第13話 騒然!秘められし魔力の性質


 祭壇に向かう前、中央の赤絨毯まで出ると聖堂内のざわめきが一際大きくなった。


「あの子の番だ!」


「『熊戦士ベルセルク』と『白聖女セイント』の息子か」


「熊が配信でやたら自慢してた子だろ? 実際どーなのかねぇ」


「うわーキレーな子……」


「あれ、女の子だったっけ?」


「なんか変な服着てるな」


 ……ワシ、めちゃくちゃ目立っておる。

 前世でもあんまりこういう目立ち方をしたことが無いからやたら気恥ずかしいのぅ。

 あと、母上の着物を変な服ゆーな。


 祭壇の前まで行くと、老神官とフレイ女史が待っていてくれた。


「さぁ、心静かに祈りを捧げるのです」


「う、うむ」


 心静かに。心静かに。

 うーむ、なむなむなむ……。


 精神修養の修行で散々黙想をやっていたお陰で、儀式に入ると自然に周囲の雑音は全く気にならなくなった。

 そのうちに、ワシの頭の上から天に向かって真っ直ぐに魔力の線が伸びて行って、何か大きな存在と繋がった感覚があった。


(ゲ、この気配は)


『ゲ、とはなんだゲ、とは! よーうバカ弟子。麗しくて最強なお師匠様が来てやったぞ!』


 『剣神リノ』。

 ワシの前世、剣豪ラゴウの師匠にして、世界を作りし「始祖神」の一柱ひとはしら


 この『誦魔しょうまの儀』では、自分に最もあった始祖神から魔力と魔力量キャパシティを告げられる、と聞いておったが、まさかここで師匠が出てくるとは思っとらんかった……。


『おーん? お前、やたら可愛い顔に生まれ変わったじゃないか。ミトから聞いたが恋愛したいんだって? もうヤったか?』


(師匠、セクハラやめて下さい)

 

 こちとらまだ十歳児じゃぞ? なんつーこと聞くんじゃ。

 ゲラゲラゲラ、とちょー下品な笑い声を上げる師匠。降臨したその姿は、着流しの前をだらしなく開いて、赤鞘の野太刀を肩に担いで腰に酒瓶をぶら下げているという「いつもの」スタイルじゃった。あー、本当に懐かしい。懐かしいけど、全然嬉しくないのじゃ。


(ホラ、師匠。次も控えてるんでサッサと魔力のこと教えて下さい)


『んだよ、折角来てやったのに。じゃあ、ホレ』


 っ! と師匠の左手が一瞬虚空に掻き消える。

 次の瞬間、ワシの眉間の真ん中に突然、


 ばっちーーーーーーん!!!!


(い゛っっっったぁ!?!?)


 神速のデコピンが炸裂した。

 脳がシェイクされて視界がブレる。

 アレ? コレ精神世界の会話じゃなかったんじゃっけ??


(な、何するんじゃぁ! アホ師匠!!)

 

『ナニって、その体の魔力が知りたいんだろう? 今ので結果出てっから』


(マジですか。いや、絶対デコピンいらんでしょう……)


 精神世界なのに額をさする。おー痛……。


『これで用は済んだな。まぁ、お前も折角生まれ変わったんだから、今度の人生こそは楽しくやりな。“薔薇色の人生ラヴィアンローズ”ってヤツをさ』


(“薔薇色の人生ラヴィアンローズ”、ですか)


 薔薇色の人生、か。そうじゃのう。

 前世では戦に次ぐ戦の人生じゃったからのう。今世では、もう少し楽しいことをして生きていきたいものじゃ。


 師匠はニッと口の端を上げて笑い、じゃーそろそろ行くわー、と言った。

 するすると天に戻っていく途中で、ピタ。と突然止まって振り返ってワシを見下ろす。


『あ、一個言い忘れてたけどよー』


(む?)


『お前、まだ全っ然「剣の極致」に至ってねーから! マジで全然未熟だかんな! あんま調子乗んなよ!?』


(ええええっ!?)


 えーー、結構ショックじゃ……。

 だが、剣の神がそう言うなら真実マジなのじゃろう。ぐぬーっ、今世でもちゃんと修行するとしよう……。


 バッチリへこんだワシの様子を見て、師匠は満足そうにうんうん頷くと今度こそ天空へ帰っていった。


…………

……


「……はっ」


 儀式が終わったようじゃ。

 周囲のざわめきの音が耳に届いて、ワシは意識を取り戻す。……ん? それにしても騒ぎが大きくない?


「おい、もう一回言ってくれ! 


 聴衆の一人がフレイ女史に向かって声を張り上げる。この者だけではなく、多くの人々が口々に騒いでおった。どうやら、ワシが気を取り戻すまでに一度発表があったらしい。


「落ち着いて、皆さん落ち着いて下さい。……もう一度お伝えします。ケイト・レシュノルティアの魔力は【くう】、魔力量キャパシティは【10】です」


 それで、聖堂内の騒ぎはピークに達した。


「【くう】属性だと!?」


「百年は現れてなかった【くう】属性持ちか! 面白い子だね」


「でもさぁ、魔力量キャパシティ【10】って、フツーにヤバくない?」


魔導器デバイスならギリ……? でも魔導具アーティファクトの起動は無理じゃね?」


「ギャハハハハ! キャパ【10】とか、探索者シーカーになってもクソ雑魚じゃねぇか!!」


 おーおー言われとる言われとる。

 後から聞いたが、この儀式の様子はライブ配信されていたようで、そのコメント欄でも似たような否定的なコメントで溢れていたらしい。曰く、「最も希少なウルトラレア属性だが期待外れゴミ」と。


(やっぱこうなったかー……)


 薄々、こんな結果になることは分かっておった。


 長椅子に座る家族の方に目を向けると、父上は硬い表情で目を開いており、母上は困惑した表情を浮かべていた。


 ワシは絨毯を歩いて家族の元に戻る。

 

「……心配すんな。お前の剣は魔力無しでも迷宮ダンジョンで十分通用する。気を落とさなくてもいいからな?」


 父上はワシの頭をわしゃわしゃ撫でながら、不器用に励ましてくれる。


「大丈夫、ワシ落ち込んでおりませぬよ。出来ることはいろいろありますから」


「お、おう。そうか。前向きだな、ケイト」


 魔力量キャパシティ【10】は一般的にはだいぶ不利なパラメータなのであろう。心配そうな父上の様子から、それが見てとれた。

 

 だが、逆に思ったより元気そうな息子の様子にややビックリしているようにも見える。本当に子供想いの父上じゃ。……種明かしがしたいのじゃが、これは言えぬことじゃしなぁ。心配かけて申し訳ないのう。


「そうだ、これを」


 父上は鞘袋に包まれた長いものをワシに手渡してくれる。


「午前中はこれを受け取りに行っていたんだ。……遅くなったが、俺からの十歳の誕生日祝いだ」


 口紐をしゅるりと解き、鞘袋の中身を取り出す。


「おお、これは……!」


 中から現れたのは艶やかに磨かれた、白木の木刀じゃった。

 構えると、ずっしりと重い。

 柄を握り込めば、非常な硬さを持つ木質だと分かる。それでいて不思議としっとりとした木肌を感じて手によく馴染んだ。

 今のワシからすると少し刀身が長い。だが、すぐに背が伸びて丁度よく振ることができるようになるだろう。


(そして……これは、聖気?)


 木刀全体から、神域に満ちる清らかで神聖な気配が漂っている。


「迷宮深層の安全地帯セーフティエリアに生える神木の落ちた枝から削り上げた木刀だ。少し重いが、お前なら問題なく振れるだろう? 銘はそうだな、『神木刀・ひじり』としよう」


「『神木刀・ひじり』……父上、ありがたく頂戴します!」


「おう、丁寧に使うなよ? ガンガン使え!」


 父上はニッ!と笑うともう一度ワシの頭を大きな掌で撫でてくれた。

 儀式はワシの後も続き、西の空に陽が沈みかける頃に全ての子供たちの儀式が終わった。




 ▼



「なんで、笑ってられるの?」


 ——心臓が凍りついた。


 儀式場を見渡せる聖堂上部の回廊の一角。

 誰も通りかからない通路の隅から、私はあの子のことをずっと見つめていた。


「お嬢様、本当にもう戻らないと」


 隣で家庭教師の男が何かを言っていたが、私の耳には一つも届かなかった。頭の奥の方から轟轟ごうごうと血が流れる音が響いて、他の音は何も聞こえなかったから。


 


 私は、その言葉を何度も何度も呪いのように口の中で噛み締める。

 


 蒼い眼と青い髪の少年。

 私の「推し」探索者シーカーの息子。


 初めて近くで見たあの子は、見たこともない変わった服を着て、想像よりもずっと可愛い顔をしていた。

 他の子供達がみんな緊張でカチコチに固まってしまうのに(私の時だって、震えるくらいに緊張した!)、あの子だけはちょっとお散歩に行くくらいの足取りで神像の前まで進んで、期待も不安も無いみたいに静かな顔でお祈りをしていた。


 ——そして、あの光。

 今日、儀式を受けた子供の中で一番大きくて暖かい光が天井から降りてきて、他の大人たちもみんなすごく驚いていた。


「……赤の光! 珍しい、『剣神リノ』様が降臨されたようです」


 家庭教師の男がそんな風に隣で説明していたけど、私はあの男の子がどんな力を神様から授かるのだろう、ってそのことばかりを考えていた。


 結果が分かって、また騒ぎが大きくなって。

 すごく珍しい魔力属性だけど、魔力量キャパシティが全然無いから大したことない、なんて他の人たちが言うのが聞こえた。だから、きっとあの子もガッカリして落ち込んでいるんじゃないかと思った。……でも。


(……どうして?)


 あの子は。

 ケイト・レシュノルティアはちっとも落ち込んでも、悲しんでもいなかった。

 少しも変わった様子もなく、来た時と同じ足取りで家族の元に帰っていって、お父さんの『ベアさま』から何かをもらったみたいで、そのことの方がよっぽど嬉しそうにしていた。


 それを見た時からだ。

 心臓の奥がきゅっ、と冷たく縮まったまま元に戻らなくなったのは。


 私は、去年の儀式で自分にすごく強い【火】の魔力があることが分かった。


 【元素四属性】の中で最も攻撃的な属性である【火】。

 そして、一般的な大人の魔導師の魔力量キャパシティの数十倍にもなる【50万】という膨大な魔力。


 儀式でその結果が告げられ、聖堂内に悲鳴に似た歓声が響き渡った時に「私は“特別”な人間だったんだ!」と思った。

 だって、いろんな人から「流石、ギルドマスターのご令嬢だ!」って褒められたし、大人の魔術師よりも沢山の魔力量キャパシティを持っている事を驚かれたし、同い年の子供たちは誰でも私を怖がって子分になったから。


 この街にいる他の誰よりも、沢山の石ころの中で一つだけ輝く宝石みたいにきっと私は“特別”な存在なのだと思っていた。


 “特別”だったら、お父様もきっと喜んでくれると思った。

 私のことを、褒めてくれると思ったのに。

 

(……そんなの全部、勘違いだった)


 あの子が全然何でもないような普通の顔で家族と話したり笑っているのを見ていると、私はどんどん気持ちが沈んでいく。

 

 魔力の属性が何であろうが。

 魔力量キャパシティが多かろうが少なかろうが。

 私を“特別”にしてくれたものは、あの子にとってはきっと「どうでもいいもの」なんだ。


 そして、もしかしたら、お父様にとっても。


(私、本当は“特別”でもなんでもないんだ)


 視界の端が涙で歪んでいることに気が付いて、慌てて眼を擦った。

 こんな気持ちになるくらいなら、儀式を見にこなければ良かったと後悔した。

 あの子のことを知らなければ、こんな気持ちに気付かなくて済んだのに。




(本当に、それでいいの?)




 ——凍えた心臓の奥で、何かが発火した。


「……いやだ」


 無意識に、口から溢れた言葉。

 「どうでもいいもの」と貶められた私の“特別”が、それを赦すな、傷つけられた誇りを取り戻せ、と叫んでいる。

 

 ——溶け出した心臓から、ほのおが溢れていく。


 さっきまで冷え切っていた体の奥が、グツグツと煮えたぎるような熱を持っている。


 私は“特別”じゃないといけないのに。

 “特別”じゃなければ、お父様から愛されないのに。

 私の“特別”を否定するなんて許せない。


「……私の“特別”を認めないなんて、赦さない」 


 許せない。赦せない。ユルセナイ。


 私は、私を否定するものを赦さない。

 それがたとえ誰であろうと。


「……絶対に認めさせる。私が“特別”なんだって“理解わからせて”あげる……!」



 だから、私が否定する。

 ケイト・レシュノルティアを否定する。

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