あのバカ、今日告るって(後編)
アタシは気持ちの整理をつけるために、次の日学校を休むことにした。親には気分が悪いからと嘘を付いて担任の先生に連絡してもらった。初めてのサボりだった。けど、まあ実際、少しだけ気分は悪かったから、あながち嘘でもないか。
母親は心配してアタシを病院に連れて行こうとしたけど、熱はないから大丈夫だと説得して、その日は一日ベッドの上で過ごした。
ベッドの上で思い出すのは、あつしのこと。
一日冷静になってみて、もう一度あつしのことを考えると、やっぱり好きなんだと再認識した。はあ、あんなバカを好きになってしまうなんて、アタシもバカだな。これが幼馴染効果というやつなのだろうか。神様、アタシをあんなバカの幼馴染にしたこと恨んでやる。今までお賽銭には10円入れてたけど、次から5円しか入れないからね。
そんなくだらないことを考えながら、明日からのことに想いを馳せる。
「明日からどんな顔して会えばいいんだろ……」
いままで通り軽い感じでいけばいいのか。いや、やっぱりアタックしたほうがいいのか。けど、アタシがあのバカにアタック?どうやって?
そういえば、ある漫画の中であざとい系女子が好きな男子に、手作り弁当を持っていくシーンがあった。なるほど。こうやってアタックするのか。
じゃあ、アタシも明日弁当作ってあつしに渡してみようかな。
そんな光景を頭に思い浮かべると、顔が急激に熱くなった。
「いやムリムリ!絶対ムリ!恥ずかしすぎる!」
その場に誰かいるわけでもないのに、頭を横に振って全力で否定する。弁当作ってあげるとか、そんな恥ずかしいことできるわけない。ていうか、冷静に考えたら、まだ給食だし。
「はあ、なにやってんだろ、アタシ……」
枕に顔を埋めてため息を吐く。今まで散々あつしのことをバカにしてきたけど、アタシも同じぐらいバカだな。
時計を見ると、時刻は17時過ぎ。確か、グラウンド整備で部活が今日まで休みって言ってたから、あつしはもうそろそろ帰宅している頃だろう。
起き上がって、窓の外を覗き込もうとした時、下からお母さんの声が聞こえた。なにを言っているのかは聞こえないが、今は返事をするのもメンドウなので、寝ているフリをして無視しよう。
そう思って、狸寝入りをするが、お母さんの声が近づいてきた。どうやら部屋まで上がってくるらしい。メンドくさ。
「スズちゃーん。ちょっとー開けてー」
『今は気分悪いから、後にして』そう言おうと思って気だるげに扉を開けた。
だけど、そこにいたのはお母さんではなく、軽く手を上げて、ぎこちない笑みを浮かべるあつしだった。
「よぉ……ス」
バン!と勢いよく扉を閉めた。
えっ?えっ?なんで?なんであつしがここにいるの!?
ていうか見られたパジャマ姿。ヤバい。めっちゃ恥ずかしい。いや、それより
なんであつしが家にいるの!誰か説明して!
「な、なんで、あんたがここにいんのよ!?」
「えっと、先生に頼まれて、プリント持ってきたんだよ」
「いや、なんで、別クラスのあんたがプリント持って来んのよ!?」
「そりゃだって、隣だし……家」
そうだ。アタシとあつしは家が隣同士の幼馴染だ。プリントを届けるならあつしが適任だろう。そんな当たり前なことを言われるまで気づかないなんて、自分が相当焦っているのがわかる。
一度大きく息を吸い、気持ちを落ち着かせた。
「……わかった。ありがと。そこに置いて、ささっと帰って」
いまあつしに会うのはダメ。ずっと横になってたから、寝癖も酷いし。パジャマ姿だし。それに、まだどう接していいのか、自分の中で答えが出ていないから。だから、早く帰って欲しい。そんな願いを込めて、言った言葉だったが、思わぬ方向から反対が来た。
「えー、なんでよスズちゃん。せっかく来てもらったんだから、一緒にお茶でもしたらいいじゃない?」
「ちょ、ちょっと!何言ってんの!?お母さん!」
「いや、オレもプリント届けに来ただけなんで。すぐ帰りますッ!」
ふたりから反論が飛ぶが、お母さんはまるで聞こえていないかのように、嬉しそうに言った。
「実はね、さっき美味しそうなケーキ買ってきたの。あつし君も食べていきなさい。ね?久しぶりに家に来たんだし。うん、そうしましょ。じゃあ、スズちゃんの部屋で待っててね。今ケーキ持ってくるから」
有無を言わさない勢いでお母さんはその場からいなくなってしまった。
まさかこんな身近にとんだ伏兵がいたなんて。お母さん、いつもは感謝してるけど、今日ばっかりは恨んでやるからね。
さて、こうなると、あつしをずっと廊下に立たせているわけにはいかない。
アタシは急いで部屋を掃除し、身だしなみを整える。髪はセットしている時間がないから、カチューシャをつけて寝癖を誤魔化す。姿見を見て、おかしなところがないことを確認し、アタシは扉をゆっくりと開けた。
「……入って」
「う、うん」
緊張した様子のあつしを部屋に招き入れた。初めて女子の部屋に入るのか、あつしは挙動不審に部屋のあちらこちらに視線を送っていた。
「とりあえず、座って」
「えっ、あ、うん」
「あんまり見ないでよ」
「あっ、ごめん……ていうか、体調大丈夫なのかよ?」
「大丈夫……熱もないし」
そもそも仮病だしね。心配してくれたのは嬉しいけど。
「それより早くプリント出して」
「大丈夫ならいいんだけどさ……はい、多分ほとんど今日の宿題だと思う」
カバンの中から取り出した数枚程度の紙の束を受け取り、その一番上のプリントの中身を見て、思わず「うげっ」と言葉が漏れた。
「二次関数じゃん……サイアク」
「えっ、スズ、二次関数苦手なん?」
「うん……もう見るのも嫌。だって、XとかYとかなんで数学なのにいきなり英語が出てくんの?意味わかんなくない?」
「いや、まあ気持ちはわかるけど……じゃあ、ちょっと教えてやろうか?」
「えっ、数学得意なの?」
「まあ、そこそこ」
「ふーん、じゃあ、ちょっと教えてよ」
「うん、わかった」
そう言うと、あつしはプリントが見える距離までアタシに近づいてきた。いや、教えるためなのはわかるんだけど、めちゃくちゃ緊張しちゃうな。落ち着けアタシ。数学の問題に集中するんだ。
「……だから、ここを代入して……」
「うん」
「そんで、次にここの値を求めれば……」
「あーなるほど!そういうこと!」
解き始めて数分後。今まで苦労していたのが嘘なくらいにあっさりと解けてしまった。まさかこんなあっさり解けるなんて、ちょっと感動。これはアタシの理解力がいいのか、それともあつしの教え方が上手いのか。
アタシは調子に乗って、別の問題も教えて欲しいとあつしに頼んだ。
「ねぇ、これも教えてほしんだけど」
「あーそれね。いいよ」
気づけば、あつしの放課後補習教室が始まっていた。もちろん、先生はあつしで、生徒はアタシ。あつしの説明をヒントに、数学、国語、英語と終わらせていく。途中、お母さんがケーキを持ってきたが、それでも手を止めずに、あつしと一緒に問題を解き続けた。
「あー、終わったー」
「お疲れ」
プリント全部終了!勉強の達成感を味わいながら、ぐーと背伸びをした。
「あんたってこんなに頭良かったんだ。知らなかった」
「まあ中学上がってから、一緒なクラスになったことなかったしな」
「まあ、それもそうか。そういえば、あつしはどこの高校に行くか決めた?」
何気なく聞いた質問だったが、返ってきた言葉は予想外のものだった。
「……泉が丘」
「えっ、マジ?そんなに頭良かったっけ?この前のテスト何点?」
「……あんま周りに言うなよ……430点ぐらい」
マジか。ほぼ9割以上じゃん。
「げー、マジぃー?そんなに頭よかったんだ。バカなのに」
「褒めてんのか、バカにしてんのか、どっちだよ」
「うーん、両方かな?」
「なんだよそれ」
それからケーキを食べながらくだらない雑談をしてくつろぐ。気づけば、あつしと普通に会話している。あつしも部屋に入ってきた当初は緊張していたが、いまはその緊張もだいぶ和らいでいるように見えた。良かった、あつしと普通に接することができて。そんなことを思いながら、雑談を続ける。
今日学校であったこと。先生の面白エピソード。共通の友だちの話などなど。
そんなくだらない話をしていると、ふとあつしの表情が暗くなった。
「昨日、あのあとオレ……山下さんに告った」
『知ってる。振られたんでしょ?』そんなことは言えないから、アタシは初め
て聞いたような反応をする。
「あっ、ほんとに告ったんだ」
「うん……でも、ダメだった」
「……」
「スズのアドバイス通り、素直に気持ち伝えだんけど……やっぱり高嶺の花
だったわ」
あつしは軽く笑っているが、辛い思いを我慢しているのがひしひしと伝わって
きた。山下さんのことをどれだけ好きだったかを知っているからこそ、余計にそう感じた。でも、それを悟られないように必死に我慢している。そんなあつしが可哀想だと思っていると、ふと彼がアタシにニカっと笑みを見せた。
「でも、ありがとな。振られちゃったけど、スズのアドバイスがなかったら、告白すらできなかったわ」
「……」
ああ、やっぱり、あつしのことが好きだ。
今ここで、「好き」と言えればどれだけいいだろう。でも、それはまだ恥ずかしくてできない。自分の心に素直になることは、まだまだ先。
アタシはこの気持ちがバレないように、いつも通り軽い調子で揶揄った。
「……ま、アタシは最初からダメだろうなってわかってたけどね」
「はあ、なんだよそれ。オレ、振られたんだぞ。少しは慰めてやろうとかねぇのかよ」
「なんでアタシがあんたを慰めなきゃいけないのよ」
「ハァー、スズは好きな人いないからなぁー、振られたオレの気持ちなんかわかんねーよ」
「いるから」
「ほらな、スズも好きな人ができれば……えっ」
あつしは何を言われたのか理解できないというように、ポカーンとした顔を見せた。
「……い、いま、なんて?」
「……だから、アタシもいるから……好きな人」
次の瞬間、部屋に大きな声が響き渡った。
「ええー!スズに好きな人!?ウソだろ!誰!?誰なん!?」
「うるさッ。近所迷惑考えてよ」
「あ、ごめん……って、そんなことより誰なん?スズの好きな人って?」
「教えない」
「えー、いいじゃん。オレは教えたんだから、スズも教えてよ」
「はあ?アタシは別に教えてほしいとか頼んでないんだけど。アンタが勝手に言ってきたんでしょ」
「いや、そうだけど、別にいいじゃん。教えてよ」
「やだ!タダじゃ教えないから」
「えー金とんのかよ?ケチ」
「バカ、違うわよ。教えてもいいけど、条件があるって言ってんの」
「なんだよそれ。スッと教えてくれたっていいじゃんか……幼馴染なんだし」
少しの沈黙が流れる。
本当はあつしに好きな人がいるなんて言うつもりはなかった。
そのつもりだったのに、言ってしまったのは一つの計画を閃いたから。
あのバカに告るための計画を。
でも、そのためにはあつしから質問してもらわなきゃいけない。
だから、アタシが今何か言っちゃダメ。もしかしたら、このままこの話題が
フェードアウトするかもしれないけど、大丈夫。
あつしなら絶対に訊いてくるはずだから。
幼馴染のアタシが言うんだから、絶対にね。
「……その条件ってなんだよ?」
予想通りの言葉にふっと笑みが溢れる。
あつしはアタシのことをきっとずるいと思っているだろう。でもね、これぐら
いのイジワル我慢してもらわないと。
こっちが今まで我慢してきたんだから。
「条件はねーー」
早朝の職員室。アタシは進路調査表を持ってやってきた。
「失礼しまーす。山本先生に用があって来ました」
「お?どうしたー?」
ファイルの束から顔を覗かせる先生を見つけ、近くに歩み寄る。
「すいません、これ遅れました。どこにしようか、なかなか決められなく
て……」
謝罪の意も込めて軽く会釈しながら差し出す進路調査票を、先生は軽い調子で受け取った。
「いや、いいよ、いいよ。大事な進路なんだし。迷って迷って、さらに迷うぐらいがちょうどいいよ。さてと、それで第一志望は……」
紙に目を落とす先生が少しずつ心配そうに顔を顰めた。
「泉が丘か……いや、ダメとは言わないんだが……今のキミの成績だと、あと
一年で偏差値10は上げないと厳しいぞ?」
先生の言い分はもっともだ。確かに、泉が丘なんて、今の成績では夢物語のように聞こえるだろう。でも、アタシは自信を持って言う。
「大丈夫です、先生」
そして昨日の会話を思い出し、小さく笑った。
「昨日、バカで頭のいい家庭教師を、雇いましたから」
あのバカ、今日告るって けろり @karakoro
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