第2話



     4



 日が暮れかけて、赤く染まった西日が俺たちを照らす。もうじきパレードが始まる頃で、シチュエーションは抜群。……そろそろ、だな。


「悪い、なんか腹痛くなってきた……。ちょっと外す」

「大丈夫か?パレード、もう始まるけど」

「間に合わないかもしれんけど、その時はその時で三人で見てろよ。んじゃ」

「あ、ちょっと……」


 拓真が呼び止めようとするが、聞こえないふりをする。お前は俺に構ってる場合じゃねぇよ。ちゃんとお前に課せられた責務を果たせ。俺も、傍観者としての立場を守るから。


 そうして俺は三人と別れ、もちろん腹なんて痛くないので適当に土産を見ている。唯ちゃんが好きそうなデザインだなとか、花音ちゃんに似合いそうなアクセサリーだななんて考えては首を振る。


 あいつらのことを思考から追いやるようにして家族宛のお菓子だけを購入したときには、すでに三十分が経過していた。


 ……そろそろ戻るか。

 

 来た道を遡りそう時間が経たないうちに元いた場所が見えてきた。パレードが終わってちょうど五分ほどたったあたりで、混雑度はそうでもない。——目的地には、の男女がいた。


「雲くん」

「雲」


 二人が俺に気づく。


「……花音ちゃんは?」

「自分は土産を見てるから、俺たちはここで雲を待ってろって」


 そう言う拓真は平静を装いながら、少しだけ、つらそうに見えた。お前はすごいやつだよ、拓真。つらいって気持ちを抱きながら、誤魔化さずに選んだのだから。花音ちゃんだってそうだ。拓真や唯ちゃんが気に病まないように、そして付き合いたての二人を邪魔しないように、もっともらしい理由をつけて二人きりにしたのだから。


 それから程なくして花音ちゃんは戻り、そのまま帰る運びとなった。ただし、行きと違って俺は二人で帰っている。


「……べつに送ってくれなくてもいいのに」

「さすがにもう遅いから。一人で帰すのは俺が嫌」


「鹿島くんって、気遣い屋だよね」

「……そう?」

「うん。わたしたちの間に入ろうとしてくるくせに、いつもわたしたちの迷惑にならないようにとか考えてるでしょ」

「……」


 それは、そうかもしれない。俺は三人と関わるのが楽しいだけで、三人を邪魔したいわけじゃない。


「関係は少し変わるけど、これからも幼馴染三人組は変わらない。わたしも、唯も、拓真も、それを望んでる。恋愛感情とかを抜きにしても、お互い特別で、大切だから。でも……やっぱり、ちょっとは距離置いちゃうかな」

「……まあ、だろうね」


 ここで前と変わらない距離感を維持することは、お互いに悪い結果にしかならない。それは、甘えでしかないのだから。


「あーあ、鹿島くんの口車に乗せられちゃったなあ。わたし、交友関係の大半が二人なんだけど。これから暇な時間、増えるんだろうな」

「告白するのを決めたのは自分たちじゃなかったっけ?」

「そうだけど、気持ちの問題。鹿島くん、責任とってわたしが暇なとき付き合ってよ」

「……どしたの?なんていうか……」

「らしくないって?拓真への想いはそう簡単に消えないけどさ、なんか、すっきりしたの。人間関係とか、友達とか、あんまり作ってこなかったけど。ちょっと吹っ切れた感じ」

「……そっか」


 それだけ彼女にとって拓真の存在と、恋愛感情は重かったんだろう。それがいいことなのか、俺にはわからないけれど。暇になった彼女に付き合うというのも、悪くないと思った。


 それから、俺と花音ちゃんはさまざまなところへ遊びに行った。映画館やカフェみたいなデートっぽいところから博物館やランドマーク、寺社仏閣まで。お互い知的好奇心というか、そういうものがあったため、行く場所の候補はどれだけ出かけても尽きなかった。


 俺と拓真や唯ちゃんとの関係も消えはしなかった。しかし、花音ちゃんと同じ時間を過ごし続けたことで、俺の中で花音ちゃんの存在が大きくなり始めてからは四人で遊びに行くことよりも二人絵遊びに行くことを優先したがっている自分がいて、最終的にはそれに沿った形で関わりの頻度も変遷へんせんしていった。


「つぎはどこにいこっか」

「こないだ本屋の前通ったときに思ったんだけどさ、たまには小説とか読んでみたいなと思ったんだよ。漫画コーナーとかじゃなく、一般文芸のコーナー見てみたいんだけど……」

「小説か、わたし読んだことないな……。一緒に見てみる」


 そうやって月日は流れていく。そんなある日、花音ちゃんが隣のクラスのイケメンに告白されたという話を聞いた。かつては拓真がいたから告白はほとんど受けていなかったようだが、拓真が唯ちゃんと付き合ったことでフリーになったと思われたんだろうな……。


 不思議と、胸がざわついた。


 そのことに疑問を持つ前に、俺の席に花音ちゃんがやってくる。


「今日は本屋行くんだよね。行こっか」

「あ、うん」


 学校を出て、そのままの足で向かう。見方によっては制服デートと言えるだろう。


「……告白されたって話、聞いたけど」

「ん、されたね」

「断ったの?」

「受けてたら鹿島くんと一緒にいないよ」

「そりゃそうか」


「……、ていうか、わたしが告白受けると思ったの?」

「イケメンらしいし……なくはないかと」

「あり得ないって。別に面食いじゃないし」

「なんかJKみたいなこと言ってる……」

「確かにちょっと変わってるかもだけど、れっきとしたJKだから。……わたしの言ってる意味、ちゃんとわかってる?」

「わかってるよ」


 まだ拓真への気持ちがあるってことだろ。そんな勘違いはしない。するような人間であれば、俺は他人の恋愛事情になんて関われやしないんだから。


「……やっぱりわかってないでしょ」

「いや、わかってるって」

「まだ、自分のこと傍観者だと思ってるの?」

「……え?」


 懐疑的かいぎてきな目つきで俺を見る彼女。まだも何も、俺は三人の関係において完全に部外者だろ。それは他ならぬ花音ちゃんが口にしたことでもある。


「もうわたしたち三人は、前みたいな仲良し三人組じゃないよ。仲がいいのは変わってないけど……わたしが一番一緒にいる時間が長いの、鹿島くんだし」

「それ、は」


 でも、肝心な君の気持ちは変わってないんじゃないのか。それなら俺は——。


「わたし、雲くんにちゃん付けされるのあんまり好きじゃないんだよね」

「急に、なに……?しかも今更じゃない、それ。天沼さんって呼べばいいの?」

「雲くんって女子のこと、基本ちゃん付けじゃん。みんなと同じなの、ムカつく」

「はっ?」


「花音って呼んでよ」

「……は、え?なんで……」

「なんでって……ここまで言って、本当にわからないの?」


 彼女は頬を赤く染め、それを恥じらうように身を捩りながら、それでもこちらを覗くことをやめない。


 ……なんだこの可愛い生き物は。ていうか、マジで言ってるんですか。


「……考えたことなかった」

「でしょうね」

「自分の恋愛とか、したことないし……」

「じゃあわたしのことも、好きじゃない?」

「……」


 こういうとき、なんて言えばいいのかわからない。口を開こうとしても、ふわふわした想いは言葉になってくれないし、口の中は緊張でどんどん乾くし。他人の色恋沙汰なら適当ぶっこいて、揶揄って、軽い言葉で飄々ひょうひょうと繕って……。でも、そうか、恋ってこんなに重いんだ。


「ちゃんと言ってくれなきゃ、わかんないよ」


 そういう花音は、すごく堂々としていた。昔から、ずっと一途に一人を思い続けた花音には敵いそうもないけれど。でも、そうだな……。どんなに恥ずかしくても、むずかしくても、言わなきゃ、始まんないよな。


「……花音が、好きです。散々自分勝手に首突っ込んで、挙句こんな醜態しゅうたいを晒してる俺に、ここまで付き合ってくれえる花音が、大好きです。だから……、俺と、付き合ってください」

「うん。わたしも、傍観者だの部外者だの言いながら、なんだかんだ人のために動こうとする気遣い屋の君が好きです。これからも、よろしくね」

「……はい」


 黒髪をたなびかせる彼女を見て、何も考えられなくなってしまった。いっぱいいっぱいになって、しょうもない相槌しか打てなくなる。でもきっと、花音はそんな俺と一緒にいようとしてくれるんだよな。


 人が新しい環境に放り込まれたとき、まず最初にすることは観察、そして模倣。けれど、俺はきっと彼女の隣での観察を二度としないだろう。だって、ここはもう俺の居場所なのだから。

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