたしの説明を聞きながら、父がポツリと言った。

「付き合っているのか?」

「なにいってるの! ヒロさんからも言ってください」

 わたしの言葉を受け、とヒロさんは自信満々にウインクをした。

「そうです。僕は『カミカクシ』に興味があるだけで、娘さんには興味はありません!」

 とキッパリ言う。

 その言い方!!

「なに! 娘に魅力がないとでも言うのか! 胸か! 胸が大きくないとダメなのか、キミは!」

 と父は激怒。

 あぁ、面倒くさい。

 わたしは、ヒロさんに詰め寄ろうとする父を、横へと追いやりながら言った。

「で、ヒロさんの話しは何なんです?」

「大したことじゃないんだけど。もう『カミカクシ』が近くまで来てるよ。時間があまり無い」

「それを、なんで早く言わないの!」

 わたしは家に向かって、全速力で走り出した。

 時間がない。

 本人には悪いけど、ヒロさんが『カミカクシ』と戦って、勝てるとは思えなかった。

 前回は左腕を一本、取られてしまっているのだ。

 必然的に、今回は右手だけで戦うことになる。

 両手で勝てなかった相手に、片手で勝てるわけがない。

 つまり最終的に、わたしは『カミカクシ』に食べられてしまうだろう。それは避けられないのかもしれない。

 だとしても、それは妹を助けてからだ。

 そして、わたしは死ぬ前に知りたかった。

 妹の気持ちを。

 こんなことなら、話せるときに話しておくべきだった。


 なんでも出来て、みんなに好かれる妹は、わたしにも優しかった。でも、本当はどう思っていたのかを知りたい。

 あの、笑顔の向こう側に見え隠れする、別の感情。

 ろう者の姉を持って、本当はどう思っていたのか。

 本音が聞きたかった。


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