ただの傍観者。

さんぱちうどん

第1話



 俺はただの傍観者だ。


 唐突にこんなフレーズを呟けば大半の人間は何を言っているのか、頭がおかしいのか、などと好き放題に思うことだろう。しかしながら、現在の俺の状況を客観的に整理すると、傍観者という言葉以外に適切な表現が思いつかないのだから仕方ない。


 人が新しい環境に放り込まれたとき、まず最初にすることは他者を観察して模倣することだそうだ。模倣を積み重ねることで適応し、それから情報を取捨選択して自分を作っていく。そういう観点で捉えるならば、いくらかこの言葉の響きもプラスになる気がするが……ただの正当化にしかならないな。


 先に断っておくと、別に何か大それたことを観測しているだとか、そんな高尚なことはしていない。俺がやっていることを端的に言えば、とある男一人、女二人から構成される幼馴染の三角関係を見て揶揄って楽しんでいる、となる。


 ぶっちゃけ自分でもめちゃくちゃ性格が悪いというか、趣味が歪んでいるというか、そういう自覚はあるのだが……いかんせんこれが面白くてやめられないのだ。というか、すでに三人のうち二人と友人になってしまった手前関係を切ろうにも切れない。


 ことの始まりは高校に入ってすぐのHRだった。高校生活への期待に胸を高鳴らせながら、担任のオリエンテーションに耳を傾けていたとき。なんとなしにこれからクラスメイトとなる人間をざっと見渡していると、目についた三人組がいた。


 一人は雰囲気イケメンの髪の長い男子。もう一人は色素の薄い髪を肩まで下ろす快活な少女。そして一人は腰に届くほど長い黒髪を揺らす凛々しい少女。ここまで容姿レベルの高い集団がひとまとまりになって、仲良さげに声を交わし合っていれば誰だって注意を引かれる。当然ながら、俗物的な面を持つ俺もその例外ではなかった。


 彼ら彼女らは本当に楽しそうに会話をする。しかし、側から見れば明らかに二人の女子が同じ人物に対し恋愛感情を持っているのがわかる。中学生の時に小学校からの友人の恋愛によくちょっかいを出していた俺としては、関わらない選択肢などあるはずもなく。


 HRが終わった後すぐさま駆け寄り、話しかけに行った。その時の会話は鮮明に覚えている。


「なあ、君らめっちゃ仲良さそうだけど幼馴染かなんか?」

「あ、うん。俺ら幼稚園からの付き合いなんだ。君は?」


「俺は鹿島かしまくも。一年間よろしくなー」

佐賀さが拓真たくまだよ。こっちの元気な方が飛鳥あすかゆいで、大人しい方が天沼あまぬま花音かのん。よろしく」

「よろしくねー!」

「……ん」


 これが俺たちのファーストコンタクトだ。拓真の第一印象はとにかく爽やか。唯ちゃんはいつも全力で常に明るい。拓真へのアタックにもその性格は出ていて、積極的だ。一方花音ちゃんはその正反対で、二人がいないとかなり無口。二人がいても、他人に対する反応は鈍め。拓真へのアプローチも控えめな感じだ。


 最初は下の名前で呼ぶたびに嫌な顔をされたけど、それでもおくせず呼び続けたら慣れたのか、顔をしかめられることは減った。もっともマイナスがゼロになっただけだし、出会ったり幼馴染との空間に踏み込んだりすると普通に嫌がるような態度を見せる。


 俺以外だとここまで激しくないし、きっと俺が二人きりや幼馴染三人の空間をしょっちゅうぶち壊しにするせいだろうけど。


 そんなこんなで三人組+俺というよくわからない構図はもう五ヶ月ほど(さすがに夏休み中の遊びまで邪魔はしなかったが)続いていた。まあ、自分から入っていかなかっただけで普通に拓真に誘われるから、三人組の遊びへの参加率は割と高かったと思うけど。こんなんだから花音ちゃんは俺といつも一定の距離を取るんだろうな……。いや、そこまで気にしていないんだけど。結局やっぱ傍観者だしね。


「雲、次の休日三人で遊園地に行くことにしたんだけど、一緒にくる?」


 昼休み。残暑が残る九月の教室にて、別の奴らと食べていた弁当を食べ終えた俺のところに拓真が来た。


「次って連休だっけ。何も予定ないし、行く」

「わかった。じゃ、唯と花音にも言っとくよ」

「おー。俺はついていかせてもらう立場だから、回り方とかは任せる」

「また雲はそんなこと言って……。ま、雲の自由だしいいけどさ」


 そんなやりとりをして拓真は幼馴染の元へ帰っていく。全く、俺がお前らの間に入れるわけないだろ。年季が違うし、花音ちゃんにはあんま心許されてないし。そんなに俺のこと気にしなくていいのにな。


 そのままぼーっとあいつらを眺めていたら、唯ちゃんと目が合った気がした。



     2



『話したいことがあるんだけど、今日の放課後いいかな?』


 唯ちゃんからこんなメッセージが送られてきた。普段は何か用があったら拓真伝いか直接言ってくるから、こういうのは珍しい。ちなみに花音ちゃんの場合は拓真伝いオンリー。


「や、唯ちゃん」

「あ、雲くん。ごめんね、急に呼び出しちゃって」

「構わないけど……あれ、花音ちゃんも一緒?」

「……うん。鹿島くんは部外者っちゃ部外者だけど、これはちゃんと言っておかなきゃと思って」


 お、花音ちゃんが拓真と唯ちゃん以外に長文喋ってる……珍しい。


「こら、花音。そんなこと言っちゃダメだよ」

「別に事実でしょ」

「まったくもー、花音は……。ごめんねえ、雲くん」

「いつもそんな感じだし、完全に慣れたから大丈夫、それで、用件は?」


「それなんだけど、実は……私たち、遊園地で拓真に告白しようと思ってるの。雲くんには、手伝ってとまでは言わないけど、ちょっとでいいから三人の時間作ってくれないかなって」

「え、二人で同時に?」


 それは、創作なんかじゃよく見る展開だ。幼馴染というほど近い関係性に身を置く二人が同じ相手を想っているのなら、そんなにおかしな選択ではない。


 ——けれど、この二人が関係性を変える決心をこんなに早くつけるなんて思わなかった。


 俺はどうやら知らず知らずのうち、この関係が絶対のものだと、不変のものだと思っていたらしい。少なくとも、大きく動きがあるのは一年以上後のことだろうと。だってそれくらい、三人は安定しているように見えていたから。


 けど、そうか……。当たり前だけど、俺が三人と関わった時間なんて三人にとってはほんの一部でしかないんだ。だから、俺の体感や所感は彼らには一切関係がない。そんなの当然なんだ。


 ……でも、なんでだろ。すごく寂しい。


 いや、そう感じるのは自然か。これで傍観者たる俺が拓真たちに関わる理由がなくなるんだから。けれど、散々揶揄ってきて関係が変わるのを許容できないとかいう意味不明なムーブをする気はない。それは傍観者じゃなく、ただのクズだ。


「そうだね。唯が選ばれても、わたしが選ばれても……恨みっこなし。中学からずっとこんなのが続いてるから——そろそろ、終わらせたいの。なあなあで済ましていいことじゃないし、済ませたくない」


 そう告げる花音ちゃんは、今まで見たどんな花音ちゃんよりも凛々しく、可憐だった。



     3



「久しぶりに来たけど、やっぱり激混みだね」


 俺たちが通う高校の地域に住む人たちならば大抵一回は行ったことがあるであろうテーマパーク。世界的に展開されているそれらに比べればもちろん小さいが、それでも複数種類のジェットコースターやクォリティの高いゴーカート、定番のコーヒカップにそこそこ怖いお化け屋敷等々。しっかりと楽しめる遊園地だ。


拓真はワクワクしているのが見てとれるほど興奮した様子だが、花音ちゃんや唯ちゃんはガチガチに緊張しているようだ。仕方ないと言えば仕方ないけど。


唯ちゃんはまだなんとか取り繕えているが、花音ちゃんは本当に動きがカクカクしてしまっている。俺は現地集合だったが、行きの電車で拓真にかなり心配されたらしい。遊園地が楽しみってことで押し通したみたいだけど、唯ちゃんならともかく花音ちゃんでそれは無理がないか……?


「で、最初は何に乗るんだ?」


 二人が言葉を発しそうにないので、ひとまず俺が拓真の相手をしておこう。


「ああ。まずはコーヒーカップがここからすぐのところにあるから、そこに行くよ」

「おっけー、命を燃やして回す」

「ちょっ、俺車酔いするタイプなんだけど……」

「知ってる」


 いつも通り軽くて、ともすれば何の意味もないような会話を重ねる。これで唯ちゃんの緊張は解けるだろ。手伝わなくていいと言われたが、さすがにこの状態の二人を放っておくのはなあ……。


 それに、ここまで傍観してきた分、返さないとな。……もう、終わるんだし。

 それから俺は、コーヒカップで有言実行し拓真をグロッキーにしたり、三人掛けジェットコースターで拓真を真ん中にしてやったり、変に競わせないように二人乗りのゴーカートでは拓真が運転する際に俺が助手席に座ったりと、いろいろ策を講じていた。


 その間なんとか花音ちゃんの堅さを取り除こうと会話やらグッズやら試していたのだが、あまり役に立てていない。うーん、どうしたものか……。


「私ちょっとトイレー」

「あ、俺も行こうかな」


 思案していると、唯ちゃんと拓真が一度外れた。拓真を気にせず会話できるチャンスだ、と思いなんて言うか考えながら花音ちゃんの方を向くと、彼女は俺に申し訳なさそうな表情を作っていた。


「……ごめん、鹿島くん。わたしが告白のことを気負わないようにしてくれてるんでしょ。そこまで気を遣ってくれなくてもいいのに……」

「やりたくてやってるんだから気にしなくていい。俺のことはどうでもいいから、今は自分のことを考えなよ」

「うん、わかってるんだけどね……」


「三人は幼稚園の頃からずっと一緒にいるんだよな。なら、きっと関係が変わることはあっても無くなることはないよ。俺が言うことじゃないだろうし、下手したらそっちのが苦しいかもだけど……」

「……鹿島くんの言う通りだ。それに今から考えてもしょうがないし、結局当たって砕けろ、だね」

「だと思う」


 花音ちゃんはそれきり口を閉じると、瞼を伏せた。しばらくして、また目を開ける。


「もう大丈夫。ありがとう、


 俺に向けられたことのなかった、はにかみ笑い。その表情に俺は、三人とのつながりがもう切れるんだって思った。

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