第35話 デビューせん

去年の4月。

新しい環境で高校生活を送り始めてから1週間が過ぎた昼休み、学校屋上の出入口付近の段差に座る立花は春の日差しを浴びながら母の手作り弁当を食べていた。周りには生徒の気配はない。

(やっぱり1人が1番落ち着くわね…って、違うわ!何で誰も私に話し掛けてこないわけ!?もう1週間も経ったのよ!?こんなに垢抜けて可愛くなったってのに相変わらず学校で1人行動なんて、前と何も変わってないじゃない…そうよ、きっと高嶺の花だから声掛けにくいのね!可愛くなり過ぎたのよ!はぁ、可愛いって罪ね…!)

自らを鼓舞して無理やりにでも納得させる。

そうでもしないとこれまでの努力が無駄だと認める事になり華々しい高校デビューは花が咲くこともなく失敗に散り終わってしまうのだ。

諦めることはしない。いや、できない。

容姿は自信に満ち溢れている立花だが肝心の中身は未だに追いついてない状態で誰かに話し掛ける勇気までは持ち合わせていなかった。

誰かに話し掛けてもらうことをひたすらに待つ受け身全開ガールなのである。

弁当を食べ終わるとすぐさま高校の入学祝いとして親に渡されたスマホの自撮りモードで日課である笑顔の練習をする。決心をしたあの日から可愛いの探究心は止まらない。

スマホを持つ腕が疲れるまで何度も角度を変えて練習をする立花は昔と比べて自然に笑える自分に心から満足して校内に戻っていった。

1分後。屋上のドアが開いて右奥に設置してある給水タンクに向かって小走りをする女子生徒が1人。

「見ーつけた!」

給水タンクの影に隠れるように後ろの壁に寄り掛かる小柳に中村はかくれんぼで子を見つけた鬼のように嬉しそうに指を差す。

「恵美か。何で俺の居場所がわかった…?」

「それはGPSアプリを使って…というのは冗談で卓也が行きそうな場所は大体お見通しだからね」

「そうか…」

学校に自分の居場所がないように顔を俯いて時間が過ぎることをただ待っているだけの小柳を横目で気にかけながらも中村は屋上からの景色を見ながら気持ち良さそうに大きく背伸びをする。

「んーっ!小・中学校の時は屋上に行く事すら禁止されてたから開放されてるっていいね。私たち以外誰もいないみたいだけど意外と人気ないのかな?」

「そうだな…」

「ホントに思ってる?最近ずっと怖い顔してるけど、そんな顔してたら友達の1人もできないよ?」

「別に友達作りに学校通ってるわけじゃないから」

「そうだけどさ…でも友達がいたら学校生活が充実すると思うんだよね。楽しくなるだけじゃなくて困った時や辛い時、家族には話せないけど友達には話せることもあったりするよ?孤独は辛いじゃん…」

高校受験に失敗して光を失った様に虚ろな目をした小柳を理解した上で中村は敢えて現状を重ね合わせるような質問を投げかけてみる。

「俺はこの学校を卒業できればそれでいい」

今は何を言っても小柳には響かないと感じた中村はこれ以上この話をする事はしつこく説教じみて良くないと思い避けることにした。

好きな人に嫌われることがなによりも辛い。

「それに恵美がいれば俺はいいよ」

身近に知り合いが1人だけいればそれでいい。小柳の発言はそういう意味だと中村は理解していても不意をつかれて心はブレイクダンスで激しく踊ってしまうのであった。

「仕方ないなあ…!じゃあ私が卓也を助けてあげようかな!昼ご飯は食べた?食堂で焼きそばパン買ってこようか?」

「それはパシリだろ。いつも通りでいてくれ」

「あはは!いつも通りね、了解っ」

そう言って中村はいつも通りに小柳の隣に座る。

昼休みが終わるまで2人は特に会話も交わすことはなかったが一緒に過ごす。

桜色のシュシュで留めた髪の毛先は中村の今の気持ちを表すように左右に揺れ動いていた。


5限目の世界史の授業が始まる前の休み時間、1年1組の教室にて立花は自分の席に座って周りのクラスメイト同士から聞こえてくる楽しそうな会話に寂しくも心の声で参加していた。

「部活どうする?もう来週くらいから始まるよね。一緒に野球部のマネしない?」

(それいいわね!でも私には年の離れた妹がいて両親が共働きだから面倒見なくちゃいけないしまだ部活は入れないのよね...)

「野球部マネいいじゃん!この前体育館であった部活動紹介の時に爽やかそうなイケメンの先輩いたよね!?やろやろ!」

(安心して、私が可愛いせいで野球部員が争って野球部崩壊することは無くなったから…あれ?待って?私って自分では最強に可愛いと思ってるけどまだ誰にも可愛いって一言も言われてないわよね!?)

それもそのはず、立花はこの街に住み始めて家族以外とはまともに会話はしていないのだ。

だとすると自分の可愛いと他人の可愛いの価値観の確認は必要だ。間違っていないと信じたい。

周りを見渡すと中学から一緒の生徒や塾が同じだった生徒、知り合いの知り合いが友人の生徒、意外とグループは出来上がっていた。

いきなりグループの中に入って自らの可愛さの確認作業をする覚悟は到底ない。まだ心の声で参加することで精一杯だ。

その中でも立花の目に入ったのは隣の席に座って同じように1人でいる男子生徒だった。

(私と一緒で1人みたいね。まあ私は話し掛けようと思ったらすぐ友達の1人や2人はできるけどね!周りは…誰も話し掛けてないみたいだし、1人くらいだったらなんとかなる。これが私の可愛さがどこまで通じるかの判断材料になるってわけね!)

「あの…、こんにちは」

男子生徒に声をかけて顔が振り向くと立花は新しい自分で生きていくと決めた日から猛練習してきた自己ベストの笑顔を披露する。

(顔の角度よし、目尻の下げ具合よし、頬の上げ具合よし、歯の出し具合よし!)

笑顔の安全確認よし。

まるでこの世を覆す程の美しさに触れてしまったように男子生徒は口が半開きで言葉を失い数秒後に思わずため息を零した。

(これって通じてるの…!?何度もシュミレーションした通りの反応じゃないし深いため息なんて悪いイメージでしかないけど大丈夫…よね?可愛いはず…)

過去に幾度となく他人からのため息を経験している立花の笑顔は不安になって徐々にあの頃の様に引き攣りそうになる。必死に堪えていた。

「女神だ…」

「え…?」

「はぁ...、なんと神々しいものか。ついに僕の目の前にご降臨したということか!この相応しき学び舎で出逢いを果たせた事は単なる偶然ではない…運命さ!決めたよ、今日という日を記念日としてこれからは僕達の祝日にしようじゃないか!」

男子生徒は声を上げて急に席から立ち上がると周りの生徒の視線を集める事に照れや迷いはなく立花に大きく身振り手振りで自らの存在を強く主張する。

「あの、えと、その、ちょっと…」

予想外の展開であたふたするも押し倒されそうな勢いで迫ってくる男子生徒に気持ちが押されそうになる立花は自己肯定感は上昇するも周りの生徒達の目が気になって仕方がない。

「失礼、君にばかり存在を主張させて僕の自己紹介が遅れたね!はじめまして、君の運命のパートナーとして導かれた宮崎圭介さ!趣味は…」

「ちょっと待って!まずパートナーじゃないし圧が凄くて何も頭に入ってこないわ!」

「頭?おや?女神の頭に天使の輪っかが…!?もしや天使も兼用しているのかい?なんと強欲で完璧な女神なんだ!」

「これは髪の手入れによって手に入れたものよ!それに女神呼びはやめて。私には立花歩美って名前がちゃんとあるんだから...!」

「立花女神だって?」

「歩美よ!あ・ゆ・み!見た目はそうかもしれないけど女神のイントネーションで歩美って呼ぶんじゃないわよ。もう...試す相手を間違えたわ…」

女神として扱われることには満更でもない立花は初めて声を掛けた相手が宮崎であったことに複雑な心境でいた。当然判断材料にはならなかった。


次の日の昼休み、学校屋上の出入口付近の段差に座り立花は春の日差しを浴びながら母の手作り弁当を食べていた。周りには生徒の気配はない。

(やっぱり1人が1番落ち着くわね…って、違うわ!昨日から1歩も進歩ないじゃない!ループしてる!?いや、昨日の宮崎圭介って男子に話し掛けてから周りの生徒が目も合わせてくれなくなったのは気の所為よね!?悪化してる気がするんだけど!?)

昨日宮崎と絡んだ結果、立花は更に周りの生徒達との心の距離感を感じてしまった。今日も時間があれば何かと宮崎は立花に迫ってきたが昼休みの長い休み時間こそは死守すべく4限目が終わると同時に全速力で脱獄犯が隠れるように屋上に逃げてきた。

(悪い人じゃないことくらいわかってるけど、私の夢は今までの逆の人生…男女関係なく沢山の人に好かれたい。そのために苦しい過去を乗り越えて可愛いを作ったんだから!昼休みに一緒にご飯を食べたり、学校行事を一緒に楽しんだり、放課後や休みの日に一緒に遊びに行ったり…今の私には夢しかないわ!そうよ、ここからなのよ!)

「一緒」という単語は中学までの立花の辞書にはマジックペンで真っ黒に塗りつぶされていた。

今は違う。修正しなくとも新しい辞書にこれからを書き込めばいいだけなのだ。気合いが入る。

昨日と同様、弁当を食べ終わり日課の笑顔の練習を終えて立花は屋上から出ていく。

(まずは昨日の自分でも引くくらい効果があった笑顔で挨拶からよね!…それから、その後は何の話したらいいの?私から話し掛けるんだから私が話題を出すべきよね。天気の話は最後の切り札ってネットで見たから避けるとして、次の授業が英語だから英語は好き?は良いんじゃない!?でも急に英語で話してくるようなタイプだったら対応できないわ!でもそんな事ある?可能性はゼロではないわよね。あー!もう、誰か私に話し掛けてきてよ!)

階段を下りて立花は困った表情で教室に戻ろうと廊下を歩いていると背後から落ち着きのある大人っぽい声の誰かに呼び止められる。

「立花歩美さん」

(本当に話し掛けられたわ!これはチャンスよ!今日も可愛い歩美、行きます!)

声を掛けられた方へと立花は早速笑顔で挨拶をするが相手は1組の担任の先生だった。

彼女の名前は平田清乃ひらたきよの。1年1組の担任と生徒指導の先生だ。普段は朗らかな雰囲気だが生徒指導の先生ともあって厳しい時はキツい。性格が変わるというより人が変わる。

某ヤンキー学園ドラマの先生に強い憧れがあり叱る時は毎度眼鏡を外す。年齢不詳ではあるが最近の悩みは生徒指導の先生になって叱ることが多くなりシワが気になるらしい。

「あ、平田先生ね…」

「私だと何か不満がありましたか?一緒に生徒指導室に来てもらえます?」

「生徒指導室!?私が何かしましたか…?」

生徒ではなく平田から声を掛けられた事にわかりやすい程に肩を落とす立花に追い討ちをかけるように生徒指導室に呼び出しをくらう。

この場合の「一緒」は勘弁願いたい。

平田からの生徒指導室は叱られる5秒前といって生徒達の間で恐れられている。

「いえ、次の授業で使う資料が生徒指導室に置いてあるので教室まで運んでもらいたくて。無理にとは言いませんが手伝ってもらえると大変助かります」

「良かった…そういう事なら手伝いますよ」

平田の呼び出した理由を知ると一安心した立花は手伝うため生徒指導室を訪れる。

初めて生徒指導室の中に入ると教室の半分くらいの広さに先生分の机が3台と多くの資料が棚に収まっていて平田の机の前に1人の女子生徒が気だるそうに立っていた。

「これと…これ、よろしくお願いしますね」

思った以上の量に立花は驚きながらも日頃からダンベルで筋トレしていたおかげで運べそうだ。

「それで、反省文は書きましたか?」

平田は立花に任せると席に着いて生徒に話し掛けるが立花はこっそり2人の様子を眺めていた。

「悪いことだと思ってないから書けませんよお」

「認識してないようですね。生徒手帳にも書いてありますし私の口からも何度も注意はしましたがピアスは校則違反ですよ?」

(これが噂の不良ってやつね!平田先生にあんな態度よくできるわね…命知らずもいいとこよ)

「うーん、ピアスしてないけどなあ」

「でしたらその右耳に付いている透明ピアスは何ですか?ピアスを付けるために開けた穴を塞がないようにするものですよね?」

「へえ、先生透ピ知ってるの?意外と若いなあ」

「私は若いです!」

(そこに怒るの!?…そろそろ昼休みも終わるし平田先生が眼鏡を外してヤバくなる前に教室に運ばないとね。それにしてもあの不良の度胸はある意味尊敬できるわ)

立花は開いていた生徒指導室のドアから静かに退出して階段を上っていると案の定生徒指導室から校内に怒声が響き渡る。

「こら!待ちなさい!園田ァー!!」

階段の踊り場で立花は自分が怒られてしまったように体が固まっていると園田は立花の肩を引っ張り勢いよく階段を上がっていくが引っ張られた立花は軽く尻もちをついて資料のプリントをその場に落としてしまう。園田を睨むもその場にはもういない。

(何よあれ!?私に尻もちをつかせて何も謝りもしないなんて!もし私の可愛い尾てい骨に何かあったらどうするの!?絶対にあんな不良とは仲良くもなれないし絡みたくもないわ!)

2人は後の親友である。

「痛っ、本当に最悪だわ…プリントも早く集めないと…プリント拾い…これは手伝いだから!」

立花は左手で尻を押さえながら不満を垂れ流して床に散らばった資料のプリントを集めていると階段を下りてくる1つの足音が聞こえてきた。

生徒の通り道の邪魔にならないように急いで片付けていた時、彼女は立花の目の前でスカートがシワにならないように片手で折り畳みながら体を落とし、髪を耳にかけ、床にもう片方の手を伸ばすと何も言葉を掛けることなくプリントを一緒に拾い集める。

その姿に立花は見惚れたように目を丸くして拾い集める手を止めて思わず見つめ続けていた。

「これはどこに運ぶの?手伝っちゃうよぉ!」

「え…あ、教室よ。でも1人で大丈夫だから。拾ってくれてありがとう。感謝するわ」

そう言って立花は彼女に手を差し出して拾い集めたプリントを渡すように要求すると彼女はプリントではなく小さくて温かいしっとりとした手で包み込む様に握り返してくる。

「嫌だねっ!手伝いさせてくれないならこのプリントは返してあーげないっ♪」

まるで怒られた子供が不機嫌になるように彼女はぷいっと顔を横に向けて微笑む。

(な、何よこのマナみたいな人…優しすぎだし可愛すぎない!?無敵!?この人こそ女神じゃない!?もしかしてさっきの不良のせいで良く見えてる!?)

不覚にも立花は好きな妹に似た感情を抱く。

「でも大丈夫よ、私が先生から頼まれたわけだしこの量だったら私1人で…」

「半分こ!昼休み終わっちゃう前に早く行こっ!」

彼女は立花の手を強引に引っ張り無理やりではあるが1年1組の教室までプリント運びを手伝う。

半分に分けたプリントを片腕で支えるように押さえて片手は彼女が優しく握ってくれていた。

立花、高校生活始まって初めての至福のひとときである。まるでスローモーションの感覚。

階段を上がると彼女は立花が1年生だと知ってるようで自然と1年生の廊下に先導する。

「もしかして、私のこと知ってたりするの…?」

「ん~?」

彼女は丁寧に足を止めて立花の方に体を振り向けて話を聞く姿勢をした後に首を傾げて目をぱちぱちを開閉する。

(確信したわ!あの不良関係なくこの人可愛いわ!この学校にこんなに可愛い子がいるなんて…はぁ...、お持ち帰りしたい…って、私は何考えるの!?歩美、落ち着きなさい!キモくなってるわよ!私だって可愛いはずよ!きっと知らないところで私の噂にでもなって私のことを知ってたのよ!)

「いや、私の教室がこっちだって知ってるみたいだったから知ってるのかなって思って?」

「あーね!君の上履きのラインが青色だったから1年生だと思っただけだよぉ~」

「そういう事ね。…あれ?緑色…って事は2年生…!?先輩!?」

少し残念そうに納得する立花は彼女の足元を確認すると上履きのラインは緑色だった。つまり彼女は現在高校生2年生である。

「こう見えて君の先輩なのでーす♪」

彼女は手でピースサインをするとカニのように開閉しながら微笑む。立花には彼女の天職はマッサージ師だと思う程に言動の一つ一つがツボを確実に正確に捕らえて刺激を与えてくる。

「ご、ごめんなさい…!てっきり私と同じ1年生だと思ってたからタメ口でした…!」

「いいよぉ!私は先輩後輩の関係って好きくないもん。歳が1つ違うだけなのにね!だから君とは…そうだ、名前教えてよっ!」

「私は、1年1組の立花歩美っていいます」

「んじゃ…あーちゃん!あーちゃんとは友達として仲良くしていきたいなぁー!仲良くしてねっ」

友達。どれくらいの時間立花は探し歩いていたことだろう。彼女の口から発せられた言葉に嬉しさのあまり少し泣きそうになる。

立花が自らが認識する初めての友達は彼女だった。

故に立花の心は射抜かれ彼女が憧れの存在になる。

「嬉しいです…!私なんかで、良かったら…」

練習してきた笑顔を意識して上手く出せなかった。

心からありのままの気持ちが笑っていたからだ。

2人は1組の教室前に着くと立花はお礼を伝えてプリントを受け取ろうとするが、わざわざ彼女も一緒に教室の中まで入ってきて教壇の上に運ぶ。

周りのクラスメイトは彼女の存在を知ってるようでザワついていると彼女は辺りを見渡して応えるように手を軽く振ってみせる。黄色い歓声があがる。

「んじゃお手伝い終わったしそろそろ私も自分の教室に帰ろっかな!そういやあーちゃんに私の名前教えてなかったよね?私は2年1組の井手莉緒、皆からりおちゃんとかりーちゃんって呼ばれてるから好きに呼んでいいよ!今度はゆっくり話そうね、あーちゃんまたねっ☆」

「ありがとうございましたです…!ま、また!」

まるでアイドルのファンサービスのような輝きを放つウインクをして井手は教室から立ち去った。

つい10秒前まで井手に握られていた手を眺めながら初めて友達が出来た喜びを立花はニヤリと噛み締めていると近くにいたクラスメイトの女子2人組が立花の表情を見ながらも恐る恐る声を掛けてくる。

「立花、さんだよね?急に話しかけてごめんね。もしかしてだけどさっき一緒にいた人って井手さんだよね?2人はどういう関係なの?仲良いの?」

「そうよ。私たちは…その…友達よ!」

立花はドヤ顔で自慢すると2人は目を光らせて次々と井手の話題が飛び交っていく。井手きっかけではあるが立花はようやくクラスメイトとまともに会話が出来た。井手に足を向けて寝られないと感謝しつつ触れた手は暫く洗えないと握手会に参加した1人の井手ファンの気持ちで過ごすのであった。


4限目の授業終わりの教室にてプリントは別のクラスでの授業で再利用するとのことで後ろの席から集めるようにと平田から指示があった。

後ろの席の生徒から立花はプリントを受け取ると前の席で何時も机に顔を伏せて寝ている生徒を起こさないようにしようと考えていたがプリントは机と生徒にサンドイッチされている。

ジェンガだと完全に崩れてしまう。骨を取るパーティーゲームだと犬は起きて吠えてしまう。

立花は寝ている生徒の横に立って井手と手を繋いだ逆の手でゆっくりとプリントを抜こうとする。

だが生徒の体が重石となって動かない。

(む、無理よこれ…!プリントが破れるわ!私がテーブルクロス引きをかくし芸として持ってれば話は変わってくると思うけど…一か八かでやってみる!?)

「ん…、もう授業終わったの美咲…?」

プリントの端を掴んで少し動いたことで生徒は目を覚まして寝惚けた様子で顔を上げる。園田だ。

「あー!あの時の不良!よくも私の可愛い尾てい骨を破壊しようとしたわね!まず謝ってよ!」

よくある転校生の学園ドラマみたいなベタな展開だ。席は前後だが、学校で園田はいつも眠っていて昼休みは屋上と放課後は即帰宅の立花とは接点がなかった。何せ入学してからまだ1週間少ししか経っていない。勿論絡みはない。

「どこかで会った?それに可愛い尾てい骨って。尾てい骨に可愛さなんてあるんだね。超ウケるう」

「僕も可愛い尾てい骨には大変興味をそそられるよ!いや、立花さんだからこそだよ!良ければ今日の放課後は僕とおすすめの整骨院でレントゲンデートをしようじゃないか!」

宮崎が2人の話に割って入ってくる。

「あんたは黙ってなさいよ!話に入ってこられたら余計ややこしくなるんだから!」

「そこの3人!静かにしなさい!」

平田は眼鏡を外して怒鳴ると教室は一気に無音の空間になり恐怖のあまり立花は目に少し涙を浮かべながら静かに自分の席に座る。

(何で私が怒られなきゃいけないのよ…!あの2人のせいでこうなって…さっきりーさんきっかけで話し掛けてくれた2人のあの表情…絶対に引いてるわ…早くもこのクラスで1年間過ごすの普通に無理なんだけど!?…とにかく今はりーさんに会って癒して欲しい…ふふ、ふふふ…)

怒鳴られた事も井手に握られた手を見れば一瞬で自然と笑みがこぼれて忘れられる限界オタク化したキモオタチバナなのであった。

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嘘つきは青春の始まり @sousakuya

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