第2話 マレー沖海戦

 秋月の所属する美幌空はサイゴンに進出した。所属する陸攻の機数も増え、いよいよ南方で何かが起こる、そんな不穏ともいえる空気の中、昭和十六年十二月八日を迎えた。


 その日、総員整列のラッパが、館内放送と同時に鳴り響いた。

 秋月の搭乗する陸攻を含む中隊はシンガポールのシンガポールの爆撃から戻って来たばかりだった。それがいわゆるマレー作戦の一環として行われたことは後で知ることになる。


「気を付け、番号」

 各分隊で人員確認の号令がかかる。


 司令の近藤大佐が訓示台に立った。まわりの飛行長、整備長等の幹部の顔が心なしか紅潮して見えた。

「かしら―中」

 当直士官の号令。


 司令の訓示は全隊員を驚かせかつ歓喜させた。

「いよいよ始まったか」

 解散後あちらこちらで威勢のいい声が飛び交った。

 帝国海軍は真珠湾で米軍と、マレーにおいて英軍と戦闘状態に入った。


「台南空が、フィリピンのクラーク基地を空襲したそうだ」

「台南空がか」

「俺たちは、なぜ外された」

「美幌には護衛の戦闘機隊がないからな」

 確かに、護衛なしではクラーク基地の爆撃行は無謀すぎる。



「俺たちは、都市爆撃ばかりか」

 それも作戦ではあるが、軍人として反撃のない街よりは軍艦か敵基地を相手に暴れたかった。

 秋月たちは知らなかったが、その機会はすぐ目の前だった。


「英国艦隊がシンガポールを出た」

 十二月九日、一五一五、索敵任務についていた潜水艦が、英艦隊を発見した。

 これにより元山空、美幌空の部隊にも索敵の命令が発せられることになった。


 悪天候のため、戦艦「金剛」を敵と誤認し攻撃を仕掛けるなどの混乱が相次ぎ、上層部はいったん索敵を中止し、夜明けをもって再び索敵を開始することになった。


 十二月十日、一一四五、元山空の索敵機が敵東洋艦隊の主力を見つけた。

 これによって、マレー沖海戦と呼ばれる戦艦対航空機の戦いが始まったのである。


 秋月の中隊にも出撃命令が下りた。二十五番と呼ばれる二百五十キロ爆弾を二発の爆装である。

 雷装の判断もあっただろうが、彼らにとって魚雷攻撃よりは水平爆撃の方が得意だった。


 レパルスから対空砲火が上がる。ポンポン砲の弾幕をかいくぐり秋月たち八機は一二四五、水兵攻撃を開始した。

 対空砲火など当たらない、そうは思っているが気分はよくない。

 

「コースそのまま、五、四、三、二、一、てーっ」

 観測員の声が響く。

 レパルスの舷側に水柱が上がった。

「くそ、おしい」


 動く目標に対し、動く機体から爆弾を落とすのだ、そもそも当たる方が奇跡かもしれない。

 爆弾を二発落とし、それで手持ちは終了。あとはもう攻撃の手段はない。サイゴンに向け帰投するだけである。

 それでも他の機によって一発の命中を得た。中隊としては戦果はあった。


 秋月たち八機が退避した後、攻撃を開始した元山空の陸攻は雷装だった。

 対空砲火を受け撃墜された機もあるが、プリンスオブウェールズに数本の魚雷を命中させた。


 次に戦場に到達した美幌空の部隊は、七本の魚雷を投下したものの命中を得ることはできなかった。


 当時の陸攻には魚雷にしろ爆弾にしろ、一発勝負である。攻撃側としてはフル回転で手持ちの航空部隊を投入していくことになる。

 サイゴンに帰投した秋月たち、鹿屋空の一式陸攻に望みを託すことになった。



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