海軍航空隊 いろいろ職種はあるけれど、俺は整備兵

ひぐらし なく

第1話 海軍予科練習生

 秋月新太郎は、赤とんぼと呼ばれた九三式中間練習機による、二度目の単独飛行に臨んでいた。

 高度を上げていくと眼下に東京湾が見える。

 きょうの飛行コースは海岸線に沿って南下、浜名湖上空で反転帰投するというものである。


 飛行予科練習生にとして横須賀海軍航空隊に入隊して二年が過ぎていた。

 飛行は順調で基地まで二十マイルという時だった。

『ボスッ』という鈍い音とともにエンジンが突然黒煙を吹いた


 出力が落ちていく。赤とんぼは飛行安定性が優秀で、たとえエンジンが停止しても、かなりの距離は滑空により飛行を続けることができる。


 新太郎は今までの訓練で習ったことを必死で思い出そうとした。あれこれ手を尽くしたが出力が戻る気配はない。


 滑走路が見えてきた、すでに先に帰投着陸した僚機が緊急事態を知らせていてくれたのだろう、滑走路上はクリアになり、人が出て見守ってくれている。


 新太郎は持てる技術のすべてを使い機体を侵入コースに乗せた。が、出力がないため機首上げができない。前輪は着地したが、期待は大きくバランスを崩しまえのめりに前転した。


 半月後、新太郎は整備兵としての教育を受けていた。

 事故により右目の視力が極端に落ちたことが原因であった。飛行兵としては致命的だった。

 操縦にしろ偵察にしろ視力がなければ任務は遂行できない。除隊を覚悟した。


 だが、学術その他の訓練における新太郎の成績を惜しんだある教官が、整備兵としての道を進めてくれたのだ。


 田舎に戻っても実家の農業は兄が継いでいる、どこかに丁稚奉公に出るのかと思っていただけに、教官の言葉はこの上ない福音に聞こえた。

 飛べないものの、飛行機とかかわっていけることに、新太郎は自分の価値を見出すことにした。



 昭和十五年十月、秋月三等整備兵曹は新しく創設された、美幌航空隊に着任した。

 対支最前線基地であった元山からの移動だった。

 木更津で訓練が始まった。

 美幌航空隊は、元山空から陸攻部隊を台南空と分けて設立された。戦闘機はなく純粋に陸攻の部隊である。


 整備兵にとっては整備するものが戦闘機であろうが攻撃機であろうが同じで、一番重きを置くのは当然ながら発動機だった。

 戦闘機では搭載機銃の射線調整などがあるが、大筋で違いはない。

 秋月が陸攻整備を希望したのは、搭乗整備員というものがあったからだ。文字通り攻撃機に搭乗し機上で、燃料や機体の各状況をチェックするのが任務である。

 やはり空へのあこがれは残っていた。


 昭和十六年三月部隊は上海へ進出、重慶爆撃の任務に就いた。四月二十九日の重慶爆撃が、秋月にとって本当の実戦になった。


 秋月の登場する九六陸攻は重慶を目指して飛行している、整備に精魂を込めた金星発動機は順調に動いている。

 対支戦闘の当初は、台湾からの渡洋攻撃ともてはやされたもののその実、護衛もない爆撃行だったこともあって、多くの被害を出していた。

 今日は零式艦上戦闘機の護衛がついていた。予科練の同期が護衛をしていると思うとどこか心強いものがあった。


 ちなみに零式艦上戦闘機は、その開発時十二試と呼ばれていたことは知られているが、秋月が整備の教育を受けていた時に横須賀海軍航空隊で試験飛行を繰り返していた。それが実戦配備となって護衛についてくれていることにちょっとした感慨を覚えていた。



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