第10話 仰天!宿屋の女将は超越者
「ここだ。おーい! 婆さん! 着いたぞう!!」
父上の先導で街の中を進んでいたワシらは、途中から中心街から西に外れた一角にある宿屋に到着した。
……そこに、さっきの父上のご挨拶である。あ、母上が頭を抱えておる。
「相変わらずうるっさいねぇ。アンタの馬鹿声で怒鳴らなくても聞こえてるよ。まだ耳は遠くないんでね」
「だはははは、わりぃわりぃ! 今日はウチの一家で世話になる。チビ二人に子龍までいて騒がしくてすまねぇが、宜しく頼むぜ」
「一番騒がしいのはアンタだろうに、アーク」
エントランスホールから二階に繋がる階段の上から、細身の老婦人が
(…………なん、っと……!)
老婦人を見た瞬間、ワシは
「もーー、いつもウチの旦那が済みません……。お久しぶりです、老師」
「久しいねぇ、スピカ。
老婦人は
(…………ぬぅ!!!!)
「ほう、やるもんだね。あながちアークの
「……ケイト。ケイト・レシュノルティアと申します」
「ケイト。“
「ええ、初めに左からの袈裟斬り」
「そうだ。お前は剣で合わせて上手く
「次に左薙ぎ。これは後ろに避けました」
「そうだ。次は?」
「……よくは、分かりませぬ。同時に左右、上下から斬撃が。
ワシの背には氷水のような冷え切った汗が流れておる。……今、確実に一回死んでおった。
真っ青な顔で冷や汗を流すワシの表情を見て、老婦人は口を押さえて大笑した。
「いや、いや、試して悪かった。すまないね、ケイト。だが、そこまで見えてたら私から教えることなぞそう残っていないよ。……アーク、アンタの子は鬼子だね。この子は本物だ」
意識下の、剣。
実剣を持たず、「相手を斬る」という意思——剣気というべきものを相手に向けて飛ばし、想像の中での斬撃を見舞うという
卓越した技量を持つものだけがそれを認識し、反応することができる。……じゃが。
(師匠以外から、これを喰らうとは思っておらんかった……)
不覚も不覚。前世のラゴウであればどの剣にも十全に反応してみせたものを、今のワシでは二太刀合わせるので精一杯じゃった。完全に、意識が甘くなっておる。
「ぐぬぅぅぅ、無念! じゃが、いずれ必ず第二第三のワシが現れて恨みを晴らすじゃろう……」
スパ、ザク、シャキーンっ
「ぐわぁぁぁぁっ!!!!」
「……ノリは間違いなくお前の子だよ、アーク。意外と愉快な子だね」
これだけキッチリボコられたのは師匠のところを出奔して以来じゃ。マジで何者なんじゃこの婆様。
「……ねぇ、ケイト。本当に途中まで見えて、しかも避けられたの?」
「信じられねぇ。……俺がそれが出来るようになるまで何年掛かったと」
精神的疲労で磨かれた床の上で大の字でノビておるワシを覗き込むように、両親が左右からサラウンドで何か言っておる。なんじゃー、ワシしんどいんですけどー?
そのまま、ぐったりしたワシを父上が担いで、取ってあった部屋まで案内された。そこは、最上階の三階の角部屋、二部屋分を繋げた「特別室」であった。
坂の上の他よりも小高い土地に建てられた宿屋であるため、三階からの景色であるが迷宮都市の幻想的な夜景が一望できた。……なるほど、これは特別じゃ。
「のう、父上。あの宿屋の女将はどういったお人なのじゃ?」
「ああ、ビックリしたろ? あの人はなぁ、俺とスピカの師匠筋に当たる人なんだよ。あんな婆さんだけどな、多分この
聞けば、それはもう凄いお人じゃった。
元・
今から三十年ほど前に活躍した探索者で、今なお残る『
『
『
『
『
『
『
そして、『
と決まっておる。
この中で、父上や母上は『
兎に角、上位の
(……じゃが、ワシは知っておる。ワシやミラが生まれて以来、父上は迷宮探索の
深い階層であればこそ、ギルドをも唸らせる明確な「成果」を持ち帰れるというもの。
じゃが、父上はワシらのために無茶を控えてくれておるのじゃ。
「俺のことはいーんだよ! それよかほら、イレーネ婆さんの話だろ?」
最上級の
(そんで、現役を退いた元『
そりゃあもうビックリするほど強い訳じゃ。
世界でも五指に入るとか、そういう次元の強者じゃもん、それ。
(前世の『
ちなみに、前世のワシも「世界最強の剣士」とは謳われておったが、真の意味での「世界最強」はワシではなかった。
チート持ち異世界転生勇者とか、
存在が半分チートなエルフ魔導師とか、
実質無限の軍団召喚できるアホ魔族とか、
ワシのいた勇者パーティの仲間たちには誰にも勝てる気がせん。
ぶっちゃけ剣だけで言っても師匠の方が強いが、あの方は
……という、はちゃめちゃ強いメンツとほぼ「同格」とワシはあの婆様を判断した。うむ、ほぼほぼ人外じゃな。
つーか、父上も母上もエラい人に師事しておったもんじゃ。二人がこの時代の水準でも強者である理由が痛いほどよく理解できた。……成る程のう。あの婆さんの弟子が、生半可な鍛え方をされている訳があるまいて。
ベッドの上で正座しながら、ワシは今までの父上の話をしっかり聞いて、その上で思った。
「……そういえば、なんでワシ、めっちゃ狙われとったの??」
サッ、とワシから目を背ける父上。あーん? なんじゃーその不審なムーブは? 父上、なんかやらかしとらぬかーー?
「やっ、あのだな。俺の配信でちょくちょくお前の話をしちゃってたらだな。婆さん……いや、師匠が一度顔見せに来い、と……」
「……父上、ワシのこと配信でなんつっとったの?」
「…………剣の天才、とか。俺より強い神童、とか……」
この時点でぐむっ、となるが我慢して先を促す。
「とか? 他には?」
「……大剣豪ラゴウの生まれ変わりだ! とか」
「!!」
一瞬、よもやワシの前世について知っておるのかと思って肝が冷えた。……じゃが、父上がいつも詰められた時にする「モジモジ」が発動しておったので、恐らくバレてはおらん……筈じゃ。……ただ、それ以外にちょっと気になる事がある。
「……のう父上。それって
「えーとだな……」
ゴソゴソ、とポケットから携帯用の魔晶石モニターを取り出して、父上の配信チャンネルである『
コメント
・まーた熊が小熊自慢してるのか。
・親バカ熊さん。
・俺よか強いってまだ子供だろ? 流石に草を禁じ得ない
・剣豪wwラゴウのwwww生まれ変わりwwwwww
「めちゃくちゃ煽られとるじゃないか!!」
「いやーみんなコメントくれるのありがたいよなー」
父上、基本的にどんなコメントでも笑って許せる勢なので
・てかさウワサの小熊くん。十歳になったなら今度『
ん? これってワシのこと?
『
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