第11話 決定!迷宮都市での二日目


 翌朝。ワシはいつも通り早くに目が覚めた。


 まだ家族は皆寝ているようじゃったので、起こさないようにそおっとベッドを抜けて、部屋を出る。

 

 エントランスロビーまで階段を降りると、女将であるイレーネ殿が眼鏡をかけて新聞紙を広げていた。


「おや、早いね。……昨夜はよく眠れたかい?」


「ええ、それはもうゆっくり休めましたとも」


「それはよかった。私はてっきり、悔しくて眠れなくなってやしないかと心配してたんだけどねェ」


 ニヤリ、と口の端を上げてわらう老婦人。

 その笑い方には気品なんてものはカケラもない、ただの煽りカスとしての挑発のみが込められておった。……ほーん、そういう感じで来るんじゃな?


「いーえ? も、全然ゆっくりぐっすり眠れたので、今日も元気いっぱいですじゃ」


(居合抜刀からの横薙ぎ)


「おやおや、若い子は元気が有り余ってて羨ましい限りだ。私のようなババアになると、毎日お迎えが来やしないかってそっちの心配ばかりしているよ」


(短剣による逸らし、および上方向への弾きパリィ。体勢が崩れたところを逆手に持った短剣で首元への刺突)


「またまた、ご冗談を。失礼ですが、お年と比べてとてもお元気に見えますのに。何か健康の秘訣があるのですかな?」


(一呼吸で手数多いのう、このババア! 弾かれた勢いを殺さず加速して後方宙返り、距離を取ってから中段突き!)


「そうさね。特別何か健康のためにしていることはないけれど、煙草コイツ珈琲コーヒーだけは、医者に何言われても辞める気はないねぇ」


(アンタの中段は私の下段さね。跳躍し、前方宙返りで頭上を飛び越し、反転しながら回転の勢いを載せて両手の短剣で交互に斬撃)


「ほほう、それがイレーネ殿の薬ということですか」


。意識下の中で、更に「意を飛ばし」て陽動の突きを放っておりました。ワシは動いておらず、前宙の落下地点はワシのです。喰らえや【地摺ちずしょう——)


「薬なものかね。煙草コレのせいでとっくに体はボロボロさ。それでも辞められないってバカな話なだけさね」


跳躍んだところを対空で狩るつもりだろうが、見え見えだよ。残像を置きざりにし、背面に回り込んで刺突!)


「なんとなんと」


(こ、んの妖怪ババアめ! ぐぬーっ、回避して体勢を立て直す!)


「ふふふふ」


(逃すと思うかい? くたばりな)


「はっはっは」

「ふふふふふ」



「……おーぅい、入ってもいいか?」


 階段上からワシらの様子を見ておった父上が遠慮がちに声をかけてくる。っち、勝負はお預けじゃな。命拾いしたなババア! ぺっ!


「命拾いしたのはどっちさね。……くくっ、本当に面白いボウヤだよ。なかなか遊び甲斐がある。いつでもじゃれてきな」


 イレーネ殿は最初と同じ姿勢のまま、優雅に煙管キセルから煙草を吸うと、余裕の笑みを浮かべてワシにウインクしてきた。ぐ、ぐぬぬぬぬぬ……次はやったるからな!




 朝食の後、父上から今日の予定について連絡があった。


「ケイトとミラ、アトラはスピカと一緒に『九曜聖堂ナヴァ=グラハ』へ向かってくれ。特にケイト、お前は午後から今回のメインイベントが待ってるからな。……すっぽかすなよ?」


「メインイベント……昨日コメントで言われてた『誦魔しょうまの儀』というヤツかのう。一体どんな事するんじゃ?」


「あ、もうバレちゃったのね。なーんだ、内緒にしときたかったのに。『誦魔しょうまの儀』ではね、ケイト。あなたの魔力を調べてもらうのよ」


「ほほう、魔力、ですか——」


 魔力。魔術を行使するための力。

 特殊技能である【異能スキル】と違い、この世界で生きる者であればどんな者でもその身に魔力を宿している。


 大気や自然といった外界から取り込んだマナを体内で変質させたものが「魔力」なのじゃが、各個人によって変換される「属性」が異なる。これは両親からの遺伝で受け継がれる場合もあるし、全く突然に属性が変わることもある。……だから、「確認」が必要なのじゃと。


 『誦魔しょうまの儀』では、毎年十歳になる子供たちを集めて、創世神様を祀る神殿『九曜聖堂ナヴァ=グラハ』にてその子の魔力の属性と魔力量キャパシティを調べるための儀式なのだという。


(属性は兎も角、魔力量キャパシティか……ちとヤバいかのう、面倒なことにならなければ良いが)

 

 話を聞いていてちょーっと嫌な予感がしはじめるワシ。ううむ、まぁ出たとこ勝負しかないか。

 

「悪いが、午前中は俺は別行動だ。……ちょっと寄るところがあってな。まぁ儀式本番までには戻るから、みんなそれまでスピカから離れないようにな!」


 と、そんな具合で迷宮都市での二日目が始まったのじゃった。




 ▼



「気に入らないわ」


 私は、自分に与えられた豪奢な子供部屋の中で、同世代の「子分」たちに向かってポツリと文句を言う。


「どうしたんです、お嬢? この焼き菓子、めっちゃくちゃウマいッスよ! お嬢もどうです?」


「要らないわ。食べ飽きちゃったわよ、そんなの」


「それなら漫画本はどうです? お嬢のパパさんがお抱えの漫画家に描かせたお嬢が主役の漫画! コレちょーカッコイイのですよ!」


「読みたくないわ、私が主役の漫画なんて。大体なによ『紅焔こうえん少女おとめ』って。ダッサ」


「それじゃあお嬢! また気晴らしに洋服屋さん行って、棚にあるもの端から端まで全部買い占めるんだな! 絶対楽しいんだな!」


「……楽しくないわ、そんなの。全部買っても、私が気に入る服なんてきっと一つも無いもの。それにもう、お洋服なら山ほど持ってるわ」


「「「お嬢〜〜……」」」


 ……本当に、気が滅入ってくる。

 私は、きっと本当に欲しいものが手に入らない星の下に生まれているんだわ。


 ここのところ、特に気分が落ち込む。

 どれだけ沢山のお菓子や漫画やお洋服に囲まれてても、子分たちにご機嫌を取られても、私の心は曇り空のように一向に晴れてはくれなかった。私は、自分がどうしてこんなに楽しくないのか、全然ちっとも分からなかった。


『よーう、お前ら元気か? 「熊戦士ベルセルクの熊ちゃんねる!」はじめっぞー!!』


 そんな時、壁に掛かった大型の魔晶石モニターからデッカい声が聞こえてきた。


「——ベアさまっ!!」


 私の前にいた子分たちを薙ぎ倒しながら、ダッシュでモニターの前を陣取る。


 そう、そうだった。

 


 パァッと目の前が明るくなったような気持ちで私の「推し」探索者シーカー、『熊戦士ベルセルク』アーク・レシュノルティアさまの迷宮ダンジョン探索配信を見る。


 私はこの『ベアさま』が大好きだ。


 背中に担いだ鉄塊みたいな剣を振り回して敵を粉砕する「豪快さ」も。

 どんなピンチの時も仲間たちの先頭に立ってガハハと笑っている「前向きさ」も。

 時々、判断ミスして仲間たちから詰められまくってる時の「モジモジ」も。


 それから、とても高名な「深淵探索者アビス・ウォーカー」だったのに、家族と過ごす時間を取るために今は安全な所で探索している「家族想い」なところも。


『……そんでな、いやぁマジで俺は度肝を抜かれたワケよ! 自分の息子にだぜ!? あの時は嬉しいやら悔しいやらで複雑だったぜぇ……』


『息子さん、今幾つだっけ?』


『おーう、今度十歳になる! あんなちっこかったのに、あっと言う間にあんなに強く、大きくなってなぁ…………グス』


『えっ!? アークもしかして泣いてる!?』

 


 ブツン。


 ……突然、モニターの出力を切られた。


「エヴァお嬢様。お勉強のお時間です。もう先生がお待ちですよ」


 子供部屋の扉の横に、メイド長が立っていた。


「見てたのに、勝手に消さないでよっ!!」


「ですが何度もお声がけしたのに聞いていただけませんでしたから。……あまり下らない遊びとお友達ばかりに時間を使いませぬように」


「〜〜〜〜っっ!」


 頭の中で稲妻が走るほどの怒りを感じる。

 

(私の大事なものをいつも馬鹿にしてっ!!)


 目の前のメイドにお菓子をぶん投げて、玩具を投げつけて、魔術をぶっ放してやりたくなる。


 でも、ダメだ。

 そんなことをしたはお父様になんて思われるか。


 頭の片隅にある冷静な部分が、いつも私にストップをかける。


 この素敵な子供部屋も。

 沢山のお菓子もお洋服も。

 街で見つけてきた「子分」たちを家に上げることも。


 全部、お父様がそれを許してくれたから私のものになっているだけなのだ。


 私はお父様から愛されている。

 優秀な家庭教師を付けられて、皇都の貴族と同じレベルの教育や魔術のお稽古をさせてもらっている。……それは、とても贅沢で、子供のことを大事にしている証。


 私はそれを失いたくない。


「……ねぇ。今晩はお父様、帰ってくる?」


「……旦那様は、今日も遅くなるから先に食事を済ませるように、と仰せでした」


「……そう」


 私は、ベアさまのことを考える。

 私のお父様も私の事を絶対に愛してくれているけど、私はベアさまみたいな愛され方が良かったな、と思う。


(こんなこと言ったら、お父様に絶対に嫌われちゃう)


 それでもそう思わずにいられない。


 それから、ベアさまの息子さん——今度、十歳になるという。私よりも一個歳下だ——のことも、考える。


 あんなに素敵なお父さんに愛されてるのは、どんな子だろう。

 ベアさまより強いって、本当かしら?

 流石にそれは作り話だと思うけど。

 でもきっと、その子も素敵なんだろうな。


「……会って、みたいな」


 口から溢れた台詞は、誰にも届かずに空気の中に溶けて、消えた。


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