第9話 絢爛!幻惑の迷宮都市
乗合馬車はゴロゴロと車輪を転がす。
ワシら家族が乗った四頭立ての大型の馬車は、何度かの休憩を挟みながら、西へ西へと街道を進んで行く。
この辺りの地域で「街」と言ったら、それは『迷宮都市ズウロン』のことに他ならない。
ある程度の規模の
(……とはいうものの、昔はこの辺りに大きな都市などなかったからのう。今どんな風になっとるか楽しみじゃなー)
前世で勇者と共に世界を巡っておった時、ワシらはこの地も訪ねておった。
訪ねた、と言うたが当時のこの辺りは「山間に広がる広大な草原地」という印象でしかなく、野営する際に身を隠す場所がなくて苦労したという記憶しかない。当時、ウワサ程度に「
西の空が茜色に色付き始めた頃、
馬車が近付くにつれて、よりその
最も高い尖塔は、ウチの村の風車小屋の十倍以上の高さで、下から見上げても先端が見えないほどじゃった。
(ふへー、これほどとはー)
「ふへー」
「ふぁー」
「ほえー?」
ワシと、銀龍のアトラと、妹のミラが揃って口を開けてポカーンとする。
その惚けた顔を見て、父上と母上はしてやったり、と顔を見合わせてくつくつ笑っておる。
「やー、良い表情してくれるぜ。連れてきた甲斐があるなぁ」
「父上! 父上はあの塔の上まで行ったことがあるのですか?」
「いーや、無い。……まだ、な」
そう。
ワシの目の前に
アレこそが父上ら
(これは、思っていたよりも手強そうじゃぞ……)
最大限に広域化した【警戒網】で、尖塔の内部を探ろうとするも、内部は空間が捻じ曲がっているようで全容は
「くるるるるるる…………」
アトラも気が付いたのか、塔を見上げて警戒するように低く唸る。
「今回は
父上も母上も慣れたもの、といった様子で自然体でリラックスしておる。当然、あの気配には気が付いているのじゃろうに。流石、歴戦の
▼
馬車は迷宮都市入り口の大門の前で停車した。
ワシらは滞在中の荷物を下ろすと、御者に礼を言って、大門を守る守衛騎士が立つ前の列に並んだ。都市に入場する前には来訪者に対する厳重なチェックが行われるらしい。
もう夕刻過ぎ、陽が落ちる直前だというのに列には大勢の人が並んでおる。半刻ほど待ってから、やっとワシらの番がやってきた。
「次の者!」
「よう、アイザック。精が出るな」
「なんだ、お前さんか熊の。珍しい、今日は家族連れか」
「ふん、規則は規則だ。お前さんとてそれは変わらぬ。荷物を改めさせてもらうぞ」
てきぱきと荷物の中身を確認する老騎士ガット。真面目な仕事ぶりじゃ。頭が下がるのう。
「……なんじゃ、小童。熊のの
じっ、と見つめておったら声をかけられてしもうた。ギョロリ、とした目がワシを見る。
「ケイト・レシュノルティアと申します。お見知り置きを、アイザック殿」
老騎士は、ワシの挨拶を聞くと一瞬目を丸くして、それから「ふぁ、ふぁ、ふぁ」と笑い出した。
「熊のの
「うるせーっての。黙って早く手を動かしやがれってんだ」
父上は照れたように頭を掻いた。
二人は、だいぶ古い知人のようじゃな。
「ようこそ迷宮都市へ、ケイト。お前さんが勇気と無謀を履き違えなければ、この街はお前に多くのものを与えるだろう。気張れよ!」
背中をばっしん!と叩かれて、ワシらは大門の内側へ送り出された。ううむ、ワクワクしてきたのう!
門を
やっと辿り着いた迷宮都市がワシらの目の前にその姿を現した。
「ふ、ふわぁぁ〜〜ーーっ!!」
馬車の上で遠くから見ていた時には気が付かなかったが、辺りが暗くなると同時にあちらこちらで色とりどりの
「きゅるる! 夜なのにまぶしいですー」
「すごいすごい! キラキラきれー!」
ワシの頭に乗った銀龍アトラは光の洪水の前に手で眼を覆い、ミラは興奮して光に触れようと手を伸ばしておる。
ワシらは父上を先頭に大通りを市街の中心に向かって進んでいく。
夜だというのに大通りには沢山の人が行き来しており、すごい賑わいじゃ。道路の真ん中で楽器を演奏する一団がいるかと思えば、まだ宵の口だというのに出来上がった酔っ払いが取っ組み合いの喧嘩をしていたりもする。
道路脇には多種多様な屋台が並んでおる。肉の串焼きや揚げパン、スープなどを提供する夜店からは、腹の虫を直撃するような香ばしい匂いが立ち上っており、武器や防具を売っている店、装飾品を売っている店、小さくて可愛らしい小型魔獣を売っておる店などもあった。
「ヒッヒッヒ! 妖精の黒焼きはいらんかぇー!? アッチの方によく効くよぅ! ゾンビみたいに枯れた男も、一口齧ればドラゴンみたいにビンビンになるよ!!」
「け、結構なのじゃ!」
突然横合いから「いかにも魔女!」という風体の老女に声をかけられた。十歳の少年になんちゅーもんを押し売りしとるんじゃ……。倫理観どうなっとる。こっわい街じゃて。
よく見れば、店と店の間の路地に入っていく人々がおった。……路地裏に出入りする人間たちは、誰も彼もどこか身を隠すように気配を殺してコソコソ移動しておる。
(ほっほー! コイツは匂うのお〜〜〜〜)
確かめた訳では無いが、ワシには確信がある。こういうお世辞にもガラが良いとは言えない街の裏通りには、きっといろいろとヤバい代物を扱っている店があるもんじゃ。ワシ、結構そういうの好きなので、いずれコッソリ路地裏探検に行くことを決定。
しばらく歩いていたら、頭上のアトラがきゅいきゅい言い出した。
「もー限界ですー! お腹空いたのです、ご主人ー」
「そうじゃなぁ。この匂いは堪らんのう」
「もうちょい頑張れ、お前ら。宿に着いたらメシにすっから」
全員分の荷物を軽々と背負って歩く父上は、雑多で混沌とした大通りを「勝手知ったる我が街」といった迷いのない足取りでずんずん進んで行く。普段山林を駆け回っておるワシも、元
……そんな、常人がビックリするほど素早く移動する我ら一家のことを見つめる目があったことに、街の煌びやかさに魅入っていたワシはとんと気付いておらんかった。
「…………見つけた。あの子が……!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます