第15話 強襲!紅焔の少女と紅蓮隊


「お主、悪い子じゃなぁ。よしよし、ちょっと待っとれ」


 フレイ女史の様子を伺う。

 ……流石、熟練の探索者シーカー。子供達を教えながらも周囲への注意を欠かしておらぬ。だが、新しい魔物の出現時など、時々その警戒が薄まる瞬間があった。——今っ!


「声を出すでないぞ?」


「えっ」


 隣の少女の手首を引いて、ワシは【隠形おんぎょう】を行う。自身と周囲の気配を希薄にし、注意から逃れる異能スキル


 気配を殺してそそくさとその場を離れるワシら。フレイ女史の注意を外したまま横道に逸れて、少女と二人で抜け出すことに成功する。


「ふぃー、上手くいったわい。でもこれ絶対あとで怒られるのう。……お主もちゃんと一緒に謝ってくれよ?」


「……フン、そんなの知らないわ」


 少女はワシの手を振り払うと、先に立ってどんどん歩いていく。……迷いのない足取りじゃなぁ。はてさて、どこへ向かおうとしとるのか。


 そのまま何も言わない少女の後ろを着いて歩いていくと、行き止まりの通路にぶつかった。


「……こっちよ」


 発光する鉱石の密度が薄いのか、その通路は他の道と比べて薄暗かった。突き当たりの壁まで少女の後を歩いて行くと、壁の中でも光源から遠いために影になっている箇所に向かって、少女は「するり」と通り抜けていった。


「おお!? 幻術か!」


「騒がないで。……私の子分にね、こういうのが得意な子がいるの」


「子分?」


 本物の壁と見まごう幻術の壁をワシもするりと抜けると、その先は行き止まりだが天井が高く開けた直径50メイルほどの広間ホールになっていた。

 ……待ち伏せされておったか。周りに何人か潜ませておるな。


 ワシをここまで先導してきた少女は、そのまま広間ホールの中央まで歩みを進める。

 そして。

 ワシの方へゆっくりと向き直った。


「——それで、ワシに何の用なんじゃ?」


「あなたって、そんな話し方なのね。……変なの。おじいちゃんみたい」


 ワシはそこで初めて少女と目が合う。

 燃え盛る劫火ごうかを閉じ込めた星紅玉スタールビーの瞳。

 紅蓮の炎によく似た髪と相まって、炎の化身イフリートの幼生体のようじゃ。


 まだ幼さの残る顔立ちながら、ワシを真っ直ぐ射抜くように見つめるその目には、明確な意思が宿っていた。

 強く、苛烈で、攻撃的な意思。


(……これは、アレじゃな)


 ——決闘、じゃな。

 見知らぬ少女から申し込まれるとは思わなんだが、これもまたえにしというもの。きっと彼女なりにワシと闘う理由があるに違いない。

 今世では初じゃが、前世では幾人もの猛者たちとこうやって立ち合って、鎬を削ったものよ。……くっくっく、久々に昂るのう。これを受けずに背を向けるは武士もののふの恥じゃ。


「……驚かないのね」


 女の子は、ワシを真っ直ぐに見据えたまま話し出す。少女の口調は硬く、緊張している様にも見える。


「まぁ慣れておるしのう。闇討ち、待ち伏せ、誘い込み、どれでもドンと来いじゃよ」


「……あなた、本当に十歳なの?」


 ふふふ、なかなか鋭いではないか。本当は百と十歳のお爺ちゃんじゃよ。


「じゃあ、本当にそうさせてもらっても後で泣き言言わないでね? ……アンタたち、やっちゃいなさい!」


 広間ホールに点在する岩陰に身を潜めていた者たちが姿を現した。……ふむ、全部で三人か。全員ワシと同じ年頃の少年のようじゃ。


紅蓮グレン隊、参上ッス!」

 

「お嬢の敵は、ボクらの敵であります!」


「な、泣いたってダメなんだからな!!」


 ……見たまんまの子供たちじゃなぁ。一人なんて、自分がもう泣きそうになっとるじゃないか。


「の、のう? こやつらは本当に戦えるのか……?」


「……っ!! アンタら! シャッキリしなさい! 後でぶっ飛ばされたいの!?」


 恥辱なのか怒りなのか、顔を幾分紅潮させて少女は叫ぶ。……その一声で逆に少年たちはみな萎縮してしまっておる。うーむ、指揮官としてはまだまだじゃのう。


「無理に来ずとも良いぞ? ……じゃが、来るなら手加減せぬがのう……!?」


 !?ビキィ


 と、強烈にメンチを切って、これ見よがしに圧力プレッシャーをかけるワシ。くふふ、ビビっておるビビっておる。これで引いてくれるならそれはそれでいいんじゃが……おお、みな持ち堪えたな。偉いぞ少年たち。


「ううう、怖いッス……」


「ボクよりチビのはずなのにデッカく見えるであります……!」


「ま、負けないんだな!!」


 泣きそうだった少年が一人気を吐くと、それに伴って他三人の顔も覚悟が決まったように引き締まった。


「アンタたちは私が見つけた“特別”な才能があるんだから! 戦いなさい!!」


「「「い、いくぞぉーーーーーー!!」」」


 少女のげきを引き鉄にして、少年たちはワシに向かって駆け出した。よし、来い!


「……ひ、陽の光にいとわれし者よ、汝に明けぬ朝が来る。——【暗中模索インザダーク】!」


「む!」


 突如、視界の全てが暗黒に塗りつぶされて真っ暗になった。成程、「目潰しブラインド」の魔術か。


(うーむ、手元すら見えぬ。やるのう)


 母上の縫ってくれた着物には【状態異常抵抗Ⅰ】が付与されておるが、この魔術はそれを貫通できたようで、随分と精度が高い。


(じゃが、この程度ではワシの動きは止められぬぞー?)


 視覚は封じられても、足音を聞き取る聴覚と空気の振動を感じ取る触覚が生きている。更に言えば「気」の【警戒網】で三人の方角と次の動きは丸わかりである。ほうら、来たぞ!


「【石弾ストーンバレット】!」


「【風刃ウインドエッジ】!」


 一人の「目潰しブラインド」の魔術で暗闇に囚われて混乱している筈のワシに、左右方向から同時に魔術で攻撃を加える残りの二人。なかなか容赦が無くて、良い連携じゃ。


「えっ!?」


「な、なんで!」


 じゃが、甘い甘い。ワシは飛来する魔術弾をひらりひらりと最小限の動きで回避する。ふふふ、驚いておるな?

 敵に回避させないというならば、より弾幕の密度と速度を上げねばな。特に【石弾ストーンバレット】や【風刃ウインドエッジ】などの投射系の魔術は、魔力の動きで初動から見切られやすい。


「うわあぁぁぁっ!? 【石弾ストーンバレット】! 【火弾ファイアバレット】! 【水弾ウォーターバレット】! 【風弾ウインドバレット】!」


(おお! この子、多重属性持ちか!)


 矢継ぎ早に繰り出される魔術の数々に思わず舌を巻く。【元素四属性】全部持ちとは、剣豪ラゴウであった頃にもそうそうお目にかからなかった。真に素晴らしい才能じゃのう。……じゃが。


「こ、このぉ!」

 

「くははは、当たらなければどうという事もないのじゃーー!!」


 属性が複数でもやる事自体は変わらない。

 めちゃくちゃな動きのまま、飛来する魔弾を避けて潜ってすり抜けて、多重属性持ちの子の側まで接近する。至近距離で乱射する魔弾が何故か掠りもしなくて恐慌パニックに陥っている少年(……ん?)に、「まだ、やるかのう?」ニッコリ笑ってやると、へなへなぁ〜と腰が抜けた様に座り込んだ。


「う、うぅ。降参であります……」


「よしよし、よう頑張ったの。お主はここで座っとれ」


「はいです……」


 その子は戦意を喪失してくれたようで、あと二人となった。


「こ、こうなったら最終奥義、なんだな!!」


「えっ、もうッスか!?」


「出し惜しみは無しなんだな!!」


 【風刃ウインドエッジ】を放っていた一番大柄の少年が全身で魔力を練り上げていく。それと同時に、ワシの視界が正常に戻った。見ると、「目潰しブラインド」の魔術を用いた少年は別の魔術の詠唱を始めている。同時に複数の魔術は使えぬと見える。


「うぅうおぉおおぉぉぉぉぉ!!!!」


 バチバチバチバチ!!と、圧縮された風の魔力が空気中に放電現象を引き起こす。全身に纏った高密度の魔力の風は、少年の身を守る鎧にも敵を削り取る武器にもなるじゃろう。


悪戯いたずらな光の精霊よ、眩い光の中に真実を隠せ。——【偽りの鏡像ライアー・ミラー】!!」


 光の精霊、か。先の「目潰し《ブラインド》」も【光】属性魔術の応用じゃったか。

高らかに告げられた呪文と共に光属性の少年が魔術を発動させると、風を身に纏った大柄な少年が五人に分身した!


「いぃぃくぞぉぉぉおおおおおお!!!!」


 引き絞った弓を放つように、五人の風の少年は雷光を引き連れたままワシに向かって超高速で突進する!!


「——む、これは!」


 先の詠唱から、『対象の姿を分身させるが、気配や魔力で真偽の判別は可能』と予想を立てていたワシだったが、実際に感知してみれば五人の少年の気配も魔力も等しく同じであった。


(そこまでコピーできる魔術か! すばらしい! 実に美事みごとじゃ!)


 無論、実体が五人に増えた訳ではないだろうから虚実があるのだろうが、超高速の突進を喰らうまでのごく僅かな時間で真偽を判別するのは困難を要する。……、な。


「これは、こちらも技の一つも見せねば無作法というもの。——ゆくぞ。剣技アーツ・【朧三日月おぼろみかづき】」


 フェイントを交えながら高速で周囲を飛び回っていた五人の少年が、同時にワシを直撃する瞬間。木刀の間合いに入ったところを


「「「「「えっ」」」」」


 この剣技アーツは、本来ならば交差法的に刃圏に入ったもの全てに斬撃を叩き込むカウンター技なのじゃが、今回は少年の身体をそっと逸らすように木刀を振るう。

 勢いそのままに進行方向を変えられた少年は、


「ぎゃふん!!!!」


 地面と派手に激突して、ダミーの四体はぼふん!と消滅してしまった。……あ、良かった。本体も眼を回しているだけで無事じゃな。


「……して、お主はどうするかの?」


「降参するッス!!」


 残った【光】属性の幻術使いの少年は勢いよく両手を掲げて白旗を上げた。


「自分、攻撃魔術一個も使えないんスよね……根がビビりなんすよ」


「何を言う。お主の魔術はどれも素晴らしかったぞ? ナイスファイトじゃ」


「へへへへ! ありがとッス!」


 照れたように笑う少年。いや本当に三人とも想像よりもずっと素晴らしい力の持ち主じゃったわい。


 ——さて。


「お主の子分たちは、みな立派に戦ったぞ? ……お主は来ぬのか?」


 挑発を向けると、紅い髪の少女は広間ホール全体を震えさせるほどの魔力を怒気と共に解き放った。


 あかく、

 あかく、

 あかい、

 純然たる、根源たる、【火】の魔力。



「どいつもこいつも、ホント役立たずでイラつく……!! いいわ、あなたに私の“特別”を見せてあげる」


 少女の瞳が一際爛々らんらんと輝きを増していく。

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