第3話 生きて帰る 

 元山航空隊、美幌航空隊の九六式陸攻、鹿屋航空隊の一式陸攻の波状攻撃により、英国海軍の戦艦「プリンスオブウェールズ」と巡洋戦艦「レパルス」は南シナ海に沈んだ。


 戦艦が航空機のみの攻撃で沈められたということは、世界を驚かせた。

 作戦にした航空隊には、感状と賞詞電が届いたが、秋月たちには当初それほどに実感はなかった。


 なぜなら陸攻側も完全に無事だったわけではなく、九六式が一機、一式が二機撃墜され戦死者は二十一名に及んだ。秋月の同期も戦死者を出した。そのほか作戦に参加したほぼすべての機体が被弾している。


 秋月の搭乗機も被弾したが、幸い乗員に被害はなかった。それでも彼らにとって初めての被弾は、自分が煽情にいるということを改めて認識させてくれることになった。

 秋月の中隊は、今まで都市爆撃が主であり、しかも護衛は零戦ということもあって撃ち返されることがなかったのだ。


 上空から爆弾を落とすだけでは、訓練も実戦もある意味同じだ。爆撃される側にとっては恐怖そのものだが、落とす側に戦争の実感は少ない。

 機体の横で対空砲が炸裂し、アイスキャンデーのような曳光弾に軌跡が横をよぎる。

 思わず操縦員に逃げろと叫びだしたくなったが、そんなことはできるわけもない。

 護衛の戦闘機ならば回避行動もとれるが、爆撃コースに乗った陸攻には突入以外に道はない。


 投下点到着までの時間が、こんなに長いのは初めてだった。

「ガンッ」という音とともに機体が揺れる。周りを見ると押し黙ったままの戦友の顔が青ざめている。肩に力が入っているのがわかる。銃座にでも着けばまだ気はまぎれるかもしれないが、秋月には操縦席の後ろで計器盤を睨む以外にできることはなかった。


 爆弾投下後、機体が浮き上がった瞬間に操縦員はスロットルを全開にした。対空砲火は相変わらずだが、機内にホッとした空気が流れた。

 古参の搭乗員たちがよく言っていた。戦果はどうでもいい、とにかく一度でも機関砲弾をかいくぐって生きて帰ってきたら、お前はもうベテランだと。


 その分で行けば少しは成長したのかと秋月は思う。

 機体は主翼に複数の穴が開いていたものの、隊内で修理は可能だった。

 後方に戻ることなく、彼の搭乗する機体は、次の出撃にそなえることができる。それだけで今回の爆撃行は成功だったと言えるのだろう。


 自分たちがやったことがどれほど大きなことだったかというのは、海軍報道部の記者たちが頻繁にやってくるようになって、初めて実感として沸いてきた。

 既に映画化の話も上がっており、索敵に功があった陸攻の機長については、学校の教科書に乗る話までが聞こえてきた。


 ただ、それはそれ、休む間などなく秋月たちの中隊はマレー半島に前進した。連日のようにシンガポールそしてスマトラ及びボルネオの爆撃行に従事した。

 一度対空砲火の洗礼を受けたことで、不思議なことに戦闘機による攻撃にも度胸が付いた。機銃手たちも、当初より落ち着いた射撃ができるようになったのか、被弾することが少なくなった。


 爆撃行のたびに彼らはふてぶてしさを増していった。



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海軍航空隊 いろいろ職種はあるけれど、俺は整備兵 ひぐらし なく @higurashinaku

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