第16話 激突!少女の太陽と少年の月蝕


「——“特別”、か。……それがお主がワシと闘わなくてはならない理由なのじゃな?」


 怒り猛る少女をまっすぐに見つめる。

 少女は怒りを露わにしているが、その眼がワシにはどうにも苦しそうに見えてならなかった。


 少女の魔力はとても大きく、強い。

 前世での魔族との戦争中に「大魔導師メイガス級」と呼ばれたごく一握りの最上級魔術師たちにも引けを取らぬほど濃密な魔力を放っておる。……じゃが。


(苛立ち、怒り、失望——それから、哀しみか……)


 彼女の放つ魔力から、ワシには彼女の不安定な心のうちを手に取るように察することができた。


 『魔術』は術者の『魔力』の影響を強く受ける。

 穏やかで冷静な精神状態で練られた『魔力』であれば、『魔術』は高い成功率で一定の出力で発動させることができる。

 逆に激情に任せて解き放った『魔力』で発動させた『魔術』は、自身の限界を超えた威力を発揮する代わりに常よりも魔力を多く消耗し、継戦能力に欠ける。

 こういった『魔術』の元となる『魔力』の状態から逆算して、術者の精神状態を見抜く技があった。異能スキルと呼ぶ程のものでもない「戦場のならい」といった類のものじゃが。


 特に【火】の魔力には、術者の感情がもろに映し出される性質がある。時としてそれは弱点になるため、正しく魔術の訓練を受けた術者であればその感情の昂りを隠蔽するすべも身に付けていくものじゃが……恐らく彼女はまだそこまで習得していないのじゃろう。


 だが、その分。彼女が解き放った魔力には、少女の剥き出しの「魂」が籠められていた。


「——【燃えろ】」


「ぬぅ!」


 無造作に呟かれた少女の言葉は言霊ことだまとなって、ワシの左腕を包んで激烈に発火する魔術として発動した。

 咄嗟に炎を振り払って少女との距離を取る。

 幸い、空間座標を指定して発動するタイプの魔術のようで、その場を離れれば回避可能であった。じゃが——


「【燃えろ】、【燃えろ】、【燃えろ】」


 回避した先の空間が次々に燃え上がる。

 直撃こそ避けているものの、炎熱の余波だけで着物の裾がチリチリと焦げていく。


(……ぐぬぅ、耐熱の付与がされていてこれか。まともにもらうとマズいのう)


「ああああイラつく! 避けるな!」


「避けるっつーの、こんなもん!」


 燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ……と早口言葉のように連続で空間を発火させる少女。ワシは【警戒網】と【星眼せいがん】を全開にして次の攻撃を先読みし、回避を取る。先の三人の時とは違い、術者の手元で発動した魔術を飛ばしてくる「投射型魔術」ではなく、いきなりその空間で炎が燃え上がるような「座標指定発動型魔術」であるため、たった一人を相手にしているにも関わらず先程までよりもよほど時間的猶予が少ない。


 無造作に魔術を乱発する少女と、それを回避し続けているワシ。普通であればどちらかの体力か魔力が底を付くことでこの均衡は途切れるものじゃが、銀龍戦の後からも体力作りに余念の無かったワシにはまだまだ余裕がある。……しかし、少女の方にもまだ底は見えぬ。


「……ねぇ、どうして魔術を使わないの?」


 発火を続けながら、彼女がぽそりとワシに向けてうめくように呟いた。


「百年に一人の【くう】属性の魔力持ち。誰もが望んでも、手に入れられなかった“特別”な才能。 ……でも。そんなのこと、あなたにとってはきっと何の意味もないんでしょう?」


 いつしか少女はワシに向けた言葉を紡ぎながら【燃えろ】の一言も無しに任意の空間を連続で発火させていた。予備動作が少なくなったことで先読みの精度が若干下がり、発火の発動からワシの回避までの余裕がいよいよ無くなっていく。


魔力量キャパシティが少ないから? それとも剣の方が得意だから? ……いいえ、あなたは鹿のよ」


 恨めしげに細められた視線。

 怒り、憤怒、そして泣き出しそうな悔しさ。

 少女から噴き上がる魔力が空間を支配すると、全方位から彼女の感情がダイレクトに突き付けられる。


「なっ!? 魔術を使うかどうかで何故そんな話になる!」


 空中で捻りを加えた宙返りを決めて、炎上を回避する。ワシの回避が成功する度に、少女は苛立ちを深めていく。


「〜〜〜〜っっ!! いい加減喰らいなさいよ!! あなたのその態度がっ! 私たちを馬鹿にしてるって言ってるのっ!!」


「……ぐぅっ!!」


 同時に複数の発火が始まる。

 明らかに感情の昂りによって魔術の威力と範囲が拡大しておる。それと連動して、彼女の星紅玉スタールビーの瞳が煌々と輝きを増していく。


「私たちは生まれた時から“特別”なんかじゃないから! こんな後付けの力を持たなくちゃ何者にもなれないの! 私たちは、そうやって生きてるの!!」


「何故、そこまで“特別”にこだわる!? お主はお主じゃろうに!」


 いよいよ回避が間に合わず、袴の裾を燃やしながらワシも問い返す。——それに、彼女は哀しそうに微笑みながらこう答えた。


「お父様に愛されているあなたには、たぶん一生分からないわ————【】」


 ワシが発火を回避した先で、ワシの背中側の空間が一瞬収縮する。これまでの連続発火に神経を集中させていたワシに、それを知覚するまでのごく僅かな、しかし致命的な遅れが生じる————次の瞬間、空間が炸裂した。



「——————【縮地しゅくち】」


 閃光。轟音。激震。

 爆炎が噴き上がり、天井を焼き焦がす。あまりの高熱に広間ホールの岩石でできた石床が赤熱化し、辺り一体の空気がゆらゆらと陽炎かげろうを立てた。

 半径五メイルの範囲にあったもの全てを焼き砕いた爆炎は、しかし、ワシの身を焼くことは叶わなかった。


「——外したっ!?」


「……やれやれ。ワシでなかったら死人が出ておるぞ?」


 ワシの背中側に位置していた爆心地から、さらに後ろに十メイルほど下がった場所に、ワシは立っていた。


 先程の一撃。

 まともに食らえば、耐熱の付与がついたこの着物であっても耐えきれぬ爆撃であった。前世の水準で「大魔導師メイガス級」と想定したことは間違いではなかったが、まさかとは思わなんだ……。

 

 これは最早子供の決闘ごっこの域を超えておる。——決着を着けねばな。


「……そんなに見たければ、ワシの魔術を見せてやろう。“”、じゃぞ?」


 ゾンッ!


「!?」


 少女の真正面、距離にして十メイル程離れた場所に立っていたワシは、空間がひずむ音を残して、に瞬時に移動する。


「なっ!? いつの間に!?」


 すぐにワシの気配に気が付き、即座に距離を取る少女。良い反応じゃが……それでは遅すぎる。


 ゾンッ!


「のう、お主」


「!? また後ろにっ!」


 ゾンッ!


「お主の言う“特別”とは」


「くっ、また!」


 ゾンッ!


「こんな小技すら出し抜けぬ、つまらぬものなのか?」


「なんでっ、なんでっ!!」


 ゾンッ!

 ゾンッ! ゾンッ!

 ゾンッゾンッゾンッゾンッゾンッ!!!!


「その程度の力で自分を“特別”と驕るなど……わ」


「ああぁぁああああああっっ!!!!」


 何度も何度も、心を折るように距離を取ろうとする少女の背後へと跳躍するワシ。

 今や、追うものと追われるものの立場は完全に反転していた。


「……何よ。何よ、それ!!」


「先ほども言ったであろう。……お主が使えと言ったワシの魔術、【縮地しゅくち】と」


 【縮地しゅくち】。

 剣術や武術の世界で広く知られる「歩法」の奥義。

 たいの脱力によって真下に自然落下する勢いを以って、初速から最高速度での移動を可能にすることによって、まるで「地面を縮めた」ように錯覚させる技————


「【くう】の術式の初歩の初歩。『空間の跳躍』をその身で体感した感想はどうじゃ?」


 ワシの【縮地しゅくち】は、

 一般的に「空間の跳躍」や、「瞬間移動」とも呼ばれる技。

 これはかつての人魔大戦の時代であれば、ワシの持つ【くう】属性含めて決して珍しい技ではなかった。だが、この現代においては、ほとんど伝説の中にのみ記述を残す絶技と思われているようじゃ。


 少女の瞳が明らかに動揺する。

 恒星から放たれる紅炎コロナの如く周囲に噴き出していた彼女の魔力は、今やその勢いを失い始めていた。


「——そんなの、ズルい。どうしろって言うのよ……!」


「それはお主が決めるしかないのう。敵わないと思えば、引くこともまた勇気じゃよ」


「…………ダメ。私は、引かない」


 だが、少女は悲壮な表情を浮かべたまま、決して俯かずにワシを睨み続ける。——まるで一歩でも引けば、その瞬間に命が尽きるとでも言うように。


「……そうよな。引くくらいなら、初めから仕掛けては来ぬよな」


 立ち合いを始めてまだそう時も経ていないが、ワシはだんだんとこの少女のことが分かり始めていた。

 泣きそうな顔をしながら、だかしかしこの子は絶対に怖気おじけを見せたりせぬだろう。内心の震えを押し殺しながら、敵に牙を剥いて吠え続けるのだろう。


 それが、彼女の『誇り』なのだ。


 それこそが、真に少女を“特別”にするものなのだ。


(肝心の本人は、まだそれに気付いていないようじゃがのう……)


 そして。

 決意を固めた表情で、少女は告げる。


「……避けないで」


「は?」


「次で最後にする。本気の本気、全力をこの一撃に篭める。……だから、お願い。ちゃんと受け止めて」


「いやいや、流石に直撃したら死ぬが!?」


「避けたら殺すから!!」


「話を聞けっつーーに!!」


 ああああ、ダメじゃ、アヤツ本気で魔力を圧縮し始めたぞ!

 先ほどまでの周囲に拡散していく魔力ではなく、空間を軋ませながら明確に一点に向けて凝縮、集中していく魔力は明らかにその「質」が変わっていた。


(……ぐっ、アレは真面目にヤバいのう。まるで小さな太陽じゃ)


 頭上に掲げられた少女の両掌の間に精製された真っ白に輝く小さな小さな【火球】。

 ただの【火球ファイアボール】であれば【火】属性の魔術の初歩の初歩なのじゃが、これだけの魔力密度となると、最早全く違う次元の魔術となっておる。


(あれを喰らったらワシとて絶対死ぬ。マジで死ぬ。じゃが避けたら爆風で子分らあの三人が死ぬ。……ならば!)


「——理解わからせてあげるわ、これが今の私の“全て”!!!!」



大魔法グランマギカ一握の太陽ハンドフル・サンシャイン



 空間を歪ませながら、少女は掌の中の小さな恒星をワシ目掛けて豪速で投げ放った。

 粘度の高い水中を進むように【火球】はゆっくりとワシに向かって進んでいる

 ——これはそうじゃない。


 世界が


     遅れて


          見えているだけ。




空剣技アーツ虚天穿つ月蝕イマジナリー・エクリプス




 神木刀・ひじりの刀身表面に【くう】属性の魔力を付与。少女の放った【火球】の核を真芯で捉えるその刹那に展開。——抜刀から縦一文字に振り抜かれる刀身が通る空間上のあらゆるものを虚空へと消し飛ばす剣閃は、少女の太陽を真っ二つに切り裂いた。


「う、そ」


「……な? ワシ結構魔術使うじゃろ?」


 魔術の核を削り飛ばされ、内包した魔力の大半を失った【火球】は、ワシの左右を通り抜けて広間ホールの壁に激突し、爆砕した。


 ズドドォォォォオオオオオン!!!!!!


 

 ……余波でコレぇ?


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