第9話 絢爛!幻惑の迷宮都市


 乗合馬車はゴロゴロと車輪を転がす。


 ワシら家族が乗った四頭立ての大型の馬車は、何度かの休憩を挟みながら、西へ西へと街道を進んで行く。

 

 この辺りの地域で「街」と言ったら、それは『迷宮都市ズウロン』のことに他ならない。


 迷宮ダンジョンを訪れる数多の探索者シーカーと、群がる彼らに商機を見出した商人たちが集まって造られた街。それが『迷宮都市』じゃ。


 ある程度の規模の迷宮ダンジョンがあれば、自然とそこに街ができるため、街の規模も歴史も浅いところがほとんどじゃが、ワシらの住むラーフ村から最も近場である『迷宮都市ズウロン』は、“世界最古の迷宮ダンジョン”と呼ばれる【月曜宮ソーマ迷宮ダンジョン】がその中心となっているため、街自体の歴史も長い。


(……とはいうものの、昔はこの辺りに大きな都市などなかったからのう。今どんな風になっとるか楽しみじゃなー)


 前世で勇者と共に世界を巡っておった時、ワシらはこの地も訪ねておった。

 訪ねた、と言うたが当時のこの辺りは「山間に広がる広大な草原地」という印象でしかなく、野営する際に身を隠す場所がなくて苦労したという記憶しかない。当時、ウワサ程度に「迷宮ダンジョン」というものが見つかった、という話は聞いておったが、場所までは知らんかった。この辺じゃったんじゃなあ。


 西の空が茜色に色付き始めた頃、行手ゆくてに黒々とした尖塔がひしめき合うように林立している都市のシルエットが見えてきた。……なんっ、じゃアレ!! でっかい!!


 馬車が近付くにつれて、よりその偉容いようが目に飛び込んできた。

 最も高い尖塔は、ウチの村の風車小屋の十倍以上の高さで、下から見上げても先端が見えないほどじゃった。


(ふへー、これほどとはー)


「ふへー」


「ふぁー」


「ほえー?」


 ワシと、銀龍のアトラと、妹のミラが揃って口を開けてポカーンとする。

 その惚けた顔を見て、父上と母上はしてやったり、と顔を見合わせてくつくつ笑っておる。


「やー、良い表情してくれるぜ。連れてきた甲斐があるなぁ」


「父上! 父上はあの塔の上まで行ったことがあるのですか?」


「いーや、無い。……


 そう。

 ワシの目の前にそびえる尖塔群。

 アレこそが父上ら迷宮探索者ダンジョン・シーカーたちが攻略を続けている【月曜宮ソーマ迷宮ダンジョン】そのものなのだと、ワシはここで初めて知った。


(これは、思っていたよりも手強そうじゃぞ……)


 最大限に広域化した【警戒網】で、尖塔の内部を探ろうとするも、内部は空間が捻じ曲がっているようで全容はようとして知れない。……が、その中にも幾つか「銀龍に匹敵するか、それ以上」の気配が混ざっておることは分かる。……あれは、強いな。


「くるるるるるる…………」


 アトラも気が付いたのか、塔を見上げて警戒するように低く唸る。


「今回は迷宮ダンジョン攻略に来たんじゃありませんからね? ずっとそんなに気をたかぶらせてたら疲れちゃうわよ?」


 父上も母上も慣れたもの、といった様子で自然体でリラックスしておる。当然、あの気配には気が付いているのじゃろうに。流石、歴戦の探索者シーカーは伊達ではない。




 ▼



 馬車は迷宮都市入り口の大門の前で停車した。

 ワシらは滞在中の荷物を下ろすと、御者に礼を言って、大門を守る守衛騎士が立つ前の列に並んだ。都市に入場する前には来訪者に対する厳重なチェックが行われるらしい。


 もう夕刻過ぎ、陽が落ちる直前だというのに列には大勢の人が並んでおる。半刻ほど待ってから、やっとワシらの番がやってきた。


「次の者!」


「よう、アイザック。精が出るな」


「なんだ、お前さんか熊の。珍しい、今日は家族連れか」


 いかめしい表情をした老騎士は、父上の知人であるらしい。……だが、知り合いと分かってもちっとも表情が変わらんなこの御仁。


「ふん、規則は規則だ。お前さんとてそれは変わらぬ。荷物を改めさせてもらうぞ」


 てきぱきと荷物の中身を確認する老騎士ガット。真面目な仕事ぶりじゃ。頭が下がるのう。


「……なんじゃ、小童。熊ののせがれか?」


 じっ、と見つめておったら声をかけられてしもうた。ギョロリ、とした目がワシを見る。


「ケイト・レシュノルティアと申します。お見知り置きを、アイザック殿」


 老騎士は、ワシの挨拶を聞くと一瞬目を丸くして、それから「ふぁ、ふぁ、ふぁ」と笑い出した。


「熊ののせがれとは思えぬ丁寧な物言いだ。お前が初めてこの街にきた時とは大違いだな、熊の!」


「うるせーっての。黙って早く手を動かしやがれってんだ」


 父上は照れたように頭を掻いた。

 二人は、だいぶ古い知人のようじゃな。


「ようこそ迷宮都市へ、ケイト。お前さんが勇気と無謀を履き違えなければ、この街はお前に多くのものを与えるだろう。気張れよ!」


 背中をばっしん!と叩かれて、ワシらは大門の内側へ送り出された。ううむ、ワクワクしてきたのう!




 門をくぐった頃には、もうすっかり陽は落ちて夜となっていた。

 やっと辿り着いた迷宮都市がワシらの目の前にその姿を現した。


「ふ、ふわぁぁ〜〜ーーっ!!」


 馬車の上で遠くから見ていた時には気が付かなかったが、辺りが暗くなると同時にあちらこちらで色とりどりの洋燈ランプに火が入り、街は煌びやかな光で輝いている。


「きゅるる! 夜なのにまぶしいですー」


「すごいすごい! キラキラきれー!」


 ワシの頭に乗った銀龍アトラは光の洪水の前に手で眼を覆い、ミラは興奮して光に触れようと手を伸ばしておる。


 ワシらは父上を先頭に大通りを市街の中心に向かって進んでいく。

 夜だというのに大通りには沢山の人が行き来しており、すごい賑わいじゃ。道路の真ん中で楽器を演奏する一団がいるかと思えば、まだ宵の口だというのに出来上がった酔っ払いが取っ組み合いの喧嘩をしていたりもする。

 道路脇には多種多様な屋台が並んでおる。肉の串焼きや揚げパン、スープなどを提供する夜店からは、腹の虫を直撃するような香ばしい匂いが立ち上っており、武器や防具を売っている店、装飾品を売っている店、小さくて可愛らしい小型魔獣を売っておる店などもあった。


「ヒッヒッヒ! 妖精の黒焼きはいらんかぇー!? アッチの方によく効くよぅ! ゾンビみたいに枯れた男も、一口齧ればドラゴンみたいにビンビンになるよ!!」


「け、結構なのじゃ!」


 突然横合いから「いかにも魔女!」という風体の老女に声をかけられた。十歳の少年になんちゅーもんを押し売りしとるんじゃ……。倫理観どうなっとる。こっわい街じゃて。


 よく見れば、店と店の間の路地に入っていく人々がおった。……路地裏に出入りする人間たちは、誰も彼もどこか身を隠すように気配を殺してコソコソ移動しておる。


(ほっほー! コイツは匂うのお〜〜〜〜)


 確かめた訳では無いが、ワシには確信がある。こういうお世辞にもガラが良いとは言えない街の裏通りには、きっといろいろとヤバい代物を扱っている店があるもんじゃ。ワシ、結構そういうの好きなので、いずれコッソリ路地裏探検に行くことを決定。


 しばらく歩いていたら、頭上のアトラがきゅいきゅい言い出した。


「もー限界ですー! お腹空いたのです、ご主人ー」


「そうじゃなぁ。この匂いは堪らんのう」


「もうちょい頑張れ、お前ら。宿に着いたらメシにすっから」


 全員分の荷物を軽々と背負って歩く父上は、雑多で混沌とした大通りを「勝手知ったる我が街」といった迷いのない足取りでずんずん進んで行く。普段山林を駆け回っておるワシも、元探索者シーカーの母上もそれに遅れることなく人混みを縫ってするすると着いていく。


 ……そんな、常人がビックリするほど素早く移動する我ら一家のことを見つめる目があったことに、街の煌びやかさに魅入っていたワシはとんと気付いておらんかった。



「…………見つけた。あの子が……!」

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