第13話 老人ホームへの道

 翌日、わたしと父は一緒に、祖母のいる隣の県へと、電車を使って向かうことになった。

 当たり前のことだが、母は祖母のことを知っていた。知っていて、わたしには伝えないでおこうと、2人して決めたのだという。

 ろう者の娘をもった父。

 わたしの将来を心配してくれていたのは、あの『記憶』を見たからわかる。けれど、わたしをうとましく思ってもいたのではないだろうか? この世界にいない妹が、私に足りないものを補っていたような気がする。


 目的の場所までは、最寄りの駅から1時間半ほど電車に乗り、そこからまた別の電車に乗り換えて1時間。更にバスに乗って10分の場所にある。

 時間にして約2時間40分ほど。

 話をするには、充分な時間だった。

 けれど、わたしも父も、肝心なことは話さない。お互い相手が『祖母』の話を切り出さないかと、待っていたのだ。

 その機会はバスに乗り込むまで、訪れなかった。


 耐えきれずに話し出したのは、わたしの方だった。

「今までも父さんは、お祖母さんのところへ定期的に通っていたの?」

 バスに乗り、席へ座ると同時に、わたしは言った。

 父の顔は、なんだか見ることが出来ない。

「月に2.3回くらいかな」

 と父。

「母さんも?」

「母さんは、年に2回。ほら、2人して秘密で出掛けると、お前にも気付かれるだろ。それにお祖母さんは、かなりボケてしまっているからな」

 バスの中はエンジン音が聞こえるだけ。けど、車が古いからか、それなりの大きさがあって、会話が他の席まで響くわけではない。

 乗客は、わたしたちを含めて4人しかいなかった。

 1人は80才を過ぎていそうな老婆で、もう1人はそのお孫さんらしい女性。30前後ぐらいだろうか。一番前の座席に、その2人は横並びで座っていた。

 わたしと父は、1番後ろの席にいる。

「どうして、お祖母さんは死んだなんてウソをついたの?」

「事実を知ると、ずっと悩ませ続けると思ったんだ」

「ろう者の遺伝子ってこと?」

 一番前の席から、笑い声がした。

 わたし達の会話に対するものではない。きっと楽しい話をしているのだろう。

「父さんは、お祖母さんのこと、嫌いだった?」

 言ってから、わたしは聞いてはいけないことを、言ってしまったかもしれないと焦る。

 けれど、そうではなかったらしい。

「嫌いだと思ってた」

 父は笑顔だった。

 何か、吹っ切れたような感すらある。

「昨日の夜あらためて考えてみたら、違っていた。父さんは、自分の母親がバカにされることが、たまらなく嫌だったんだ」

「お祖母ちゃん、バカにされてたの?」

「昔は、今よりもっと『ろう者』に対する偏見が酷かったんだ。だから、嫌がらせもされたし、あからさまな差別もあった」

 昔を思い出している父の目は、少しうるんでいた。

「父さんは、良いんだ。自分のことはガマンできる。でも、母親がバカにされるのは、ガマンできなかった。そして、差別を受けても、平気そうな顔をしている母親に、腹が立った。見ていられなった」

 バスは走り出した。

 進めば進むほど、建物の数は減ってゆく。

「おかしいよな。きっと母親は、生活のためにガマンしていたのにな」

「うん」

 一番前の席の祖母と孫らしき二人が、楽しそうに会話をしている。

 わたしも祖母と会ったら、彼女等のように、手話で楽しく話が出来るのだろうか?

「母親に、昔から感謝はしていた。ただ、言葉に出来なかった。昭和の男だからな、そういうの、格好悪い気がして。今さら遅いんだが」

「遅くなんかないよ。それ、絶対お祖母ちゃんに言った方が良いと思う!」

「もう、言ったところで理解できないだろうな」

 父は寂しげな目線を窓の外へ。遠くの空へと向けながら言った。

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