五 女であるが故

乘焆じょうえつ州の宿場町の町長、処刑されたらしいな」


 淡々と、命が途絶えた事を語る男の片手には、蒸したての包子パオズが握られていた。目線こそ右隣に並んで座る女を見ていたが、豚肉が詰まったそれを死を語りながらも実に旨そうに口に運んでいく。

 死は、日常でよくある話だ。たとえ誰かが死んだとしても、それは、男――トビにとって、ただの話の種程度の事なのだろう。


「へえ、厳しいね」

「軍も絡んでたんじゃねえかなって話らしい。旅籠の客なんかも売ってたらしくてな。そうなると、大掛かりな荷運びになるだろ? 軍にも賄賂渡して目瞑ってもらってたんじゃねえかなって。まあ、関係者は殆ど妖魔に喰われて死んじまったし、死人に口なしってやつだ。町長と今回関わってた宿場町の町民に全部罪着せて終いにしたみたいだな」


 一頻り手持ちの情報を語り終えた口には、再び包子が放り込まれる。

 目の前で焼き付けた筈の凄惨な死が淡々と語られる様を見ても、ユーリックもまた、「へえ」と、適当な相槌を打っては包子を頬張った。

 いつもならメイと二人並ぶ炊事場の小さな卓でユーリックとトビの二人は狭くも隣に並び座りながら、点心おやつ……もとい、昼餉に舌鼓を打っていた。

 ユーリックの小さな口とは違って、トビはあっという間に二つ三つと平らげていく。成人男性とはいえ食欲旺盛ない姿が、普段落ち着きのあるトビには似つかわしくない姿としてユーリックの瞳に映った。


「トビ、そんなにお腹空いてたの?」

「いや、此処だと当たり前に肉が食えるし」


 本気か冗談か、当人は実に満たされた顔を浮かべている。

 今日は、師父からの呼び出しがあったからと、早めに来ただけと言いつつ、メイが多めに用意をした昼餉をちゃっかり頬張る姿が真実なのだろう。

 現状のトビの生活は、師父に仕事を回して貰いながら、所属している州や師兄から仕事を貰って喰いつないでいる状態だ。喰うには困らないが、そう大した余裕はない。


 トビは下位魔術師である。下位になるには、師と州統括の承認があれば成れるが、それ以降は不死の術を会得し、且つ功績を残さなければ中位以上へと上がる事はない。

 大きな事件でもあれば別だが、地道に州から提示された仕事を受け実績を残す事が一番手堅いのだそうだ。

 本来であれば宿場町であった事件等は、ロアンの手に渡った時点で弟子に託し功績の一助とする所だが、今回ばかりは三合の可能性が最初から浮き彫りになっていたという事と妖魔の新種である可能性があった為、弟子に回される事はなかった。

 トビは不死の術こそ難なく会得できたものの、功績に関しては運も必要である為、暫くトビはジリ貧ではないが下位魔術師を続けねばならないという訳だ。 


「良いな。私も早く独り立ちしたい」


 包子がなくなったユーリックは卓に突っ伏して、トビを羨ましげに見つめては不満を垂れる。ロアンの弟子となって七年。ユーリックも、実力的には下位を名乗れると自負していた。だが、師であるロアンの言葉がなければ実現しないものでもある。

 下位であれば、貧しくとも一人で生きる算段が立つ。そう期待に胸を膨らますユーリックの瞳は、心なしか未来を想い描いて輝いた。だが――


「馬鹿いうな、女がまともな仕事を貰える訳ないだろ」


 その未来は虚構とでも言う様に、トビの声が全てを打ち消した。優しげな声が、悪気もなく残酷な言葉を吐く。


 いつもは、優しくて頼りになる兄弟子なのに、悉く、現実的な話となると、トビの言葉はユーリックを締め付けた。

 夢見るだけ無駄。

 大人しくしていろ。

 今の生活がお前にとって最良だ。

 現実という拳の一撃一撃が、ユーリックを上から押し付けて打ちのめそうとする。


「師父の助手やってる方がお前の為だ。外に出てみろ、下手に目を付けられるだけだぞ」


 トビの目はユーリックを諭す様に穏やかだが、その実残酷だった。女など――そう当然の考えが滲み出て、女なら大人しく男に従って生きるべきだと言う考えの現れにしか見えないのだ。

 言葉を返す事も出来ず、ユーリックの紅玉色の瞳が濁って不満一色で染まった。トビの肯定を期待したわけではない。己がどれだけ努力しようが変えられない事柄を前に、苛つくことも怒りをぶつける事もできずに思考は澱む。

 どろりとした感情が胸の内に張り付く。黒々として、端から端までを真っ黒に染めていくのだ。ゆっくりと、どろどろ滴って、拭っても拭っても落ちない血の様に――


 そんな一気に落胆した姿を見たからか、トビの口は更に続いた。


「女で貴族に気に入られてる奴は何人か知ってる。でも大概、器量や身体を利用して近づくんだ。俺はお前に情婦みたいな真似はして欲しくない」


 それこそ、実力の無駄遣いだ。そう言ってユーリックの後ろ髪に触れ、ゆっくりと撫でる。その手も、表情も、ユーリックを憂慮している様で、優しくも温かい。

 だがそれ以上にトビの男という優位性が垣間見える。トビの言葉が、優しく触れるその行為が、感覚を麻痺させ、心を蝕む毒か麻薬の様にじわじわと己を犯す。その感覚が脳を痺れさせトビが見せる優しさに浸ってしまいそうで、ユーリックは思わずトビの手から逃げるように立ち上がった。


「……そろそろ、師父に言われた事やらないと」


 ガタンッ――と、勢い余って椅子が倒れるもユーリックはトビの手から逃げる事ばかり考え、動揺を悟られまいと手で顔を覆い隠そうと必死だった。

 そのままトビに背を向け、ユーリックは振り返る事なく炊事場から出て行った。

 

「ああ、そんな時間か」


 毒々しい言葉を吐いていたとは思えぬケロリとしたトビの目線はユーリックが出て行った炊事場の入り口から、炊事場の窓へと移る。日差しの加減と影の傾きで、凡そ二時ぐらいかと予想がつく。


「俺も報告書まとめておかないとな」


 と悠長に伸びをしてトビは立ち上がると、ユーリックが倒したままにしていった椅子へと目を向けた。

 椅子を立たせながら、トビは己の手から逃げていった女を思い浮かべる。

 手に見て取れる程の動揺と、苛立ち。隠そうとしていたであろう悲嘆で苦悶に歪んだその顔に、トビは思わずユーリックの髪に触れた右手を眺めながらも満足気にうっとりとした嘆息を零す。


 ――諦めれば楽なのになあ


 真っ直ぐな黒髪の隙間から覗く紅玉色が感情の現れと共に収縮する様、麗しい顔が苦悶に染まりながらも紅がさす頬を手で覆うその一動、何度も繰り返し思い浮かべながら、トビも炊事場を後にした。

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