第14話 潜入!はじめての迷宮探索


 儀式が済んだので、さぁ家に帰るか、というとそういう訳ではないのだった。


「大概の場合はな、『誦魔しょうまの儀』で分かった属性の“試し撃ち”をしに迷宮ダンジョンへ行くんだ。というわけで、明日っからはケイトも迷宮ダンジョンデビューだぞぉ!」


 ワシの結果を受けてややしょんぼりしていた父上は、儀式の後の宴会をしているうちに本調子に戻ってきたようじゃ。いくらでも飲めるくせに真っ赤になる顔で上機嫌に明日以降の予定を教えてくれた。


迷宮ダンジョン……! くふふふ……楽しみじゃのう、ワクワクするのう」


 遂にこの日がやってきた、というものじゃ。

 転生する前の世界、ワシが剣豪ラゴウとして生きた時代と最も大きく違うのがこの「迷宮ダンジョン」の存在じゃ。


 今の時代は、子供は皆『誦魔しょうまの儀』で魔力測定を行った後、特別な事情などがなければ全員迷宮探索者ダンジョン・シーカーとして登録するのだという。勿論、戦闘に適性のない子供もおるし、戦いたくないという子供もおるが、魔術の練習やちょっとした初級薬草や低級鉱物の収集などの「お使いクエスト」で誰もが迷宮ダンジョンの浅い階層は出入りする。これがこの時代の当たり前なんじゃと。


迷宮ダンジョン入れるようになると、ガキどもは小遣い稼ぎで薬草取りとか鉱石掘りのクエスト受けるんだ。んで、調子に乗って二階層、三階層まで進んで、ちょっとアブない目に遭って泣きを見るところまででワンセットだな」


「ちょっと! そんなことまで教えないでよ、もう」


 きっと自分の子供時代の事なんじゃろうなー、と父上の話を聞きながら想像する。随分無鉄砲なこともしていたらしい。……うーん、父上じゃなあ。


「だからな、迷宮ダンジョンに入る時には誰が入ったか、まだ戻っていない探索者シーカーがいないかを管理するために『入場登録』が必要なんだ。んで、その為にコレがいる」


 父上は首から下げた白銀に輝くメダリオンを取り出す。硬貨コインほどの大きさのメダルには、細やかな彫刻で広げた六翼の翼と剣のマークが施されており、食卓の洋燈ランプの光を反射して煌めいていた。


「『探索者証シーカー・エンブレム』だ。裏に個人の名前が彫り込んである」


 探索者証シーカー・エンブレム

 この小さなメダリオンは魔導工学の粋を集めて作られているのだという。持ち主個人の魔力の特徴を記憶し、その能力や異能スキルの習得状況も記録される。【ステータス】と呼ばれるその個人記録は、基本的には他人に見せることはできないが、探索者シーカー個人の許可または探索者シーカーが死亡した場合には他人の閲覧が可能になる。

 苛烈な魔物の攻撃にも年月による風化にも決して壊れることはなく、迷宮ダンジョン内で命を失った探索者シーカーが最後に亡骸と共にその足跡を遺すものと言われているらしい。


「明日はまずコレの発行をしてもらって、そのあといよいよ迷宮攻略ダンジョン・アタックだ!」




 ▼


「えええええ!? 父上、一緒に来れないのぉ?」


「スマン! 本当にすまん!! どうしても来いって仲間から言われててなぁ」


 翌日。

 ワシと一緒に迷宮ダンジョン潜る気マンマンだった父上は、早朝に宿にやって来たパーティメンバーの方々に捕らえられていた。なんでも、配信で昨日の儀式に関する「質問返し」をしろと言われているらしい。


「お前が散々期待を煽ったせいで視聴者のコメントがえらいことになってる。責任取れ」


 とのこと。

 ワシのことで迷惑掛けるのう……と思っていたら、父上のパーティメンバーの一人である斥候役の【盗賊シーフ】、ミュウリィさんから「キミのせいじゃないからねー? 悪いのはキミのパパ熊だからねー?」と頭を撫でられた。


 猫人族のミュウリィさんもフレイ女史と同じく元々は母上パーティのメンバーで、今も現役で探索者シーカーを続けている一人なのだそうじゃ。昔はライバル関係だった父上と母上のパーティは母上の探索者シーカー引退を機に辞める人間と残る人間に分かれて、残るもの同士でパーティを統合し、そうして今は父上と同じパーティで戦っているということらしい。


「行くぞっ、オラ! しゃきしゃき歩かんかい!」


「ああああ〜〜〜〜……ケイト、気を付けて行けよー」


 さっきまで優しいお姉さん風だったミュウリィさんが、借金取りみたいな声で父上を引き摺っていく。さらば父上。行ってきます。


 母上は宿でまだ小さいミラとアトラとお留守番。じゃあワシ一人かーと思っておったら、また来客があった。


「おはようございます、スピカ」


「おはよう、フレイ。朝早いのに悪いわね」


 丁寧で真面目そうな声で挨拶をしてくれるのは、昨日も聖堂で出会ったフレイ女史じゃった。


 今日も頭には尼僧シスターのフードを被り、尼僧服をぴったりと着こなしているフレイ女史じゃったが、昨日と大きく違う点があった。


「……ああ、コレですか? 私の武具なんですよ」


 薄手の尼僧服の裾から見えるギラギラと鈍く輝く金属の籠手ガントレット脚甲グリーヴ。強い存在感を放つそれらは、明らかに上位の金属で作られた防具兼武具だと思われた。


(フレイさん、【武僧兵モンク】って言っておったのう。……あれで殴る蹴るするのか)


 うむぅ、痛そう。

 

「それじゃあ、今日はケイトのことをよろしく頼むわね」


「はい、スピカ。一命に変えましても」


「もう、大袈裟ね。……でも頼んだわ」


 フレイ女史は、聖堂の仕事として今日のワシのように親の付き添いが難しい子供達を集めて、迷宮探索のイロハを教えてくれる「初級講座」の講師をしているそうじゃ。そういうわけで、ワシは着物の腰に父上から貰った木刀を刺してフレイ女史と共に迷宮ダンジョンに向かうこととなった。



 『迷宮都市ズウロン』が誇る“世界最古の迷宮ダンジョン”、それが【月曜宮ソーマ迷宮ダンジョン】じゃ。

 都市に来る際に馬車から見上げた歪に捩くれ曲がる尖塔群を見上げながら街を歩くうちに、その足元までワシらは辿り着いていた。


 既に、ダンジョンの入り口前広場にはワシと同じ年頃の子供達が十名ほど集まっていた。皆一様に灰色の、だが真新しいメダリオンを首から下げておる。


「ケイト、貴方にもこれを渡します」


 フレイ女史はワシにも皆と同じメダリオンを手渡してくれた。言われるままに首から下げると、灰色のメダリオンは極僅かにワシの魔力を吸収し、背面に自動的にワシの名が刻まれた。


屑石ストーン探索者シーカー:ケイト・レシュノルティア】


 これで個人登録が完了したらしい。


「これで皆の準備が整いましたね。それでは、迷宮ダンジョンへ向かいましょう」


 フレイ女史の号令で、ワシを含む子供たちは迷宮の入り口へ進む。

 天をこする尖塔の根元に位置する迷宮ダンジョン入り口は、高さ二十メイルを超える黒鉄の大扉で閉ざされていた。

 入場を登録したものが前に立つと、大扉は一人でにゴゴゴゴゴ……と空気を振動させながら左右へとゆっくり開いていった。


 扉が開き切ると、迷宮ダンジョン内の空気がこちらへ吹き出してきた。

 生温く、どこか動物的な臭いと肌が泡立つような気配を感じる。——ああ、懐かしい。これは戦場いくさばの空気じゃ。


(うっひょー、テンション上がるのう!!)


 ドキドキと高鳴る胸を押さえて、迷宮ダンジョン内部に足を踏み入れる。

 他の子供達はワシと似たような昂奮した顔をしたものや、不安そうに前の子の裾を掴んでいるものなど様々な反応じゃった。


(……ん?)


 視線? どこかからワシらを見ている気配がした。……ふむ、害意は無さそうじゃが。


 フレイ女史を先頭に、ワシらは一団となって迷宮ダンジョン第一階層を進んでいく。

 【月曜宮ソーマ迷宮ダンジョン】は外観上、天に向かって聳え立つ捩くれた尖塔の形をしておるが、内部はもう全く様子が違っていた。


「全然、建造物って感じじゃないのう……」


 黒鉄の大扉の内側は、いきなり岩を掘り広げられた坑道じゃった。坑道内に光を灯す鉱石があるのか、不思議と迷宮ダンジョン内は明るく、遠くまで見通すことができた。入り口すぐに大きな空間が広がっていて、そこから放射線状に何個かの横穴が続いている。いきなり分かれ道じゃ。


「今日は弱い魔物だけ出てくる第一階層のみで活動します。皆さん、危険なので勝手に先に進まないようにしてくださいね」


 フレイ女史は子供達へそう声をかける。

 暫くすると、物陰に動くものの姿を捉えた。


「あっ! モンスターだ!」


「僕知ってるよ! あれスライムでしょ!」


「そうです。よく知っていますね。では、キミに最初は任せましょうか」


 物陰からワシらの前にぷるん!と飛び出したのは直径三十セント程度の透き通ってプルプルした魔物、スライムじゃった。

 低層に出現するスライムは弱い魔物の代表格、というよりも「攻撃手段がない」ことで有名な魔物じゃ。

 主に迷宮内の鉱石や苔類、他のモンスターの死肉なんかをゆっくりと溶かして摂食しているらしい。……が、その速度があまりにもゆっくり過ぎて普通の探索者シーカーがくっつかれたところで溶け出す前に簡単に振り払える。つまり、「基本的に無害」な魔物として子供も知っている存在じゃ。


「キミの魔力は何属性でしたか?」


「ぼ、僕、地属性でした」


「そうですか! 実は私も地属性なんですよ。お揃いですね。……それでは、初級魔術【投石ストーンシュート】を覚えましょう。大丈夫、とても簡単ですよ」


 フレイ女史は落ち着いた声で前に出た少年に向かって魔力運用のコツを教えてくれる。その間も周囲への警戒を怠っていない。良い教師役じゃなぁ。


 地属性の少年は、フレイ女史に教わった通りに全身に廻る魔力の流れを想像し、操作する。


(ほぉ、上手いもんじゃなぁ)


 初めての魔力操作だろうに、その少年は難なく魔力を操作してみせて、掌の上に小石を精製した。


「とても上手ですよ! ではそれを魔物に向かって強く、早く、飛ばすイメージをしてください」


「ううん……えいっ!」


 パシュッ!

 

 小気味いい音を残して、小石は真っ直ぐにスライムに向かっていって、脇に外れた。


「あぁ、ハズレちゃった……」


「すごいです! 初めててこれだけ真っ直ぐ飛ばせたら十分ですとも。さぁ、もう一度!」


 熱心なフレイ女史に促されて、少年は何度か【投石ストーンシュート】をスライムに向けて放つ。


「あっ! 当たった!」


 飛んで行った小石がスコン!とスライム内の核を捉えて、そのままぷわん!とスライムは消滅した。消えたスライムの代わりに空気中を漂っていた光の小粒が、少年の体に向かっていって吸収される。


「おめでとうございます! 貴方は今、スライムを倒した分の経験値を得ました。これを続けていくと、【位階レベル】が上がりますよ。頑張ってくださいね」


 やったぁ!と飛び跳ねて喜ぶ少年。

 次私ー! 僕もー! と他の子供達も次々に手を上げる。うーん微笑ましい光景。


 ……じゃがちょっとワシ、退屈じゃなー。

 本当はもっとバリバリ魔物と闘いたいんじゃけど……、と内心ウズウズしておったら、隣にいた女の子がワシにこっそり耳打ちしてきた。


「……こんなザコ潰してもダルくない? 私たちでさ、もっと深い階行っちゃおうよ」



 えーっ、それはちょいと、良くないんじゃないかのう?(ニッコリ)

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