第12話 降臨!始祖神たちと誦魔の儀


「うほおおぉ〜〜〜〜スッゲェのじゃ!!」


 いかん。

 思わず、アホの子丸出しの声が出てしまった。

 しかも、入り口すぐの場所で出てしまった声が、高い天井に反響して、より大きく聖堂全域にまで聞こえる声として響いていく。……ワシ、恥ずかしい。


 振り返ると、テンション上がってやらかしたワシを見て母上が口を押さえて笑っておる。……時々、ワシが子供っぽいところを出すと妙に嬉しそうなんじゃよなぁ母上。

 ミラとアトラの年少組も、聖堂の荘厳な様子にびっくりして、口をポカーンと開けておった。


 『九曜聖堂ナヴァ=グラハ

 「迷宮都市ズウロン」が誇る、創世神ミトをはじめとした『始祖神』たちを祀る巨大な大聖堂ドゥオーモ

 街の歴史と同じ長さの築年数を誇り、増築と改修を同時並行で進めているこの聖堂は、完成するまでに更にあと百年かかると言われておる。礼拝堂から吹き抜けになっている高い天井には創世神話の数々のシーンを描いた壮麗なフレスコ画が描かれており、祈りに訪れる信徒たちを驚かしている。……素人目に見ても、これはとんでもないシロモノじゃなぁ。


 壁に飾られたステンドグラスには「始祖神=はじまりのひと」である五柱の神の姿が描かれている。


『創世神ミト』


『天地神シキ』


『豊穣神ユラ』


『輪廻神カイ』


(……あ。お久しぶりですじゃ、師匠)


 その中に、剣を掲げた美しき女神の姿があった。

 『剣神リノ』と銘が示されておるが、これはちょーっと美化しすぎじゃないかのーう? 

 あんのアホ師匠。いっつも酒クサい匂いさせてたし、着流しのまま立膝ついて裾が捲れておったり、胸元はだけておっぱい出かかったりして超だらしなかったんじゃぞ? 


(コロスゾ)


 うおわあっ!? なんか今聞こえたのじゃ!

 ヤベー……師匠コエーのじゃ……。

 滅多なことは考えんことにしよう。


 

 聖堂中央部には、高さ十メイル程の創世神ミト様の像が鎮座しており、その祭壇 の前では多くの信徒が跪いて祈りを捧げておった。……繰り返し、繰り返し、声を揃えて低く呟かれる祈りの聖句が、聖堂内をさざなみのように反響していく。心地良くも、荘厳な雰囲気じゃ。


(ここで儀式をするのか。……思ったよりも凄い場所でやるんじゃのう、ワシ、ちょっと緊張してきたかも)


 じわ、と湧いてくる手汗を拭っていると、母上が誰かを探すようにキョロキョロと辺りを見回し、すぐに目当ての人物を見つけたようじゃ。


「……フレイ! こっちこっち」


「聖堂内ではお静かに、スピカ。お久しぶりですね」


 頭の先から足先まで、ぴっちりと整えられた尼僧シスターの衣装に身を包んだ、年若い女性がワシらの側までやってきた。

 褐色の肌と翡翠ひすいの瞳が特徴的な美しい人で、銀縁眼鏡が真面目そうな雰囲気を醸し出しておる。


「フレイ、私の家族を紹介するわね。長男のケイトと、長女のミラ、それから銀龍のアトラよ」


「よろしくお願いしますのじゃ!」


「こんにちは!!」


「はじめましてですー」


「こちらこそ、皆さん初めまして。私はフレイ・アルハザード。皆さんのお母様の探索者シーカー時代の仲間です」


 フレイ女史は母上とパーティを組んでいた仲間で、当時は【武僧兵モンク】として中近距離の遊撃を担っていたそうじゃ。


「スピカが引退を宣言した後、私はこちらの聖堂で尼僧シスターとして働かせていただいております。……今ではすっかり穏やかな暮らしに慣れてしまいました」


「その僧衣、あなたにとてもよく似合っているわ、フレイ」


「ありがとう、スピカ。私も今の自分を存外気に入っているのですよ」

 

 ふふっ、とはにかむように笑うフレイ女史。

 うーん、綺麗な人じゃなぁ。


「さて! 時間も迫ってるし面倒ごとはササッと片付けちゃいましょう!」


「ええ、その子龍ベビードラゴンの保護申請ですね。以前に伺っていた話を元に書類は準備済みとなり——」


 母上とフレイ女史は連れ立って個室の方へ歩いていく。その時、ふっと、何か視線のようなものを感じた。


「……どうかした? ご主人?」


「……いや、気のせいじゃ」


 ワシの頭の上を定位置と定めたアトラが気にしてくれる。今、一瞬とした「敵意」の視線を感じたのじゃが……辺りを見回しても、【警戒網】を広げてみても、視線の主は見当たらなかった。……本当にワシの気のせいであれば良いのじゃが、な。




 ▼



「……あのーお嬢様。こういうのは、今回だけでお願いしますよ? 旦那様に叱られるの、僕なんですから」


 家庭教師の気弱そうな男は、ビクビク辺りを伺いながら私の後をついてくる。

 ……この男、こんなので本当に優秀な魔術師なのかしら。常にオドオドしていて、落ち着きがない。情けない男。


「心配しなくても誰にもバレやしないわよ。……私の事なんて誰も見てないんだから」


 今日の午後。あともう少しで年に一度の『誦魔しょうまの儀』が行われる。

 私はこの家庭教師の男を脅しつけて、本来なら魔術の稽古である時間を使って大聖堂への潜入を果たしていた。……どうしても、一目直接会ってみたかったのだ。


(——ケイト・レシュノルティア)


 私の「推し」である『熊戦士ベルセルク』アーク・レシュノルティアさまの息子。

 十歳になったばかりなのに、歴戦のベアさまが認めるくらい強い少年。

 私とほとんど同い年の、私とは違う男の子。


(一体どんな子だろう。……嫌なヤツだったらやだな)


 聖堂の上層部、ぐるりと一周するように作られた回廊の柱の影に隠れながら、私は眼下の祭壇を見下ろす。

 私もあの場所で創世神様の前に跪いて祈りを捧げた。——今からちょうど一年前のことになる。


 自分で言うのもなんだけど、私はとても才能に恵まれていた。

 『誦魔しょうまの儀』を受けた十歳の時点で、私には一流の魔術師よりも大きい魔力量キャパシティがあることと、強い【火】属性の魔力を持つことが分かった。

 これだけの才能を持つ子供は、百年に一人だと町中の人が褒めてくれた。


 誰よりも強い【火】が私に宿っていると分かった時、私はこれでお父様が褒めてくれると思った。——でも、そうはならなかった。


(……私はどういう結果が見たいのだろう)


 私がして欲しかった光景が見たいのか。

 私と同じような光景が見たいのか。


 私はまだ、「推し」の息子という存在に対しての気持ちを定めきれていない。


 ただ、今は「ケイトあの子」のことをもっと知りたいと、そう思っていた。




 ▼



 午後になると、続々と今年十歳を迎えた子供たちと、その親御さんたちが聖堂へと集まってきた。


 迷宮都市中、いや、ワシらのように近郊の村々からもこの儀式に参加しに来ているため、大聖堂内部は立ち見が出るほどの大観衆が詰めかけてきていた。

 

 早めに来ていたワシらはなんとか席を確保できたが、なんだか一家で聖堂内の長椅子一脚を占有しているのが悪い気がしてきた。……しかも。


「おい、あれ」


「あぁ、『熊戦士ベルセルク』だ。隣は『白聖女セイント』だな。引退してから初めて見るぜ」


「じゃあ、隣の子が?」


 うーむ、どうにも目立っておるなぁ我が家。

 午前中の用事を済ませて合流してきた父上だけではなく、引退したとはいえ母上も近郊の探索者シーカーとしてその顔を広く知られていた。人気の探索者シーカーともなれば、配信やらなんやらで大衆に対して顔出しすることの多いので、父上も母上もそんな周りのヒソヒソ声にはどこ吹く風という様子だったが、ワシ一人居心地の悪い、落ち着かない気持ちになっておった。


「……あ、始まるみたいよ」


 儀式場である祭壇の前に、豪奢な衣服に身を包んだ老齢の神官が現れる。隣にはさっきまで黒の尼僧服だったが白の儀式用の衣装に着替えたフレイ女史が補佐として控えておった。——暫くすると、聖堂内の民衆のざわめきが徐々に静まっていく。


 聖堂内に静寂が満ちてから、神官が口を開いた。


「——祝福されしミトの子らよ。今年もまた多くの子供達がこの日を迎えられたことを言祝ことほぎましょう。本日は『誦魔しょうまの儀』を執り行います。子供達よ、心を鎮め、神へ祈りを捧げなさい。さすれば、その身に宿る「光」を示していただけることでしょう。その「光」は、あなた達の人生を進む上での「灯火ともしび」となってくれる筈です。……さぁ、名前を呼ばれたら前へ進んでください。アルゴ・レイダー」

 

 名前を呼ばれた黒髪の少年が長椅子から立ち上がる。カッチコチに緊張した面持ちで、聖堂中心を祭壇まで真っ直ぐに敷かれた赤い絨毯の上を一人で進んでいく。

 アルゴの両親はその姿を後ろで祈るように見守っていた。……どっちかというと、親御さん達の方が緊張しているようにも見える。


「ア、アルゴ・レイダー、です。よろしくお願いしますっ!」


 上擦った声で、だがしっかりと挨拶をするアルゴ。老神官はにっこりと微笑むと


「よく来ましたね、アルゴ。さぁ神がお待ちです。こちらに跪き、祈りなさい」

 

 創世神の神像の前に整えられた祭壇に導く。

 アルゴが祈り始めると、聖堂内の空気がピン、と張り詰めて透明感が増していった。


(……おお、これって「神気」ってヤツじゃ)


 前世で時々お目にかかった創世の神々たち。

 神々が降臨される際には、常にこのような清浄で冷厳たる気配が漂っておった。……姿は見えずとも、この場に来ておられるのだ。


 祈り始めて、一二分じゃろうか。

 アルゴに緑色の風が吹いて黒髪が揺れた。


「……【風】の魔力。魔力量キャパシティは【2000】です」


 側に控えて計測用の魔導器を確認していたフレイ女史がそう告げると、わあっ!と聖堂内から歓声が上がった。彼の儀式は無事に完了したようじゃ。


「のう、母上。魔力量キャパシティってなんじゃ?」


「ええとね、簡単に言えば〈どれだけ魔術や異能スキルを身に付けられるか〉の器の大きさのこと。この魔力量キャパシティが多ければ多いほど、強い魔術や異能スキルをたくさん覚えられるわ。2000もあれば、一流の探索者シーカーになれるだけの技能を十分に習得できるわね」


 母上は続けて次のことも教えてくれた。


 魔力には個人毎に備わった【属性】と【魔力量キャパシティ】がある。


 そのうち、魔力の属性は世界に八つあるとされており、


“世界を構成する元素エレメント

【地】【水】【火】【風】

 これらを総称して【元素四属性】と呼ぶ。


“世界を定義する因子ファクター

【光】【闇】【時】【空】

 これらを総称して【因子四属性】と呼ぶ。


 魔力の属性は【元素四属性】よりも【因子四属性】の方が発現することがまれであり、術式の扱いも困難となる。


 術式を十全に扱うためには、それ相応の【魔力量キャパシティ】が必要となるため、【属性】と【魔力量キャパシティ】の組み合わせによって、どんな異能スキルや魔術を習得するか、それが一番活かせる職位ジョブは何なのかを考えていく。


 つまり、子供達の将来を決める「はじめの一歩」が今日行われる『誦魔しょうまの儀』なのじゃという。


「なるほどのう。それで皆喜んでおったわけじゃな」


 ふーむ、……コレはちょっとマズいのう。

 ワシは平静を装いながら、背中に冷や汗をかき始めておった。


(絶対、面倒なことになるわい)


 次々へ名前を呼ばれていく子供達。

 その結果は人それぞれで、結果が良かった子も良くなかった子もいて、悲喜交々といった様相を呈していた。

 多くの子供達は地水火風の【元素四属性】のどれかを発現し、ごく稀に【光】と【闇】の属性持ちがおった。魔力量キャパシティは少ない子で【300〜500】、多い子で【2000〜3000】といったところ。先ほどの【光】と【闇】属性持ちの子らは魔力量キャパシティも多く、特に強い力を授かったとして聖堂中から大きな拍手が贈られた。——そして。


「ケイト・レシュノルティア。前へ」

 

 ワシの番が来た。

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