第7話 邂逅!我が家の新しい家族たち


「〜〜〜〜っ、元の場所に返してきなさい!」



「「ええーっ」」


「えー、じゃありません!!」


 母上のお説教にユニゾンでブーたれるワシとチビ銀龍。


 そう、ワシ、卵から生まれたばかりの銀龍の赤ちゃんを持って帰ってきてしまった。……いやだって、あの場にほっとくわけにもいかんじゃろ……。


 早朝の稽古で森に出かけたワシだったが、銀龍との戦いを経て、生まれたばかりといっても中型犬くらいある銀龍を背負った状態でなんとか家まで帰ったら、すっかり日も傾いてしまっておった。


 すると、家の前にはカンカンになった母上が腕組みしながら仁王立ちでワシのことを待っておったのじゃ。……ぬぅ、銀龍よか怖い。


 母上にワシが銀龍を倒したという件はボカしつつ、「森の奥地で銀龍の卵を見つけて様子を見ていたら、丁度卵が割れて生まれた」という話をした。一応、嘘ではない。


 その上で、ワシは銀龍の面倒を見るからウチで一緒に暮らせないか?と母上に相談した。ぶっちゃけこの超絶可愛らしい真っ白ぷにぷにの幼竜を見れば母上も楽に陥落できるハズ、と思うとったのじゃが、思いがけず母上からは渋めの反応が返ってきた。


「まだほんの赤ちゃんなのじゃ。保護しないと死んじゃうかもしれんし」


「いーえ、銀龍ほどの賢い生き物なら赤子でも自然の中で勝手に育ちます。むしろ、人の手が入る方が自然の摂理を捻じ曲げることに……」


「そうなのか?」


「ぼくとしてはご主人しゅじんと一緒の方が安心なのですがー。暗い森は怖いですのでー」


 のんびりというか、とぼけたというか。

 生まれたばかりながら流暢に人語を話すちび銀龍は、ワシの腕に抱かれたまま尻尾をふりふりしつつそんな事を言う。

 ……あ、母上が銀龍から直接「イヤ」を言われてしまって困っとる。


「ん〜〜〜〜でも、神獣に準じるような龍って一般家庭で飼ってもいいものなの……? 本人? 本龍? が良いって言う場合ならセーフかしら……?」


「おいおい、何の騒ぎだこりゃ?」


「あ、父上! おかえりなのじゃ!」


「おかえりなさいなのですー」


 ワシと銀龍は息ピッタリに父上に挨拶した。


 迷宮ダンジョンから帰還した父上が、玄関先ですったもんだしているワシらを見つけてニヤニヤしながら首を突っ込んでくる。……父上、トラブルとか揉め事とか大好物なんじゃよなぁ。顔が完全にイタズラ坊主のそれじゃ。


「おっ! コイツ銀龍か? まだ子供じゃねぇか」


「今日生まれたばかりですよ。ご主人しゅじんのおとうさま」


「おー! めちゃくちゃよく喋るなぁ。賢い賢い」


 父上は銀龍の頭をぐりぐり撫で回す。

 それに銀龍も目を細めてきゅいきゅい!と嬉しそうな鳴き声を返す。


「ってか、今ケイトのことを『主人』と呼んだのか?」


「そうなのよ……。ねぇ、ケイト。本当は森でなにかあったんじゃないの? 幼竜とはいえ銀龍が『主人』と呼ぶなんてタダ事じゃないわ」


「し、知らんのじゃ。ワシ、卵見つけただけじゃもん」


「えーでも、ママはご主人しゅじんが倒しちゃったから【龍殺しドラゴンスレイモゴモゴモゴ」


(余計な事言うでなーいっ!)


 慌てて銀龍の口を手で押さえる。

 幸い、今の一言はアレコレ相談中の父上と母上の耳には入っていなかったようじゃ。

 ウチの中だけで結論が出さないのか、携帯型の通話用魔導具アーティファクトでどこかと相談しはじめる両親。


(うーーーーむ、思ったよりもエラいことになってしまったのう……)


 銀龍と戦っていた時のワシは知らなんだが、実際「銀龍討伐」は割と大事おおごとになる話だったりする。つまり、バレるとヤバい。


 というのも、銀龍というか【龍/竜】と名の付く魔獣の討伐は今の時代じゃと上位ランクの探索者のみに許される「許可制」だったのじゃ。


 そもそもの話、剣豪ラゴウが居た時代とは異なり、現代では地上にはそう多くの魔獣や魔物が跋扈ばっこしておったりはせぬ。

 それは覇滅龍が滅び、世界を満たしていた「マナ」が失われていったことに起因しておる。


 「マナ」は空気中を満たす《星の生命そのもの》と呼ばれる霊的物質じゃ。根元元素とも、霊素とも言う。

 全ての動植物の体内にはマナが流れており、マナが失われることで生命はその活動を止める。

 魔術を行使する際に利用する「魔力」も、元はマナを魔術師が体内で魔術運用に適した形に加工したものになる。つまり、魔力もまたマナでできておる。


 かつて、外宇宙から飛来した覇滅龍は、この星に辿り着くと、【霊素劫略マナ・アブソープション】でありとあらゆる生命からマナを根こそぎ奪っていった。覇滅龍が現れるまではもっとマナは濃密に世界を満たしていたのが、覇滅龍によってそのバランスが狂い、ついには元に戻らなかったようじゃ。


 そして世界に満ちるマナは枯渇していった。結果、剣豪ラゴウの時代にはそこらじゅうにおった魔獣や魔物もマナの減少によって徐々にその姿を消していった——【龍/竜】という例外を除いて。


「ご主人しゅじん? なになにどーしたの?」

 

 やや焦れた様子の銀龍が振り返ってワシの顔を覗き込む。大人は話し合いを続けておるし、ワシは考え込んでおったからつまらなくなったのじゃろう。


「ん? おお、すまぬ。ちょっと考え事しとった。……のう、お主って前の銀龍の記憶もあるのか?」


「ママの記憶? んーあるといえば、あるかなー。でもそれって『覚えてる』ってよりも『ってる』って感じなんだけどねー」


 親龍の魂を継承したこの銀龍は、同時にこれまでの銀龍。……ってことは。


「お主、ワシの前世のこととか識っとるということじゃよな?」


「うん、識ってるよーご主人が『剣豪ラゴウの生まれ」


 モゴモゴ、モゴモゴ


「……それ、他の人には絶対内緒で頼むぞ?」


「……あ、そういう感じ? 了解だよーご主人しゅじん


 やれやれ。早めに気が付いて、釘を刺せてよかったわい。


 ともあれ、『龍』および『竜』は、この世界にとって特別な存在なのじゃ。


 「マナの守護者」とも呼ばれる【龍/竜】は、自然の調和を守り、マナが生き物から生き物へ巡っていく「循環」を維持しようとする自然の管理者でもある。


 銀龍の場合は、この辺り一帯が含まれる「大アトラスティカ山脈帯」という地域の生きとし生けるもの全ての守護者であった。


(……そんな重要な生き物を、ワシ、倒しちゃったんじゃよなぁ)

 

 そう。原則『龍は倒しちゃダメ』な生き物なのじゃ。


 そうはいうものの、龍を倒す事でしか手に入らない素材があったり、人間を見たら襲いかかってくるような好戦的な竜もいるため、人間が龍と戦う場合もある。だが、その場合もいろいろな影響を加味して「倒して良いか」の判断が必要になるのだという。……や、ワシもついさっき母上から聞いて知ったのじゃが。


(勝手に龍を倒したなぞとても言えぬ……多分、すごい怒られるのじゃ)


 実は内心バクバクの状態じゃったワシは、「やらかした!」という意識で頭がいっぱいで『普通の九歳児は単独で龍なんぞ倒せない』という至極当たり前のことに気が付かないでいた。



 それからしばらくして。

 大人の話し合いが終わったようじゃ。


「……銀龍ちゃんは、ウチの子とします!」


「「おお〜〜!!」」


 ぱちぱちぱちぱち、と拍手するワシと銀龍。


「もー大変だったわ……龍種の保護って前例がないわけじゃないけど、いろいろ申請が必要になるから、今度ちゃんと街まで行かないと。……あ、でももうすぐだもんね?」


「ん? 何がじゃ?」


「んふふ、ケイトにはなーいしょ。でもほら、あと少しでお誕生日でしょ?」


「十歳になったら、みんな街であることをするんだ。イヤな事じゃないぞ? お祝いみたいなもんだ。いやぁ〜俺も今から楽しみだなぁ」


「あ、付き添いの方の飲酒は禁止ですよ?」


「げげぇっ!? マジか!」


 何が何やらわからんが、ワシはもうすぐ街に行くらしい。


「きゅいきゅい。ご主人しゅじん、ぼく、この家に住んでよくなったの?」


「おう! 母上も父上も太鼓判を推してくれたぞ!」


 それまで、怖い顔を頑張ってキープしていた母上も、へにゃっ、と表情筋を緩めてワシと銀龍に抱きついてきた。


「あーーーーもう! ママだって銀龍ちゃん抱っこしたかったもん〜〜。ママばっかり怒る役で辛かったわぁ。こんなに可愛い子、ウチからほっぽり出したりしないわよ!」


 親の威厳的なものをブン投げて、銀龍のぷにぷにのお腹に顔をすりすりする母上と、くるるるるっ!とご機嫌に笑う銀龍。やっぱり、母上も仲良くしたかったのじゃなぁ。


「良かったなぁ、ケイト。それから銀龍。ちゃんと問題無いように調整してくれたママにお礼言うんだぞ?」


「ありがとうなのじゃ! 母上!」


「ありがとうですー! ママ上!」


「いえいえどーも。あ、そうしたら銀龍ちゃんにもう一人、会わせなきゃいけない子がいるわね!」


「くるる?」


 母上の後について子供部屋まで行くワシと銀龍。……寝ているところだったようじゃが、部屋に入ったところでちょうど目を覚ましたようじゃ。


「ふぁあ……おかえり、にいたん。……えっ! その子だあれ!?」


「きゅるる! おんなのこだ!」


 木製の子供用ベッドの上で薄手のタオルケットを被って寝ていた幼女が、欠伸をしながら起きてくる。

 しばし寝ぼけまなこを擦っていたが、ワシの腕の中の存在を見つけると、びっくりして飛び起きてきた。


「ウチの新しい家族の銀龍じゃよ。仲良くしてやってくれな?……こっちはワシの妹のミラという。ミラ、ご挨拶できるかのう?」


 この子はミラ・レシュノルティア。

 ワシが六歳になる少し前に生まれた妹じゃ。


「あたし、ミラ! よんさい!! ……ねぇねぇあなた、お名前は?」


 父上譲りの黒髪の癖っ毛。

 もちもちのほっぺはほんのりと赤い。

 ベッドから超速でワシのそばまで来ると、好奇心に瞳を輝かせながら銀龍のほっぺをツンツンしたり、お腹をすりすりしたりする。


「えと、んと、ご、ご主人しゅじんっ……!?」


 父上や母上には普通に接していた銀龍だったが、妹の強襲には面食らってわたわたしておる。ワシに助けを求めて視線を向けてくるが……スマンな、積極的な子なんじゃよ。

 それはそうと、まだ名前決めておらんかったのう。


「あなた、どこから来たの? 食べ物何が好き? わたしはイチゴが好き!」


「えと、えと、生まれたのはアトラスティカ山脈ってところで……」


「あとら? あなた、アトラっていうの? よろしくね、アトラちゃん!!」


 矢継ぎ早に繰り出されるミラの質問ラッシュに目を回しているうちに、流れで銀龍のお名前は決定してしまったらしい。


「そ、そうじゃなくて、わたし……」


「アトラちゃん! 大好きー!!」


 ぎゅうううーっ! とワシから奪い取るように銀龍を抱き締めるミラ。スマンなぁ、話を聞かない子なんじゃよ……。


「……うん、わたし、アトラ。よろしくね、ミラ!」


 ずっと妹のテンションに押されっぱなしだった銀龍改めアトラだったが、色々と観念してその名を受け入れたようじゃ。ミラと一緒ににこにこきゅいきゅい笑い合っているのを見て、ワシもほっこりしてしまう。


「よし!! アトラちゃん遊ぼ!!!!」


「あそぶ! きゅいきゅい!!」


 寝起きで元気炸裂しているミラと、だんだんそのテンションに慣れてきたアトラが家の中を駆け出そうとする。


「ダメよ! あなたたち、何時だと思ってるの!?」


 じゃが、母上が全力でそれを阻止。「「ええーっ!!」」と今度はミラと二人声を揃えて抗議するアトラ。


 うーむ。楽しそうでなにより。

 そんなこんなで、我が家に新しい家族が増えた。仲良く暮らしていきたいものじゃ。

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