十四 自由への代償
全てが分かった瞬間、ユーリックの中で張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた気がした。
元より故郷は無いと言われていたはずなのに、今此処でロアンの口からはっきり言われた事実が、ユーリックの生きる目的を失わせるには十分だったのだ。
だが、もう一つの目的が僅かに胸に奥底で輝いていた。
もう一つの欲しいもの。それがあれば、故郷にだって行けると信じていた。
ユーリックは、再び口を開く。掠れ始めた喉が水を求めても、今でなくてはいけなかった。
ロアン何を試したかったか。
ユーリックに何を求めているのか……いや、死ねない肉体に求めるものとは何か――。
「師父、あなたが求める私の役目は、何なのでしょうか」
「俺はな、妖魔やこの禁足地、お前のように解明できない存在を突き詰めるのが趣味でな。南部で自由に生きれさえすれば、最長老が何してようが興味がなかった」
ロアンの位階は老師。しかも、序列は二位。地位も実力も最長老に最も近い人物でありながら、かけ離れた人物でも在ると言わしめられていた。
地位がありながら未開の地が多い南部に暮らし、優秀な弟子を育てるが国力へと尽力する為でもなく、全ては南部の為と断言する。
だからと言って、最長老に逆心はないと示す為か、下された命には従う姿勢を見せる事で、南部は至って穏やかであった。
だが年々、最長老によからぬ噂が増え始めた。それこそ、トビのような南部の下位魔術師ですら、最長老が人喰いで在ると噂を耳にするほどに、醜悪な様が広がり始めた。
魔素は、貴重な資源でも在るとても言うかの様に戦を嗾け続けている様にしか見えなくなっていた。
隣国の者であれば躊躇もなく喰らえる。その事実こそが、最長老を
「あの爺が理性的な人間性を保っていた頃は良かった。皇帝を操って、魔術師の地位を高める事で俺も生きやすくなる。だが、あの爺の欲望に歯止めが効かなくなった」
「原因があったのでしょうか」
「恐らくだが、肉体の衰退が始まったんだろう。稀にある事だ。不死の術は完璧ではない。寿命を永らえさせるが、己が精神力に左右される脆い術だ。維持できなくなったか、肉体が老いた事で肉体維持に必要な魔素量が格段に上がったか……」
老いが始まると、精神も弱っていく。精神が弱れば、魔素の循環も鈍くなり、さらに必要な魔素量が上がっていく。悪循環が続けば、更に精神は追い込まれだろう。
「だから、最長老は魔素喰いに手を染めたと?」
「恐らくだが。老いの気配はあったからな。――このままいけば、国は根幹から腐り、人喰いが横行する。そうなれば、魔術師に生きる未来は無くなるだろう」
「それをどう変えるおつもりで?」
ユーリックはさして興味を示してはいなかった。ロアンの志に共感するほど生きてはいない。ただ、自分の役目を知りたかった。
「あの爺を殺す事は俺が命を賭けたところで、最早できるかどうかもわからん。だが、出来たとしても、爺が死んだ瞬間に魔術師は国政からお払い箱にされるか、第二の人喰いが現れるかどちらかだ。命を賭ける意味が無い」
「だから、私が?」
ロアンは、まだ思慮の途中なのか、ユーリックの言葉に肯定も否定もしなかった。
「……計画の実行はまだ先だ。今はまだ準備段階と言ったところ。だが最終目的は、
その瞬間、ユーリックの脳裏に浮かんだのはエンディル国だけだった。その国だけが、辰と渡り合えるだけの国でもある。
エンディルによる制圧と同時に、最長老の抹殺。それがロアンの計画に全貌なのだろう。そして、それをユーリックに口にしたと言うことは、既に水面化では動いていると想定できる。
だが、まだ
十年、二十年だろうか。それだけの計画を前にユーリックは、ロアンへとはっきりとした意思を宿して、その目を見た。
「師父の考えは理解しました。協力も致しましょう」
「随分と素直だな、恨みはしないのか」
「恨む意味がありません。私はこうして生きている。何よりも、私がこうして力をつけた事に関しては師兄達の言葉通り、師父の弟子として恵まれた環境にあったからです」
冷酷で冷徹。その思想が、ユーリックには理解出来てしまった。この国の民として生きる。ロアンには立場があり、多くの弟子を抱えている。それを犠牲にして、命令に離反してまで他人に命を慮る意味は無いのだと、ユーリックは解してしまったのだ。
だが、その瞳は冷徹でありながらも確固たる意志があった。
「お前は俺によく似てる。理解が早すぎる上に、どの道が確実かを模索する。今、何を考えている」
鷹の如く鋭い瞳が、今にもユーリックを突き刺さんとしていた。だが、どれだけロアンがユーリックを脅そうが、今のユーリックに意味はないだろう。ユーリックに躊躇いはなかった。それだけが、今最も欲しいモノだったからだ。
「師父の目的が達成された時、私を自由にすると約束して下さい。その後、一歳関わりを持たず、引き留める事もない」
ロアンの目が更に鋭くなった。
ユーリックの存在は貴重だ。死ねない、生き返る。どれだけ永く生きたところで二度と出会う事のない存在だ。それを一番理解しているのも、ロアンだろう。
僅かだが、間があった。その僅かな間に緊張が走る。が、ユーリックはどれだけロアンが威圧を向けたところで一片として目を逸らす事もなかった。
覚悟はある。ユーリックにとって、それ以上に欲しいものも、生きる目的も無かった。
「……良いだろう」
はあ、と諦念にも似た息を吐いてロアンは立ち上がった。ユーリックもロアンに倣って外套に包まりながらも立ち上がろうとしたが、ふらりと崩れ落ちる。思うように身体が動かず、もたもたとしているといつの間にか近づいたロアンに抱きかかえられていた。
「死ぬと反動があるな。少し慣れろ」
ロアンの手を借りていると言う状況に不服に思いながらも、ユーリックは渋々と「はい」と返事する。
ユーリックは諦めて森を眺めた。
相変わらず森は暗闇ばかりだったが、不思議と妖魔の気配は一歳無くなっていた。
そして、ユーリック一回殺したであろう異形の気配も。
――あれ?
ふと、気付く。時間が分からない。
異形が現れた事で、ユーリックにとって大事な試験は吹き飛んでいた。しかもその後は意識を失い何もしていない。
ゾッとユーリックの顔は青ざめる。
これでは何の為に七日耐えたのか分からない。
「あの、師父。私は、その……位階は……」
「ああ、勝手に出てきたら書類破棄してやろうかと思ったがな」
ユーリックはその言葉にホッとするも、もう一つの疑問が浮かび上がった。
「後、何か、変なのいたんですけど」
ユーリックは火を飲み込んで現れたのだと説明すると、ロアンも覚えがあるようで、「ああ、あれか」と忌々しい記憶とでも言うよにうんざりとして答えた。
「……あれは稀に火によってくるが、境界からは出ない上に暫くしたら消える。問題ない」
何かは知らないがな、付け足してロアンは森を歩き続けた。
――じゃあ、私は倒せたわけじゃ無いって事? 偶然?
何度も死んでやっと。それを思うと、ユーリックそれ以上は
それ以上二人に会話はなく、ユーリックはロアンの顔を見向きもしなかった。
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