第二章 迷宮都市と紅焔の少女
第8話 出立!お出かけと一張羅
ワシ、十歳になりました。
ちょっと前まで幼児っぽいぷくぷくした体付きだったのが、段々と手足に
父上と剣の稽古をしていても、木剣に振り回される事は少なくなってきた。
今の体の動作が、イメージの中の「最適な動き」に徐々に近付いてきている感覚がある。——だが、あの時の「剣の極致」に至るには、まだまだ先は長そうじゃがのう。
(学び直すことで見えてくるものもある、か。日々是精進じゃなぁ)
いかに「剣豪ラゴウ」の生まれ変わりであるワシとて、剣を振り慣れぬ身体では前世の百分の一も力は出せぬ。こればっかりは経験値で補えるものではなく、地道な反復練習による肉体の順化によるもの
(まぁ、一歩一歩じゃ。何気にワシ、コツコツした稽古好きじゃしな!)
千里の道も一歩から。剣の道もまた同じ。
そんなわけで、来る日も来る日も木剣を素振りしたり、野山を駆けて身体を鍛えたりといった地道な稽古に明け暮れて過ごしていた。
そんなある日のこと。
「ケイト、街へ行くぞ!」
中庭で繰り広げられるアトラとミラのハードな追いかけっこ(
「前に言っておった“お祝いみたいなやつ”ですかのう? 一体何するんじゃろか」
「ふふふ、まだ内緒よ。さぁ、お出かけ着を選んで! 久々に都会に出るんだから、バッチリお洒落していかないとね!」
「父上は教えてくれんのですか?」
「まぁ着いてみてのお楽しみ、ってヤツだ」
うーん、なんじゃろ。気になるのう。
兎にも角にも、家族総出でのお出かけは、ワシも生まれてはじめての
あ、母上! ワシ、アレ着て行くー!
▼
「ボウズ、その服なかなかキマってるじゃないか」
「ふふん! そーじゃろ、そーじゃろ! なにせ、母上のお手製じゃからな!」
お主なかなか見る目があるのう!とワシ、有頂天。
乗合馬車で相席となった商人さんに、藍染の着物と袴というお気に入りのコーディネートを早速褒められたのじゃ。
「おー! そいつはスゲェな! ちゃんと母ちゃんにお礼言ったか?」
「ちゃんと言ったがもう一回言おう。母上ありがとうなのじゃ!」
「はいはい、分かりましたから。もう、ちゃんと座っててね?」
ふふ、照れておる照れておる。
ワシの母上サマは素直な感謝に弱いのじゃ。
実際、今着ている着物コーデ誕生の裏には、母上の尋常ならざる苦労があった。まぁ、原因はほぼワシにあるのじゃが……。
思い返す事、
「のうのう、母上。こういう感じの服って、ウチには無いんじゃろか?」
久しぶりに「でんせつのけんごうラゴウ」の絵本を本棚から引っ張り出してきて、絵本の中の「剣豪ラゴウ」が着ている服を指差しながら読者中の母上に聞いてみた。
「なになに……? あぁ、東国風のキモノね。うーん、ウチには無いわねぇ……」
「やっぱそうじゃよなー。うーむ」
「
これが最近のワシのちょっとした悩みであった。
元々、前世でワシが生きた時代であっても、着物は着ている人自体が少ない稀有な服装であった。だが、師匠が好んで着ておった影響で、ワシも生涯
伊達に百年着とらんせいか、その頃の癖が今世でもどーにも抜けず、着物じゃない服装だとなーんか気持ちが落ち着かなくてのう……。
「うーんそうねぇ……。そうだケイト。それ、私が作ってあげましょうか?」
「なんと! 母上、着物作れるのですか!?」
「作ってみたことはないけど、型紙さえあればなんとかなると思うのよね。……それに、あなた昔から大好きだったものねぇ」
そう言いながら、母上は優しく微笑んでワシの頭を撫でてくれる。
ん? 大好きとな? 何が??
「あなたが今よりもっと小さな頃、毎晩毎晩『ご本よんでー!』って絵本持ってきたわね。なんだか既にもう懐かしく感じちゃうわ……。ケイト、あの時おめめキラキラさせててすごく可愛かったのよ?」
んんんんんん?
なんか話が意図せぬ方へ流れておらぬ?
「もう、隠さなくてもいいのに。ケイト、今も『剣豪ラゴウ』が大好きなんでしょう?」
母上、ちっがーーーーう!!!!
え! もしや憧れのヒーローの格好や言葉遣いを真似るノリで「ごっこ遊び」してると思われとる!? ウッソじゃろ!?
「ふふふ。でもケイトにも子供っぽいところがあってママちょっと嬉しいわぁ。楽しみにしててね、ママ頑張るから」
違うのじゃーーーー母上ーーーー。
ワシ、別に「なりきり」を楽しんでる訳ではなくてですね……うぅ、どう説明したものか。
(いっそ生まれ変わりだと説明するか……? いや、誰が信じるんじゃそんなこと)
とても、とても本当の事は言えぬ。
更に言えば、
「あ、髪も長くなってきてたから、ラゴウさんと同じ感じに後ろで結ってあげるわね♪」
「……よろしくお願いしますのじゃ」
そんなこんなで始まった母上による着物作りじゃが、そりゃあもう難航した。
「型紙ってコレかしら? あっ、結構シンプルじゃないの!」
服飾の専門書を取り寄せ、その中から型紙を見つけ出したところまでは良かった。じゃが……。
「あ、あら? 着物って何枚も重ねて着るの……? ナガジュバン? ハカマ??」
「
「あっ、えっ、なんでこの形になるわけ!? あ″あ″あ″ッ、あ″あ″あ″あ″!!!!」
あぁ、母上。すまぬ、すまぬ……。
ワシの軽率なお願いのせいで、かつて『
「あ、あのぅ、スピカさん? オレ、お腹減ったんですけど……」
ギンッッッッ!!(射殺さんばかりの視線)
「はいッ! そのくらい自分で準備出来ますッ!」
最敬礼して家族の分まで夕ご飯の準備を始める父上。すまぬ……すまぬっ……!!
それから。
父上とワシでご飯を用意し、父上が
「で、出来た。出来たわ……!!」
母上、苦心の作がようやく出来上がった。
「……着てみても、
「……どうぞ」
ワシも、母上も、何故か互いに敬語じゃった。緊張感を孕んだ空気に、首筋に一筋、冷や汗が伝う。ワシは、気合を入れて袖に腕を通す——。
「おお……これは……!」
足に丁度の紺色の
くすみ一つ無い純白の長襦袢。
藍染の深い青が美しい半着。
五つの折り目正しい薄墨色の袴。
そのどれもがピシッとワシの身体に合っており、動きを全く阻害しない。
身に付けると自然と背筋が伸び、清々とした心持ちになる。
「母上、母上! これはとても素晴らしい着心地ですじゃ!!」
母上凄い。コレ本当に凄いのじゃ!
前世で百年着ておった着物通(?)であるワシをして、これだけフィットする着物は着たことがない! んーーーー最高の気分じゃ!
興奮して飛び跳ねるワシを見て、母上もホッと胸を撫で下ろしておった。やっぱり、ワシが着てみるまで緊張していたようじゃ。
「良かったわね、ケイト。うふふ。これだけ喜んでくれれば私も頑張った甲斐があったわぁ。ちゃんと、術式も発動してるみたいだし」
なぬ? ……今、術式って言いました?
「剣豪ラゴウの装束ってことは戦闘用でしょう? 中途半端なものだと
「……具体的には?」
「えーっとね、【耐久性向上 I 】、【体力向上 I 】、【筋力向上 I 】、【敏捷向上 I 】【対魔・対呪防御向上 I 】、【耐寒・耐熱防護】、【状態異常抵抗Ⅰ】、【汚損抵抗】、【自動修復】、それからあとね……」
「まてまてまてまて。待ってくだされ母上」
それなんてガチ装備?
聞けば、
「アレにコレを組み合わせて……あ、ソレも足しちゃう?」
「それだと
と、つい興が乗ってしまったのじゃと。
「現役の頃に拾った余り素材を使っただけなんだけどね? 素材の相性が良かったのか、思ったより良い性能になったのよね。これなら中層くらいまでなら全然イケるわ!」
その結果が、この魔改造着物なのじゃと。
目を凝らしてよーく見てみると、
「ケイト、ちょうど十歳のお誕生日だものね。ちょっと早いけど、ママからのプレゼント。……大事に着てね?」
正直、ありがたい。めちゃくちゃありがたいんじゃが、ワシこれ普段着のつもりじゃったんじゃけど……。
ニコニコしながら戦闘仕様にされた着物の性能解説を続ける母上の顔を見ていると、ワシには今更言い出せなかったのじゃ……。
なお。
後で知ったことじゃが、ワシの着物の制作にあたって、素材費コミで中級探索者が貯金して買う品質の
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