第17話 指切!決闘のあとで交わす約束


 それからの顛末てんまつについて。


 少女の放った理外の威力を秘めた【火球】は、二つに分たれたその“残火”ですら迷宮ダンジョンの堅固な壁を爆砕し、通路からの視線を塞いでいた【光】属性の子分一号くんが張っていた幻術の壁をいと容易たやすく消し飛ばした。


 同じ頃。

 “途中で抜けていった子供二人”を追いかけていたフレイ女史は、迷宮ダンジョン第一階層全体を揺らすほどの大轟音に気付いて現場に急行。その場にいたワシと少女とその子分たちは揃って現行犯でお縄となった。


「やり過ぎです」


 フレイ女史がジトっとした眼でワシを見て、溜息を吐いた。……ううむ、美人のジト眼ってなんだかゾクゾクするのう!(動悸)

 一応、事情の確認という名目で探索者組合シーカー・ギルドの事務所の一室に連行されたワシらは、個別に取り調べ、もといお説教を受けることとなった。


「……よいですか、ケイト。浅い階層だからと言って迷宮ダンジョンを甘く見ていてはいけません。中級の探索者シーカーでも、浅層だから問題無いだろうと注意をおろそかにし、単独行動中に異常発生したコボルトの群れに襲撃されて骨だけになって見つかったこともあるのです。危険を危険と予測出来なければ…………」


 生真面目なフレイ女史は、今回ワシがルールを逸脱して勝手な行動を取ったことをとても悲しんでおられた様子。そのため、迷宮ダンジョン内での甘い判断、身勝手な行動の一つがどれだけの危険を自分と仲間たちに引き寄せるかについて、実際の事例を交えて懇々こんこんと、それはもうじっくり、丁寧に教えて下さった————。


 ※約五時間後


「……つまり、自分を守るためにこそ規範ルールはあるのです。ケイト、分かってくれましたね?」


「ふぁい」


 ワシがフレイ女史の熱心なご指導から解放された時にはもうすっかり夕方となっていた。


(……し、しんどい。決闘よりも体力使ったのじゃ)


 同じ頃、似たような状況だったのじゃろう少女とその子分たちがゲッソリと青い顔をして隣の部屋から出てきた。……そっちもかなり絞られたようじゃな。


 ぐったりした子分たちの前で、青い顔ながらも気丈に振る舞っている少女を見ていたら……あ、目が合った。


「……なによ?」


「いや、別に何も」


「何もってことはないでしょ!? こっちはアンタのせいで五時間も正座させられたんだからね!!」


「えええええ!? それワシが悪いのぉ??」


 うーっ!! と涙目になりながら野良猫のようにキバを剥く少女。ほとんどイチャモンな文句を着けてきたが、それはただの八つ当たりじゃろうて。ワシ悪くなくなーい??


「……ねぇ」


「ん?」


「……なんで、何も聞かないの?」


 突如、不安げな様子を見せる少女。

 テンションの乱高下にやや置いていかれそうになるが、そうじゃ。まだ決闘の理由を直接聞いていなかった——。


「……そうであったな。お主が何故ワシに挑んできたのか、良ければ聞かせてくれぬか?」


「ちっがーーーーう!!!! その前に、もっと大事なことがあるでしょ!?」


「ええぇぇ!?」


 ワシ、いよいよ困惑。

 ……ダメじゃ。最近の子の会話についていけぬ。転生しようが所詮ワシは年寄りのジジイということなのか……?


「まだ! 私の! 名前! 聞いてないでしょ!? ……ううっ、私のことそんなに興味ないって言うの……?」


「あ」


 いかん。そうじゃった。

 名乗りもなしに子分くんたちと戦い始めて、その流れで少女に挑発をキメて、決闘し出したもんだから一度も名前を聞いておらんかった。

 激昂したかと思えば、一転して涙目でしょんぼりしておる少女にあたふたしながら、ワシは改めてその名を問う。

 

「これは、大変失礼しましたのじゃ。……我が名はケイト・レシュノルティア。一介の剣士にして、今は迷宮探索者ダンジョン・シーカーを目指すもの。……遅くなって申し訳なかったのじゃが、改めて君の名前を伺っても良いじゃろうか」


 頭を下げながら、丁寧にお願いをする。

 そうすると、しばし複雑そうな顔をしながらもにゅもにゅしておった少女は、


「……エヴァよ。エヴァ・イクシオリリオン。……私のこと忘れたら、絶対許さないんだから」


 ワシと目線を合わそうとせず、拗ねたように口を尖らせながら、少女改めエヴァはその名前を教えてくれた。……窓から指す夕陽のせいか、その頬はほんの少し桜色に染まっているように見えた。


「エヴァ、か。良い名前じゃな。——あれだけの炎の使い手を忘れるものか。約束しよう」


「……ん。ちゃんと約束、して」

 

 そういうと、エヴァは右手の小さな小指をワシに突き出してくる。


「私のことを忘れないで。私のことを無視しないで。……ちゃんと、私のこと、見てて」

 

 いつの間にか、エヴァは緋色の瞳でワシのことを真っ直ぐに見つめていた。その視線を受け止めるように、ワシも視線を逸らさない。そのまま、控えめに伸ばされたエヴァの小指にワシの右小指を絡めた。そして、小指同士がしっかり結ばれた状態で、


「「指切りげんまん、嘘ついたら針千本ーます。指切った!!」」


 と宣誓のおまじないを二人で唱えた。


 小指が離れたあと、エヴァは自分の右手の小指を何故か嬉しそうに何度も眺めておった。……? そんなに喜ばれるような事をしとらんと思うのじゃがなぁ。まぁ、喜んでおるなら良い事なのじゃが。


 過去世でも決闘を戦った相手とこのような形で友誼を結べることはとても稀な事じゃった。


(——あ、そういえば、今のワシの人生で初めての友達やもしれぬ)


 家族以外で同年代の子供と交流を持つことが今までなかったため、今世の友達第一号ということになる。……ん? ワシらってもう友達って事でいいんじゃよね?


「あっ、お嬢だけズルいッス! 僕らも友達になりたいッス!」


「自分とも握手して欲しいのです!」


「よろしくなんだなー!」


 エヴァの子分たちもわらわらと集まってきて、ワシらはみんなで握手しあった。そして、彼らの名前も一緒に教えてもらったのじゃ。


「ケイト氏、なんでそんなに強いんスか!?」


 【光】属性の幻術使いの少年、ハルト。


「目が見えてないのに全弾回避されるとか、意味分かんないであります!」


 【多重属性】持ちの少年(?)、ユノ。


「僕もうお腹空いてきたんだなぁ……」


 【風】属性の強撃者パワーアタッカー、ライオル。


 わいのわいの。

 決闘が終われば普通の十歳ちょい(みな、ワシより一つ二つ年上じゃった)の気のいい子達じゃった。


「あーもう! アンタたち離れなさい! ……いい? ケイト。私、まだあなたに負けたって思ってないから。そのうちまた白黒着けてやるんだからね!!」


 その中で、エヴァ一人だけが何やらぷりぷり怒りながらもなんだか嬉しそう(?)にワシに向かってビシーっ!と指先して再戦を宣言してきた。コヤツ、本当にバトル好きじゃのう。


「フフン、威勢だけではワシは倒せぬぞー? じゃが、そうじゃな。お主の炎は本当に凄まじかった。正に、“”じゃった。——じゃから、またろうな?」


「……うんっ!!」


 エヴァ・イクシオリリオンはそこで初めて、年相応のごく普通の少女のように、満開の笑顔をワシに見せてくれた。




「あのー。いい雰囲気で終わろうとしていますが、まだ帰っちゃいけませんよ?」


 和やかなムードでひと段落を迎えていたワシらの後ろから、フレイ女史が声を掛けてきた。……なんじゃろ、背中がムズムズする。嫌な予感がするんじゃが……。


「貴方達五人には今回の騒動を起こした罰として、『迷宮都市ズウロン全域での奉仕活動ボランティア』の指示がギルドマスターの名で出ています。……今度は逃げ出さずに、しっかりこなして下さいね?」


(……!)


「「ええええぇぇーーーー!!(合唱)」」


 ワシを含めた全員の悲鳴が組合ギルド事務所の廊下に響き渡る。ニッコリ笑っている筈のフレイ女史の翡翠の瞳が、銀縁眼鏡の奥で冷たく光っている気がした。……はい、ちゃんとやりますじゃ……。




 ▼



「いやいや、凄まじいモノを見てしまったよ」


 迷宮都市ズウロン。

 【月曜宮ソーマ迷宮ダンジョン】を中心とした探索者シーカーたちの街。

 そこには当然、探索者のための必需品を揃える武器防具屋や道具アイテム屋、傷を癒すための医療院などが集まっている。そういったの一つとして、都市南部にはおびただしい数の飲食店(特に酒を提供する類の)が軒を連ねていた。


 そういった居酒屋バーの一つ。

 表通りから三つほど裏に入った、地元の人間でもなかなか気が付かないところにある一軒の店の扉を開けながら、丸い色眼鏡サングラスを掛けた男がニヤけた表情で入ってきた。


「遅せぇぞ、グリス」


「いやいや、これは遅れただけの価値がある見せ物だったと思うね、僕は」


 グリス、と呼ばれた色眼鏡サングラスの男は既に店の中で待っていた男の向かいの席に、遅刻したことを一つも悪びれない態度で座った。

 待たされていた男は、そんな態度に苛立ちながらも「ンだそれ」と吐き捨てて、続く言葉を待った。……不本意ながら、今の立場としては目の前の男の方が上位者であるからだ。


「僕が今見ているお嬢さんなんだけどね。——どうやら彼女で当たりみたいだ」


 色眼鏡サングラスの男は、今日迷宮ダンジョン第一階層で発生したまだ十歳そこそこの子供達が起こした騒動を、至近距離、同じ広間ホール内から観察していたのだ。

 少年の気配察知にも引率の熟練探索者の注意にも感知されずに、ごく自然に壁に寄りかかって子供達の戦いぶりを観察し、そして


「……そうかよ。じゃあ、もう仕掛けるのか?」


 待たされていた男は、向かいに座る男の色眼鏡サングラスの奥でニヤついた笑いを浮かべた眼を見るのが不快で、極力短い会話でこの時間を切り上げたいと考えていた。だが、その願いはどうやら叶わなさそうだった。


「本当にさぁ、才能って残酷だよねぇ。『努力は裏切らない』なんて薄っぺらい台詞はさ、生まれたときから才能がある人間の言葉なんだよね。だってさ、僕みたいに文字通り努力して、努力して、努力して努力して努力しても、やっとにしかなれない人間もいるんだから。——いやいや、本当にもう、嫌になっちゃうね。ははははっははははは」


 大袈裟な身振りと口調で「どれだけお嬢さんの才能が素晴らしいか」をまくし立てる色眼鏡サングラスの男。遂には頭を抱えて笑い始めたが、その声色には少しも好意的な感情は無く、ただひたすらに才あるものへの憎悪が込められていた。


、だと? 闇の世界でこれだけ悍ましい実績を積み上げておいてよく言う。貴様も異常者だろうに)


 今も目の前の男の哄笑を聞いているだけで背筋に氷水を掛けられたような寒気がする。早く、この時間を終えてしまいたかった。


「——はははははははは、はァーーっ……。あー、本当にね、嫌になるよ。今すぐにブチ殺したい子供の家庭教師になって、碌に話も聞かないガキのお守りをするのは。……こんなクソな仕事は早くお終いにしてしまおう。なぁ、ブラド」

 

 待たされていた男、ブラド・ハイマーは深く身を沈めていたソファーから体を起こすと、


「……ちっ、面倒だが仕方ねぇ。生かしてさえあれば良いんだろう? とっとと片付けてくるか」


 壁に立て掛けておいた両手持剣ツヴァイハンダーを背負い、全身を覆う闇色の外套マントを羽織って店を出て行った。


「……ブラドで事が済めばよし。だが、あの小僧は一体……」


 一人残された色眼鏡の男、グリーヴァス・ノームは今日目撃したに思いを巡らせる。


(あの剣士気取りのガキは邪魔だなぁ。仕事に支障が出る前に、とっとと消えてくれればいいんだけどねぇ)


 迷宮都市の夜が更けていく。

 その暗闇の中で、邪悪な企みが動き出そうとしていた。

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剣と迷宮と薔薇色の人生!〜かつて世界を救った剣豪は生まれ変わって今度こそ恋愛したい〜 紅谷イド @kthanid666999

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