第8話 白石智佐

 智佐には、昔から好きな幼馴染みの男性がいた。けれど、その男性と付き合うことは、とても難しい理由がある。

 男性の名前は、白石和彦しらいし かずひこ

 同い年で、スポーツはあまり得意ではなかったが、勉強は出来る方だった。なにより、智佐を愛していた。

 けれど、智佐の両親は、二人が付き合うことを許さない。なぜなら、和彦の母は『ろう者』だったのだ。

 和彦は聴者(聞こえる)だが、聴覚障がいは子供に遺伝する可能性がある。だから、智佐の両親は許さなかった。


 智佐は、親友の美代子に協力をお願いした。

 智佐が彼女の兄と付き合っていると、嘘の情報を流してもらったのだ。

 どこから嘘がバレるかわからない。だから智佐の両親だけではなく、学校でも嘘をついていた。幸いなことに、美代子の兄は事情を知ると、とても協力的だった。

 良くも悪くも気にしないタイプなのだ。


 智佐と和彦は学校を卒業し、2人とも働き始めた。

 そしてキッカリ1年目に結婚。智佐のお腹の中には、すでに子供が出来ていたのだった。授かり婚というやつだ。

 智佐の両親は、智佐を勘当。それ以来、会うことは無い。


 生まれた子供は、智佐の両親が危惧していた『聴覚障がい者』だった。が、智佐は自分でも驚くほど冷静で、全てを受け止めていた。

 逆に和彦は、その事実にショックを受けていた。その証拠に、娘に付けると2人で決めていた『明日和』という名前に反対をした。

「俺の漢字は外してくれ」

 詳しい理由を語ろうとせず、和彦はそう言い『和』という漢字が使えなくなってしまう。そこで智佐は『喜びも人の痛みも知って生きていく子』として、『知子』と名付けた。


 智佐は、知子を『普通』に育てたかった。聞こえないことを、自分でハンデだと思わないように。

 智佐は最初、知子に手話を覚えさせるつもりはなかった。娘には、聞こえなくても『口話(口で話す)』で生きて欲しかったからだ。

 しかし、幼児期の知能発達には、言葉が必要だと本に書かれていたのを読み、仕方なく手話を覚えさせることにした。

 もちろん、智佐自身も覚えた。そうしなければ、幼い知子とコミュニケーションがとれないことを、認めざるを得なかったからだ。

 覚えやすい『日本語対応手話』にしたが、ろう者の間では、あまり通じないものだと後に知ることとなる。

(逆に聴者の人とは、語順が同じなので、コミュニケーションの苦労は少ない)


 智佐は和彦と相談をして、悩んだあげくに、もう一人子供を産んだ。

 聴者だった。

 今度は和彦の希望で、以前断念した『』の名前をつける。

 智佐には、和彦の考えが理解できず、この頃から夫婦関係がギクシャクし始めた。


 知子は普通の子供として、普通の学校に通わせた。

『口話』の練習を嫌がって、決して習おうとしなかったのに、小学校3年の時、自分から覚えたいと言い出したのだ。

 智佐は仕方なく、特別支援学校へと、週2回、午後だけ通うことを了承した。


 口話を覚えさせるために、特別支援学校へ通わせたのだが、知子は『口話』より『手話』を覚えてしまう。

 だから智佐は、ろう者と手話で話すことを禁止させた。

 ろう者が悪いと言っているのではない。

 とにかく『口話』を覚えさせたかったのだ。

 やがて知子は、聴者と同じくらい話せるようになり、読み取りも出来るようになる。

 高校は『普通』の高校へ通うと言って、試験も合格。いまでは、毎日元気に学校へ通っていた。

 何も問題は無い。

 夫である和彦が、知子の教育に協力的でないことを除けば。

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