十六 目には目を 参

 華々しい帝都。表通りは整然として、古都の様相を残しつつも華美なるものだ。その反対に、裏通りはというと、古びただけの建物が所狭しと並んで雑然としている。というよりも、大きくなる都に合わせて元あった壁やら建物やらを取り壊しもしないものだから、無駄に入り組んで――どんどんと奥まった路地へと誘い込まれているようだった。

 今も、目の前には古いせん(レンガ)造りの城壁が高々と行く手を阻んでいる。二人仲良く上を見上げれば、冷気と一緒に寒々とした吹雪がよく見えた。

  

 冷気がヒュオッー――と、上から白い風が流れ込むたびに、鋭い冷気の刃が頬を掠める。上空を見上げても横凪に吹き荒ぶ吹雪が弱まる気配はなく、戻る選択はなく壁の途切れる先でも探すしかなかった。

 ――と考えつつ、トビはいっそ吹雪の中を帰った方がいくらかマシな気もしていた。


「トビ、」


 冷気と共に、再び不穏な空気が歩いてきた。ユーリックの声と共にトビが振り返れば、傭兵達と同じく顔を隠した物たちが背後の道を塞いでいた。

 傭兵達の後続として送られて来たのか、手には剣を持つ者、手漉きだがその手に力が籠った者と様々だ。


 ――傭兵が四人、魔術師が六人……ってとこか……


 その数の意味。嫌がらせなどという可愛いものでは無い。

 トビはユーリックの隣に並ぶ。隣に立つ黒髪へと目線を送るも、既に先程の険悪など忘れたと言う瞳が鋭く合図を待っていた。


 目が勝ちあった瞬間。トビ、ユーリックそれぞれの足下に赤い陣が浮かぶ。

 円を描き、文字の羅列で埋め尽くされたそれ。

 

 その陣を視認する間も無く、二人は同時に動いた。


「ちっ……」


 誰かの舌打ちを合図か、次々と二人の行手を阻むかのようにそこかしこに浮かび上がる。

 座標指定された陣の上を二人が掠めて通り過ぎるが、どれも軽々と飛び越え通りすぎた後に、バチリ――と激しく閃光を煌めかせた。


 ――雷電か……


 殺傷能力を求めるのであれば、それなりの威力がいるが、光の反応からしても大きくはない。足止め目的として多用されるそれに、トビは薄ら笑う。

 その気がそれた、一瞬。トビの頭目掛けて陣が浮かぶ。   

 

 トビは壁を蹴り上げ、跳んだ。それこそ、とびの如く高々と。

 短剣を抜き、わらわらと集まった有象無象の中へと飛び降りた。

 着地の瞬間、鳶の短剣が牙をむく。風を切る音と同に手頃な首を一つ、一番手近にいた男の首からは鮮血が吹き出していた。


 ほんの一瞬の動揺――トビはそれを狙ったのだが、残念ながら、飛び込んだ先の中心となったトビへと一気に殺意が集まっただけだ。

 外套の中に浮かぶ瞳が、それぞれギラリと殺意を宿す。

 眦を決した姿は、最長老への恐怖か忠誠心か。トビとユーリックを殺す事への気概か。最初の男の死を見届ける間もなく、殺意の籠る瞳が冷気の刃に混じって動いた。

 剣を持った二人が、トビへと斬りかかる。

 眼前の男の鋒が、トビの頬を掠める。短剣で長剣の横腹を受け流し、その次の剣撃。今度はトビの背後にいた男が、下から斬りかかるが、またも軽々と身を翻して躱す。


 その躱した瞬間、トビの手にも力が籠り、通り過ぎる僅かな隙に男の首を鷲掴んだ。


 バチバチッ――激しい閃光と音が轟いた瞬間に、男は白目を剥いてその場へと崩れ落ちた。

 男の喉は焦げ、口からは泡を吹きながらも痙攣が続く。

 魔術師達の目には、何が起こったかが理解できたのだろう。残った剣客と違い、恐れよりも苛立ちを見せる。

 

 最初に斬りかかった男が再び剣を振り上げる。が、焦りが見えた。

 次は自分。それまで恐怖が遠かった者の首筋に、死がぶら下がった瞬間。男の剣が大ぶりになった。

 見切るまでもない。トビは懐に飛び込むと、再び右手に力を込める。一撃は、迷いなくガラリと空いた胴へと打ち込まれた。


 再び、バチリッ――と肉を穿つと共に光と音が轟く。雷電籠る一撃は、当たりもしなかった魔術師達を挑発していた。


 ――当たらなければ、魔素の無駄遣いだ


 それまで、未だ跳び回るユーリックを攻撃していた者すら、トビへと目をやった。

 その、一瞬の隙。足下にトビを中心とした赤い大きな陣が形成される。


 それまで、上空から流れ込むだけだった筈の冷気が、地面から押し寄せる。足を突き刺す痛みを感じた瞬間、トビは目の前にいた男の頭に手を乗せ地面に押し込むように力を入れると、男を踏み台にして――跳んだ。

 陣の形成から、発動までには僅かな誤差が生まれる。その僅かな差が生死を別つ。

 他人の肉体を蹴り、頭を足蹴にし、トビはユーリックの隣に降り立つと同時に、陣の中にいた者達の足が、急速に凍っていった。


「ぎゃあああぁぁぁ!!」


 焼けるような――霜焼けの万倍の痛みがさぞや足に駆け巡っている事だろう。トビの目には凄惨極まりない後継が出来上がった。足は痛むが、動けない。地面に足は引っ付き離れないので、倒れる事もできないのだ。


 ――あれ、いてーのな


 一度だけ、ユーリックの冷気を浴びた事があるトビも同情するしか無かった。

 実を言うと、冷静になれば魔術師は回復ができる。が、精神が乱れると、魔術は上手く発動しないのである。特に、体内治癒は細やかな魔素の操作が必要になる為、痛みに呻いている間は使えないだろう。


「ユーリック、殺してやらないのか? どうせこいつらこのままだと凍死するぞ」


 戦意喪失した者達は、ただ悶え苦しみ、更に夜になれば更に気温は下がり――その前に血流が滞って死ぬかもしれないが。今の所、誰かが回復してやらねば壊死は確実である。

 トビは、隣に立つユーリックの顔をじっと覗き込む。一寸しか違わない身の丈の所為で、その目は真横にある。先程まで、迷いなく先頭を行い魔術を発動した張本人でもある。――にも関わらず、その目は憂を帯びていた。


「……トビ、これぐらい痛めつけたら、もう何もしてこないかな」


 ぼそりと、慈悲にも等しい言葉が飛び出した。


「馬鹿言うな。こいつら、俺とお前を殺す気だったんだ。改心する訳ねえよ」


 既に、トビは三人殺している。迷いもなく、あっさりと。手慣れて、人の命を奪う事に何の疑問も抱かない顔は、ケロリとユーリックに言葉を返した。


「ユーリック、いつかはも回ってくる。慣れておくのも良いかもな」


 そう言って、トビはユーリックの背中に回った。短剣を無理やり握らせ、その手を覆う。


「ほら、妖魔よりも簡単だぞ?」


 命を奪うと言う点では、確かに同じだろう。でも、それとは違う、と震える声でユーリックが訴えた。


「いつも師父が言ってるだろ? 人間の方が余程ケダモノだって。命の重みなんざ、もっと謙虚に生きてる奴に使うべき感情だ」


 トビの目は、一番手前に居た者へと向いた。痛みに打ちひしがれながらも、今の会話を確りと聞いていたのだろう。痛みと恐怖で脂汗が滲み始めた顔は、なんとも無様で、トビは顔を顰めた。


「他人の命を奪うなら、それ相応の覚悟で来いよ」


 憤怒の色に染まった瞳と声は、いつもの清涼な男を思わせない。握られたままの手を震わせて、ユーリックはただ冷たい背中の男へと目線を合わせようとはしなかった。

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