第三章
一 紅
小さな村だった。
白き山により近く、神を崇め、その地に古くから根付く一族と噂されていた。
山岳地帯の高地であるそこは、土が固く作物が育ち難い。羊を飼い、貧しくも穏やか。喘ぐ程に困窮する事もなく、ただ慎ましく。
村人は五十人にも満たず、時折世捨て人が死地を求めて彷徨い辿り着くも、年々人は減っていくばかり。そんな孤立した小さな村が故か、村人は世間離れして異国情緒とすら思える程に気風が違った。
その中でも一番に異質だったのは、女人のみに見られた紅色の瞳だろう。
恍惚とした美しさを持つ独特の顔立ちは辰帝国のそれと相違ないが、紅色の瞳がより一層、女人達の美しさを際立たせた。
女達は、どれも美しく気高かった。
女だけではなかった。男も同じだった。最後のその時まで己が命を乞いはせず、皆が命運を受け入れていた。
男は――いや、その時共にいた男の弟子達も皆、一人殺す度に、己が惨めに思えて仕方なかった。
幼子にまで手をかけねばならないという己の不甲斐なさ。ただ平穏に生きる者達を、神を崇めていたという理由だけで殺さねばならない己の立場に。
◆
轟々と唸る吹雪が、一段と強くなった。
ガタガタ――と戸口が揺れる音は、まるで誰かが戸口を叩いているようにも聞こえる。嫌に、耳につく音だった。
男は、足元に転がる幼い少女の死を眺めながらも外の様子に耳を澄ませていた。
男は辰帝国の考えと同じで、神など信じてはいない。それでも今日ばかりは、その神とやらの怒りを買ったとしてもおかしくはないとすら脳裏に浮かんでいた。
それ程までに、凄惨なる現状が男の目の前だけでなく、神が住むと噂される山の付近で行われているからだった。
その行いは命じられたとは言え男自身と、男が育てた弟子達によるものだ。
だからか、最後に手を掛けた少女の死を感慨深くも眺めた。
それだけの事はした。己が身に何が起こっても受けれよう。
それは、懺悔ではなく不可視なる存在が天罰なるものを試していたからこそ浮かんだからかもしれない。が、実際は、神威なるものは現れる事もなく、残虐なる行いをした者が生き残り、弱者の命が絶たれる結果だけが残っていた。
虚しくも轟々と吹き荒れる冬の嵐が全てを飲み込む。
もう、無意味だろう。男は、重い足取りで少女に背を向けた。
その、時だった――
「……ケホッ、」
空虚であった筈のそこに、幼い声が突如生まれた。
男の背筋が、ぞわりと粟だった。
正に男の背後から。幼い存在とは別の何か――異様な気配が生まれたのだ。
悍ましく、畏怖がひしひしと肌に伝わる。どろりとして、形容し難い不可視の畏怖――にも似た未知なる何かが、己の命を握り潰さんとしている様で。
男にとって、これ以上ない程の恐怖にも似た感情が芽生えていた。
男はゆっくりと振り返る。そこにいるのは、確かに己が胸を刺した少女だ。短剣を突き立て、命の終わりも見届けた。
だが、今。
寸前まで
男は、自分の目で見たそれを信じられなかった。殺し損なう筈がない。そうは思っても目で見た光景を否定するが如く、腰に帯びた短剣に手を掛けた。
今度は、確実に。
男は再び少女の元まで歩みより、覆い被さった。
目覚めたばかりの少女の紅色の瞳が、再び幼い命を奪わんとする男の目線と交わった。その瞳は虚げながらにも、男の目を真っ直ぐに見やる。
色濃くも鮮やかな紅色の瞳は背筋が凍る程に冷たくも、美しかった。
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